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中国が沖ノ鳥島周辺の公海上にブイを設置した真の目的は?

 7月5日(金)、林官房長官が記者会見の場で、中国の海洋調査船が本年6月、沖ノ鳥島周辺の日本の大陸棚に位置する公海上の海域に浮標(ブイ)を設置したことを明らかにしました。

 読売新聞の報道によると、「向陽紅22」と呼ばれる中国の大型作業船が先月5日に上海を出港し、東シナ海から大隅海峡(鹿児島県)を通過して太平洋に出た後、本年6月中旬、四国海盆海域内でブイを設置したとのことです。具体的なブイの設置場所は以下の画像の赤斜線部分です。

出典:読売新聞オンライン
中国、沖ノ鳥島北方の日本の大陸棚にブイ…太平洋では異例

 中国側によるブイの設置に関して、林官房長官は記者会見で主に以下の4点を強調しました。

  • 目的や計画などの詳細を示さないまま設置したことは遺憾。中国側には海洋活動全般で、様々な懸念や疑念があることも踏まえ、直ちに透明性のある説明や活動を行うよう申し入れを行った

  • 中国側からは「ブイは津波観測用で、日本が大陸棚に有する主権的権利を侵害するものではない」との説明があり、政府として情報の収集や分析などを継続する。

  • (ブイが)設置された海域は、いずれの国の管轄権も及ばない公海で、全ての国に航行や科学的調査を行う自由などが認められている。仮に、我が国の大陸棚に対する科学的調査であれば、国連海洋法条約により事前の通報が必要だが、中国側は「海底ではなく、津波観測用だ」としており、条約上の通報の義務はない

  • 設置された海域での船舶交通の安全や、我が国の主権的権利に影響を及ぼさないのであれば、国際法上、直ちに問題のある行為とまでは言えない

 上記の林官房長官の発言を受けて、日本国内では「ブイを撤去せよ!」、「中国に対して弱腰だ!」といった批判の声が多く聞かれましたが、実際、中国による四国海盆におけるブイの設置日本政府の対応国連海洋法条約の観点から検証するとともに、中国による同海盆へのブイの設置の真の目的について考察をしていきたいと思います。

国連海洋法条約の「公海」に関する規定


出典:海上保安庁海洋情報部パンフレット「海にかかわる、すべての人へ。

 今回、中国側が設置したブイの海域は「公海上ではあるものの、日本の大陸棚上の海域」です。これを理解するために、まず、国連海洋法条約の「公海」に関する規定を確認していきます。

 まず、国連海洋法条約「第七部 公海」における主要点は主に以下の3つです。

  1. 公海はすべての国に開放されすべての国が公海の自由(航行の自由、上空飛行の自由、漁獲の自由、海洋の科学的調査の自由等)を享受する (第八十七条1項)

  2. 船舶公海において原則として旗国の排他的管轄権に服する(例外:海賊行為、無許可放送等)(第九十二条1項) ※本件の場合の旗国は中国になります。

  3. いかなる国も、公海のいずれかの部分その主権の下に置くこと有効に主張することできない(第八十九条)

     上記3点だけを見ると、今回の中国による四国海盆上へのブイの設置は合法と思ってしまっても、不思議ではありません。

     実際、毛寧中国外務省報道官は7月5日の記者会見において、「中国船が『西太平洋の公海』にブイを置いた。国連海洋法条約に基づいて公海は全ての国に開放されている各国は公海において科学研究に従事する自由を有している」との見解を示しています。

     しかし、中国が主張している「公海」は「純粋な意味での公海」ではありません。なぜなら、四国海盆の海底には、探査及び天然資源の開発のための「日本の主権的権利が認められている大陸棚」広がっているからです。

     それでは、国連海洋法条約が「大陸棚」についてどのように規定しているかについて、見ていきましょう。

国連海洋法条約の「大陸棚」に関する規定


出典:海上保安庁海洋情報部HP「領海等に関する用語」ページ

 それでは、国連海洋法条約が「大陸棚」についてどのように規定しているかを見ていきます。主要点は以下の3つです。

  1. 領海を越える海面下の区域の海底及びその下であって領海基線から原則として200海里の距離まで(地質上及び地形上の一定の要件を満たす場合には、さらにその外側の一定の限界まで。)のものを沿岸国の大陸棚として規定 (第七十六条)

