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#190 リバイアサン

法学部の学生達から「ワークショップをやるのでご助言いただけませんか?」と言われた。

10名中5名が教職課程で教えている学生だったので断るわけにもいかず、なんの準備もせず覗きに行った。

最初は、「何言ってるかわかんないんですけど」状態だった。

テーマは『リバイアサン(Leviathan)』トマス・ホッブズ著

学生時代、選択科目で哲学を学んだとき、ホッブズの名前は聞いたような記憶はあるけど、読んだことなんてない。

ソクラテスやその他の有名な哲学者のことだって、名前と理論の大筋を習った程度だ。

私の学問的専門は「人生、下手こいて失敗や挫折はしても自分のケツは自分で拭いて飯が食えるオトナになろうよ学」である。

私はワークショップの輪の外に座って見守ることにした。

彼らの議論を聴きながら、時折、聞き慣れない言葉をタブレットでネット検索し、何とか議論の内容を理解することに努めた。

リヴァイアサンとは、旧訳聖書に出てくる海獣の名であり“平和の象徴”とされている。

ホッブズは国家をこの海獣になぞらえて社会契約論を述べている。

ホッブズは、暴力をふるう国家を、契約説に基づいて人間の利益になるよう治めるにはどうしたらよいかを考えたのだ。

自助救済」という表現がある。

自分の身は自分で守るということか。

警察の話から戦争・テロの話までいろいろ出てきて、そのたびに私は「フムフムなるほど」と思ってメモを取った。

自分の言葉に変換して次のように理解した。

喧嘩が起こったり、目の前に暴力を振るう者が現れた場合、いちいち個人で解決するのはコストフルである。

格闘技や剣術、狙撃の腕を上げるための時間とお稽古代がかかるし、装備品として銃や刀、サバイバルナイフ、槍、ヌンチャク、金属バットを買うとか、外出するときは鎧と兜を身につけるとか、結構コストがかかってしょうがない。

集団を相手にして戦うとなると、バズーカ砲、戦車、戦闘機、戦艦、ミサイルなども必要になるだろう。

そうなると、私の給料では一括現金払いはできないのでローンを組むしかない。

個人で自助救済し続けるのはしんどい。

だから、個人で暴力に対抗するのはやめて、そういうゴタゴタは統治権力に委ねましょうね、ということで暴力制圧システムが国家権力に集約される。

つまり、警察や軍隊(日本の場合は自衛組織)というシステムを社会契約の中に組み込むことになる。

市民は自力救済をやめて、個人に危機的な状況が起きた時は警察を呼び、国家存亡の危機が訪れたら首相や大統領が軍隊に指令を出すことになる。


唐突に意見を求められた。
「先生はどう思われますか?」

油断していた。
心臓が止まりそうになった。

こういう時は、学生達の意見を融合すればいいと思い、自分の考えを整理した。

「私たちの身近なところに潜んでいる反社会勢力や反グレ集団の場合、血で血を洗う抗争があるけど、基本的に統治権力がどちらか一方に肩入れして救済するなどということはないでしょうね。
だから、彼らは掟や仁義によって自助するしかないわけですね。
しかも、復讐合戦になっています。
最近は、高齢者を狙った犯罪や、ターゲットは誰でもいいという無差別粗暴犯もいて、不安だらけです。
これからの時代、自助の考えを持つ必要はないのだろうか?と考えた先には、アメリカのような銃社会をイメージしてしまうけど、それってやっぱりアレですよね。
街中に監視カメラが置かれているけれど、あれは事後対応のものでしかない。多少は犯罪抑止力になってるのかな?・・・・」

もう語るのは無理だと思った。

自分で言っておきながら「何がアレなんだよ!」と心の中でツッコミを入れつつ、質問攻勢に転じた。

「ところで、キミたちは戦争をどう思う?
例えば国家を守るための軍隊の要・不要論とか核抑止論など考えたことありますか?
国際間の紛争を暴力によらない方法で解決するにはどうしたらいいんでしょう?
武器や軍隊を持つべきだと思いますか?
それともこれまでどおり専守防衛がいいですか?
この国が今後も平和を維持できるだけの統治社会と政治であり続けてほしいと願うなら、どういう考え持ちどう行動を起こすべきですか?
憲法改正で自助できる社会になると思いますか?
衆院解散して総選挙になったとき、今日のこの話題は争点になり得ますか?
あなたは投票行動を起こしますか?
私は足が長くてイケメンですか?
私は人間ではなくチンパンジーですか?」

良質な「問い」の連射砲だ。
なぜか学生達が圧倒されている。

「それを議論し考え抜き、あなた達にとっての最適解を導き出す必要があります。
それが学問の府に属するあなた達の使命なのです」

「先生、今日は勉強になりました。ありがとうございます!」

(おーっ!やっと解放してもらえるのか!!ヾ(^v^))

「いや、こちらこそ勉強になったよ。ありがとう」

使用した画像は、画像生成AIによるもので、すべて架空の人物と生物です。