見出し画像

驚くべき、娘のあそびと学びの世界。そして、自己肯定感の在り方について

今朝、焼きすぎて硬くなったパンをかじりながら、「硬いねぇ」とパートナーが言う。「うん、硬いねぇ」と僕は答える。

2歳8ヵ月になる娘は、そんな夫婦の何気ない会話をいつもよく聞いていて、「かたくないときはなんて言うの?」と、会話に入ってくる。

ちょうど焼き芋があったので、こうだよ。と焼き芋を口に入れて「柔らかいねー」と伝えてみる。すると、娘も焼き芋をほおばって「やわらかいねー!」と言う。

そしてもう一度、パンをかじって「かたいねー!」。焼き芋を口に入れて「やわらかいねー!」。これを2回繰り返す。

さらに続いて今度は、焼き芋を食べてから「こわれるー!」と娘が言う。はてなマークの僕。パートナーはすぐに意味が分かったようで、「とろけるーってこと?」と尋ねる。すると「ぽろけるー!」と娘は真似をする。

・「かたい」の反対は「やわらかい」
・「やわらかい」ものを食べた時は、口のなかで「とろける」

最近の娘は、こんな調子で言葉をどんどん習得している。

「ねぇ、今朝、地震あったの知ってる?」と聞くと、「太鼓だったよー」との答えがあったりして、そうか、あなたには地震が起こす音が、太鼓が鳴っている音に聞こえたんだねぇ。と、その表現力に驚かされたりもする。


そういえば最近、娘はあまり絵を描かない。というより、ひとりで描こうとしない。

▲これは2歳半の時に書いたお花の絵。

娘がひとりで描く絵、僕は好きだったのだけど、いまはそれよりも母や父と一緒に絵を描くことをしたがっている。

「ここにリュック描いてー」とか、「ここにお母さん描いてー」と指示だしをしてきて、出来た絵にあわせて、「じゃあいまから公園に行くよ」とか、「あっ、お花もあるよ! きれいー!」とか言いながら、娘なりの物語を作って遊んでいる。お人形さんを使ったごっこ遊びを、絵の上でやっているという感じ。こうやって、自分で物語を作って遊ぶようになったことも、娘の変化のひとつ。

その代わり、最近よく一人でやっているのはアイロンビーズ。

▲これは、昨日つくったもの。

▲こんな細かいものをよく出来るよなぁと思うほど器用につまんでひたすら作成する。

▲これが、この半年で作った娘のアイロンビース作品たち。これも順番に見ていくとなかなか面白い。この短期間でも、娘なりのこだわりが次々と変化していっていることが分かるのだ。

▲まずはこれ。たくさん色が使われていてとってもきれい。大人には出せないよなぁ、このランダムさ。いいねぇ。と惚れ惚れしていたのもつかの間。こうした色使いはすぐに見られなくなった。

▲代わりに現れるようになったのが、この色使い。濃い色が減って、パステルカラーっぽいものが主流に。

▲黄色ばっかり使う時があれば、赤色ばっかり使うようになったりして、その時々で色のこだわりが変わるようになった。

そんな色のこだわりは、いまは赤、ピンク、黄色、オレンジ色に集中していて、着る洋服もピンクや赤ばかりになっている。

どうして青や緑を選ばなくなったのだろう。特に女の子だからといって、着る服や使う食器の色を選んだりしたつもりは無いんだけどなぁ。と思っていたのだけれど、この疑問について、もしかして…と思わされたことがあったので紹介したい。


▲これは、娘がいま一番好きな食べ物。食用ほおずき。
1歳の時にはじめて食べて以来ずっと娘の好物。今年も娘のために育てていたものが、たくさん収穫できて、器に山盛り状態。

▲去年とちがって、一人で色々なことが出来る娘は、自分で食用ほおずきの袋を破り、なかから出てきた実を口に運ぶ。

▲そして、破いた袋はちゃんと別のタッパーのなかに入れることができる。

▲それで、僕が驚いたのはこっち。
なんと、まだ未熟で緑色のものと、虫食いで食べられないものをちゃんと寄り分けていたのだ。

①袋を開けて(手を使う仕事)
②中の実の色を確認して(目を使う仕事)
③オレンジだったら食べる。緑色だったら食べない。(分別と判断!)

