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映画『バービー』~フェミニズム噺とみせかけて人生を描いたエンタテインメント大作

 7月21日北米公開後、4週連続北米興行成績1位を続け、世界興収10億ドルを超えて大ヒットを続ける『バービー』。やっと日本でも公開になったので、何が凄いのか考えました。

 主演はマーゴット・ロビー。定番バービー役。
ハーレイ・クイン(DCのわるもの)、トーニャ・ハーディング(ナンシー・ケリガン襲撃事件)、ロジャー・エイルズにセクハラされるFOX NEWSのキャスター、シャロン・テイト(いわずもがな)… と訳あり美女キャラNo.1俳優が主演兼プロデューサーです。これだけでも、まともな映画のはずがないんですね。

 映画の展開に沿って観察していきます。マテル社のバービー人形のキャッチフレーズは”You can be anything/何にだってなれる”。女性がキラキラ大活躍するようなフェミニズムの理想郷、バービーランドが舞台。道路工事の労働者から、医者・弁護士・大統領まですべて女性のバービーランド。男性のケンたちは何の仕事もなく”ケンでいること”が仕事。
  ところがバービーが何かの拍子に”死”を意識した瞬間から、おかしなことが起こり始めます。もともとハイヒールを履いた形で固定されていた足首が普通の角度になって元に戻らなくなったりする。2004年に始まった女児ものアニメ プリキュア・シリーズでは”女の子がりりしく、自分たちの足で地に立つ”がテーマで、アクションヒーローなのでヒールを高くしなかった、という話がありますがそれに通ずるような展開。バービー人形の枠を超えてフェミニズム噺が深掘りされていきます。
 事情通のへんてこバービーから話を聞き、人間の世界に行かないと平らな足や突然現れたセルライトは治らないと知った定番バービーは、夢のバービーランドを出発して人間世界にたどり着きます。つくと程なくして意識高い系(woke)のお嬢さんたちに定番バービーは彼女の理念の薄っぺらさを暴かれてしまう。Netflixのドキュメンタリー・シリーズ『ボクらを作ったおもちゃたち』のシーズン1のバービーの回をみると、女性が男社会で苦労する古典的な展開は序盤まで。あとはひたすら、戦後アメリカ社会での女性や他のマイノリティの権利向上を 必死で後追いしてこの商品が生き残ってきた姿が描かれていました。バービーは、徹底したマーケティングの結果、ある意味健全な範囲で進歩的な要素を取り入れて今日まで生き残ってきただけなのがわかります。
 なのでこの映画にも、古典的フェミニズムだけを素朴に主張するだけでなく、お説教要素全部入りで色々盛りだくさんのお説教が実はちりばめられていました。序盤でケンが怪我したときに診察してくれるドクター・バービー役のハリ・ネフはトランス女性。ケン本人に至っては、定番バービーにくっついて訪問した人間世界では男は面倒くさいから女性を立ててるだけだよねと耳打ちされ、まだまだ男社会である人間社会の本音に触れます。挙句、男性であること以外に取り柄のない男性でも威張り散らすことが出来る家父長制の信奉者になってしまう… みたいな展開も投入。

   これだけ説教をちりばめてかつ歌と踊りとギャクを全部入りのマシマシにしたのに話が崩壊せず、お話はちゃんと決着します。その決着が観客の共感を得て世界興収10億ドルのヒットになったのは、結局人生(=死)を真正面から描いたからかもしれません。
 "異世界の住人が人間と交わり決意して人間になる話”というと古い映画で恐縮ですが、『ベルリン・天使の詩』(1987)があります。天空から人間を見守ってきた天使が、空中ブランコ乗りの女性に恋をし、永遠の存在である天使をやめて人間になる話。予告編をご覧いただくと大体どういうお話かわかります。本編で予告編以上のストーリー展開はありません。

  『ベルリン・天使の詩』では天使は人間になるものの男性になります。これと『バービー』を比較すると『バービー』における人生の描き方が分かりやすいと思います。異世界の存在が女性として社会に登場するときの方がずっと大変そうです。記述していくと長くなって面倒臭いので表にします。

バービー 対 ベルリン・天使の詩


 『ベルリン~』ではお話の最後で、今やただのおじさんの元天使ダミエルは都合よく彼が天使の時に見初めたマリオンとくっついて、限りはあるが幸せな人生が始まります。天使としての死は手段でしかない。
 一方、大騒動の末に人間になったバービーは、他のことは何もしないでまず最初に婦人科検診を受け、女性の身体と向き合います。言わずもがなの説明は避けますが、最後の台詞”Gynecology(婦人科)”で女性にとっての生死を全部回収したわけで、つくづく凄い映画だと思いましたけれども。