見出し画像

【ヒデコ日記④】 ミス豊橋

facebookで、ヒデコ(母、でぶ)のことを「ヒデコ日記」というタイトルでたまに書いている。ヒデコにまつわるコラムも電子書籍で書いたことがある。その原稿を時系列もバラバラながら、ここに少しずつアップて残していこうと思う。ヒデコがこの世を去った時、読んで思い出すために。

僕は、幼い頃、迷子になったことが1度だけある。ヒデコ(母、でぶ)の故郷、豊橋の街で行われた「豊橋祭り」。ものすごい人ごみで、ディズニーのパレードのような、大きなオブジェやステージみたいなのがどんどん通過するお祭りだった。その時、迷子になったことを、のちに妻(怖い)に話すと、
「どうせヒデコのことだから、タコ焼きかなんかに夢中になって、息子のことなんてホッタラカシだったんだろ? 目に浮かぶわ」とバカにする。
僕自身、なぜ迷子になったのかは定かじゃない。もしかしたら図星かもしれないのだが。

恐らく、僕が4才ぐらい。ヒデコと二人、豊橋祭りの雑踏の中、僕は迷子になった。ヒデコから、「もし迷子になったら〇〇(忘れたけど近くの目印)はどこですか?って聞いて、そこで待つだに」と、指示されていた。そんな約束をした矢先の迷子だったので、〇〇に行けば、すぐヒデコに会えると思っていた。大人たちを見上げて、優しそうな若い男女に聞いてみた。すると、笑顔で僕の手をとり、連れて行ってくれた。
だが、何か方向が違う。子供ながらに、思った。やはり。行った先は、交番だった。大人はウソつきだな、警察なんか来たらヒデコに怒られる、
って泣きそうになった。
しかし、おまわりさんは、優しくて、瓶のファンタグレープをコップに移して出してくれ、カツ丼の出前まで取ってご馳走してくれた。あれは格別に美味かった。
しばらくして、お回りさんに、ヒデコと連絡が取れたと言われた。
おまわりさんと交番の外で待っていると、チンチン電車のある交差点の向こうに、ブタみたいな小さなヒデコが、何やらニヤニヤしながら立ってるのが見える。信号が青になると、小走りでヒデコが現れた。しかも手には、たい焼きを持っていた。約束の場所に行かなかったことを怒られるのかと思っていたが、怒られなかった。ただただ、ヒデコは僕の顔を見てニヤニヤしながら、おまわりさんにお礼を言って頭を下げていた。

そんな思い出深い豊橋祭りの中で、ヒデコが僕に言った、衝撃的な言葉がある。衝撃というか、勢いでそんなウソつかなくても、って言葉。
豊橋祭りのパレードにいた「ミス豊橋」のキレイなお姉さんを指さし、
「お母さんも若い時分、ああいうのしてただに」
ウソだろ?
ヒデコ曰く、昔は痩せててスタイルが良かった。(キショク悪いが)
太った原因は、妊娠。妊娠すると誰もが太る。今までと違う食生活になる。ニオイに敏感になる。赤ちゃんの分、栄養を取ろうと食欲が増す。ヒデコの場合、それが異常で、それで太ったのだと。

「お母さんはね、とにかく揚げ物のニオイに敏感になっちゃってね。お肉屋の近くを歩いただけで、もうダメでさ〜。とんかつを、すぐ食べたくなっちゃって、売るほど買っちゃうの。熱々の揚げたてが美味しくてね~~」

って、それ、妊娠とか関係なくね? 今もそうだろ? ただの豚ヒデコの、日々の生活だろ、と言いたい。ちなみに妻(怖い)は、とんかつを食うヒデコを共食いと言う。豊橋祭りで聞いた、そんなヒデコの話が、迷子の思い出とともに、記憶に残っていた。大人になっても、ずっと気になっていた。
ある日、妻と実家の磐田に帰省したとき(僕が30歳ぐらいになってから)、
ヒデコに、あの豊橋祭りで聞いた、ミス豊橋のことを問いただしてみた。
「あれってホント?」
「ホントだよ。結婚する前の、若い時分の話だに、豊橋祭りでパレードして、白い手袋して、手ぇ振ってね。」
それ、選挙カーのうぐいす嬢じゃね? でも当時の新聞記事が取ってあるという。
「ウソ? 見せてみん」
「ウソじゃないに。やだやあ、恥ずかしいや~」

妻は、ヒデコがミス豊橋なんて100%ありえないと疑っている。僕もそう思う。新聞が見たい。ヒデコに探させた。モノを捨てられない、保存好きヒデコのことだから、とってあるはず。しばらくして、家の倉庫の奥から、ヒデコ自身ほこりにまみれて出て来た。手には何やら箱。妻がすかさず、あの音を口でマネする。そう、ヒデコが何かを出すとき、妻はバカにして、ドラえもんがポケットから道具を出すときのあの音をやる。
「テレレレッテレ~、ヒデコボックス」
ヒデコは、薄汚いエメロンシャンプーの金属の箱を出してきて、当時の、ボロボロになった黄色い新聞記事を見せてきた。細かく折られた新聞のオモテにヒデコの名前が印刷されている。ホントだ。「清原秀子」ヒデコの旧姓。
だが、新聞を広げてみると……
「え~!?」
ミス豊橋なんかじゃない。豊橋祭りの、キャンペーンガール的な同じ衣装の女性が、よく見たら41人いる。(写真:女性の右から3人目がヒデコ)恐らく年ごろの地元女性が応募したら、全員なれるみたいなやつ。赤い服に白いスカート。確かに今より痩せていて足がスラリとしてるが、やっぱりヒデコ顔。美人ではない(笑)
妻はこれを見て、
「ミス豊橋でもなんでもねーじゃん!大失敗のミステイク豊橋ヒデコじゃねーか」と、新橋のサラリーマンが言いそうなダジャレでつっこんでいた。ヒデコ的には、“ミス豊橋気取り”、だったのだろう。
こうして何十年も気がかりだったヒデコ語録の大いなる謎が解けたのだった。
(2013年の電子書籍「離婚は遺伝だでね」より)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?