いつの間にかこれだけのことを出来るようになった娘に感動しながら、あぁっ! と重要なことに気付いたのは僕。

娘は最近、暖色と寒色の色の違いに敏感になっていたわけだけど、これってもしかして、暖色は食べられることが多くて、寒色は食べられないことが多いことをすでに経験で知っていたからかもしれない。だから最近は赤やオレンジ色を好んでいたのかも…。
もしくは、人の野生として、そういう色に敏感になるプログラムが発達段階に組み込まれている可能性だってある。

いずれにしても、娘が遊びでしていた色の選別が、生きていく上でとても重要な訓練だったことは疑いようがない。
子どもは自分で遊びながら、手を使いながら、味わいながら、ひとりで成長していく力を持っているんだ。そんなことを見せつけられて、しばし感動をしてしまった。驚くべき、娘のあそびと学びの世界である。


前のnoteで書いたように、娘は2歳になって進級してから、なかなか保育園に行けなくなってしまった。

でも、いつも子どもの相談(というか親の相談ですね…)に乗ってもらっている深津高子さんのアドバイスを受けて、娘に対するこちらの態度を改めたところ、秋以降はまた保育園に通えるようになった。

その経緯は、上記noteの通り。

いま振り返ってみると、娘が保育園に行きたがらなくなってから、また行けるようになる切り替わりのタイミングで、よく取り組んでいたのがアイロンビースだった。

しぶしぶ行く保育園でも、どうやらアイロンビースだけはやっていたようで、その様子については、園からも写真で送ってもらっていた。

娘が保育園に行けるようになった理由は様々考えられるけど、このアイロンビーズもかなり大きい要因だったのかもしれない。と今は思っている。

自分の手を使って、小さいものをつまんで、置いて、形をつくる。

大人にとってはなんてことないことでも、娘にとっては「自分でそれをやった」ということがとても大事で、ひとつ作るごとに「できた」、「できた」。と小さい自信を積み重ねていったことと思う。

そして、これと時を同じくして、娘はよく動くようになった。最近はまっているのは「お母さん登り」。座っている母の腿の上に立ち、そこから肩に足をかけてなんとか母の上に登ろうとする。それは無理なんだけど、隙あらば何度でも挑戦する。

また、脚立があればそこにのぼるし、ちょっと教えたら、降りることもできるようになった。

▲のぼって、柿の実を収穫するふりをして、また降りる娘。

▲保育園から帰ってきても、玄関前の箱にのぼり、そこから飛び降りる。何回やるのかなぁと数えていると、なんと16回も繰り返し、やっと満足して家の中へ。

▲正直、見守ってるのは怖い。

このnoteの冒頭で書いた言語の練習も含めて、いま、娘は自分ひとりで色々なことを出来るようになるべく、毎日訓練をしている。そして、そのどれもが毎日少しずつ出来るようになっている。

僕には、この娘の日々の仕事が、自分自信の自己肯定感を養っているようにみえる。これも出来た。あれも出来た。じゃあこれも出来るかもしれない。この高さから飛び降りても平気かもしれない。ピンポンが鳴ったら出て行って挨拶できるかもしれない。保育園で友達とも遊べるかもしれない!

▲そして今日、進級してから毎日欠かさずに持って行っていた毛布を(あの、ちょっとでも見当たらないと精神が不安定になってしまう命より大事な毛布を)、「今日は持っていかないー」と家において登園をしたのです。

あぁ、お父さん感動…。(毛布、やっと洗えた…。)
ちいさなアイロンビースをひとつひとつはめこんで作品を作るように、娘のなかにちいさな自信がひとつひとつ積み重なっていくことで、あなたは自立へと進んでいくのだね。素晴らしい。素晴らしいよ、あなたは。

僕は自己肯定感って、誰かから認められたり、愛された結果で育まれるものだと思っていたのだけど、もしかしたらそれと同等に、場合によってはそれ以上に、幼少期にどれくらい手先を使ったかとか、運動をしたかということも大事なのかもしれない。と、今の娘を見て感じている。

だって、自分の体を自分が意図した通りに使えたら、自分で自分のことを信じることができるようになるから。

他者から愛されることで自己肯定感が育まれたとしても、それは他者がいないと成り立たない肯定感なのかもしれない。(もし、愛してくれる人がいなくなってしまったら、その自己肯定感もどこかにいってしまうかもしれない。)

でも、自分で自分を信じることが出来れば、その自己肯定感はいつでも自分とともにいてくれる。

そんなことを考えていると、娘にはいまはただひらすら手を使ってほしいし、むやみやたらに走ったり飛んだりしてほしいし、たくさん話して歌っていてほしいと思う。そうして自分のことを自分で作っていくんだ。いま、あなたは本当に大切なことをしているんだね。

*****

おまけ。

今回書いたことは、パートナーが買ってきたこの本にかなり影響受けました。

モンテッソーリ、やっぱりおすすめ。いい本だったので、興味ある方はぜひ。

夫婦で子どもに対する考え方や、人間理解の価値観に大きな相違がないってのが一番助かってるかも。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?