小さい頃から福耳を
あれっきり、更新が途絶えていた。例年より暑い10月が過ぎ、例年より暑い11月が始まった。僕は今でも1週間のうち5日は半袖で過ごしている。半袖の社員である。駅のホームや電車内はとりわけ暑く、なおさら半袖を重宝する。大江戸線は、言わずもがな。
株式会社半袖生活を箪笥にしまい込む前に、秋のあれやこれを総ざらいしようと思う。人生は何を得たかではなく何を与えたかが大事だと、誰かに言われた気がしている。くちびるに歌を、noteに文字を。
10月末
高校時代の友人の結婚式に行った。果たしてそれは二次会なんだけれども。僕の中では「結婚式」にカウントしている。二次会だってなんだって、おめでたいものはおめでたいから。
高校野球部時代の同期部員である新郎。ピッチャー左右二枚看板のサウスポーのほう。高校時代は高身長筋肉質イケメンでやらせてもらっていた彼だが、今でも衰えることなく、そのオスとしての優位性にはむしろ磨きがかかっていた。立ち姿は凛々しく、ネイビーのスリーピーススーツがよく似合っていた。
新婦さんは、看護師さん。美しく麗しい。生きてそこに居るだけで、周りは看て護られている。生まれながらの看・護・師。デコルテを見ていただければ話は早い。笑う口元には白い歯たちが行儀よく並んでいる。純白のベアトップのロングドレスを見事に着こなしている。あの男が収まる鞘はここにあった。おめでとう。本当におめでとう。
一方そのころ僕はといえば。二次会に同席した新婦ご友人の、妙齢の見目麗しいお嬢様方に人見知りするなどしていた。伏し目がちにミートソーススパゲッティを頬張り、ウェルカムドリンクのシャンパンを残した。おめでたい。
そんなことより新郎新婦。おめでとうございます。末長くお幸せに。
11月頭①
人生で初めて新潟県に行った。相方の丸山くんの、お父様の会社のイベントの営業のお仕事だった。「の」が多い。丸山くんの普段の様子からは想像もつかない(失礼)、ご立派なお父様。社長様。シャツとポケットチーフをペイズリー柄で合わせ、冠位十二階最高位である紫色のネクタイを締めていらっしゃった。気さくで、ダンディで、社員皆に愛されていた。何がとは言わないが、対照的だった。
安い服を長く着るおのぼりさん装束の2人には似つかわしくない、新潟市内の大きなホテルが会場だった。大きな控室。大きなお弁当。帰り際には大きなお花を頂いた。
余興のコーナーにてご一緒した、シンガーソングライターの果歩さん。
僕らよりも、大きな会場と大きなお弁当が映える方だった。こちらも妙齢の見目麗しいお嬢様だったが、人見知りせずにお話できた。芸人として、だったので。芸人って、いいね。
11月頭②
カレー屋さんでコントとビンゴ大会のMCをした。美味しいカレーと美味しいナンを頂いた。お客様の9割が外国人の方だったが、カレーとビンゴは万国共通のエンターテインメントだった。おそらく、コントも(当社比)。おいしゅうございました。ご馳走さまでした。
11月頭③
大学時代の先輩の結婚式に行った。例に漏れず、二次会である。学生時代からカップルだったお2人のご結婚、誠におめでとうございます。
会場には大学卒業以来久々に会う人も多く、「ジェロニモさん太りました?」をきっかけに会話がスタートしていた。いつだって会話のきっかけは外見の変化、もしくは天気からと決まっている。米ばかり食べてフォアグラよろしく分厚くなった体に、ブルックスブラザーズのスーツがちょうど似合ってしまった。
大学の入学祝いに買ってもらったスーツ。当時はぶかぶかで身に余っていたが、今になってしっくりきている。生活の質でなく、体型のおかげで。服は良いものを長く着たほうがよい、できる範囲で。
帰り道はPUNPEEを聴いた。
短歌
パワーポイントのサイズ調整ミスで、最近は画像と文字が荒くなっていた。ごめんなさい。デザインの第一歩は「見やすさ」なので、やっと初歩の踏み出し方を覚えたことになる。三歩進んだつもりになって、一歩も進んでいなかった。
おわり
他人のであっても自分のであっても、祝い事が多い人生でありたいと、マフラーいらずの暖秋に思う。「おめでとう」をたくさん言い、そして言われる日々は、マーガレットハウエルで全身を装えるような、ゆるやかだけれどしっかりとした豊かさである。
いつまでも、おめでたい人でありたい。幸い、じいちゃんばあちゃんには、小さい頃から福耳を褒められている。
大きくて安い水