  2. 沿岸国は、大陸棚の探査及びその天然資源を開発するための主権的権利の行使が認められている (第七十七条1項)

  3. 2.の権利は、沿岸国が大陸棚を探査せず又はその天然資源を開発しない場合においても、当該沿岸国の明示の同意なしにそのような活動を行うことができないという意味において、排他的である。

 今回、中国側にブイを設置された四国海盆は、上記の画像の「大陸棚の延長が可能」という「延長大陸棚(上記1.の黒太字部分)」の上部水域にあたります。

 「延長大陸棚」においても、国連海洋法条約の大陸棚の規定が適用されます。そのため、今回のブイの設置が、日本の合法的な大陸棚に関する海洋調査天然資源の開発である場合中国日本から同調査・開発に対する同意事前に得る必要があります

 実際、林官房長官は、先述の記者会見において「(中国側によるブイの設置が)我が国の大陸棚に対する科学的調査であれば、国連海洋法条約により事前の通報が必要だが、中国側は『海底ではなく津波観測用だ』としており、条約上の通報の義務はない」と発言しています。

 つまり、中国は国連海洋法条約で全ての国に認められている「公海上における海洋の科学的調査の自由」を主張し、自国のブイの設置を正当化しようとしています。

 しかし、今回のブイの設置は「レアメタルを含んだ鉱物資源が分布している大陸棚の調査」であることは間違いないでしょう。そうでなければ、わざわざ西太平洋まで出向いて、ブイなんか設置するはずがありません。

 それでは、中国側が、日本の「延長大陸棚」として認められた上部水域において、「公海上の科学的調査の自由」を主張する根拠は何かについて、考えていきます。

中国は沖ノ鳥島を「島」ではなく、「岩」と主張し、沖ノ鳥島に対する日本の領有権を否定しようとしている


 中国が四国海盆を「公海」と捉えていることは、沖ノ鳥島が「島」ではなく、「岩」であると主張していること関係しています。まずは、国連海洋法条約第百二十一条で規定されている「島」と「岩」の定義を確認しておきます。 

国連海洋法条約第百二十一条

  1. とは、自然に形成された陸地であって、水に囲まれ、高潮時においても水面上にあるものをいう。

  2. 3に定める場合を除くほか、島の領海、接続水域、排他的経済水域及び大陸棚は、他の領土に適用されるこの条約の規定に従って決定される。

  3. 人間の居住又は独自の経済的生活を維持することのできないは、排他的経済水域又は大陸棚を有しない

     日本政府は「3項は『岩』の規定であり、1項の『島』の規定からは独立している」と主張しています。実際、沖ノ鳥島には3項で規定されている「人間の居住」などの条件は満たしていませんが、1項の「島」の規定を沖ノ鳥島に当てはめています

     一方の中国政府は「いやいや、沖ノ鳥島に誰も住んでいないから、島じゃなくて岩だろ」と主張しています。

     しかし、国連の大陸棚限界委員会によって、沖ノ鳥島を起点とする四国海盆下の大陸棚は、日本の「延長大陸棚」として認定されています。つまり、同委員会も「沖ノ鳥島に対する日本の領有権」を認めているということにもなります。

     その一方で、中国は今回の日本の「延長大陸棚」上の四国海盆にブイを設置し、その海域を「公海」と表現したことからも分かるように、「日本の沖ノ鳥島に対する領有権」を否定しようとしています。

     そうまでして、沖ノ鳥島に対する日本の領有権を否定し、四国海盆を公海にしようとする中国側の狙いは、もちろん「レアメタルを含んだ鉱物資源の確保」や「漁業権の行使」などが考えられます。

     しかし、中国側のブイ設置の背景に「地政学的・軍事的な要因」がある点を見逃してはいけません。ここからは、ブイ設置を巡る中国の地政学的・軍事的思惑について考察を進めていきます。

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