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秘密のおとなプール。

そのプールは
大人による大人だけのプールだ。
大人しか入場できない。
申し訳ないけれど、連れの子供もNGだ。
大人しく家でお留守番をしていてほしい。
プールにもっとも歓迎されるであろう
ティーンエイジャーたちも、
ここには入れない。
どうか数多ある他のプールでお楽しみください。


大人しか入れないプールだけれど、
ここではスクールのような
格式ばった泳ぎはしなくていい。
コースロープに沿って順番に泳ぐとか、
スイミングキャップは必ず着用するとか、
そんなルールは一切ない。


大人のレジャープールに必要なものは、
流れるプールだ。
これは必ずなくてはならない。
蛇行する水流に乗るための、
大きめの浮き輪も用意した方がいい。
ドーナツの芯になりきって
ぷかりぷかり流れに身を任せる楽しさを、
誰の目も憚ることなく味わい尽くすのだ。
力を抜いて浮き輪にもたれて、
ただ流されてゆく喜び。
時には、ひゃっほーなどと
雄叫びをあげてもいい。
何しろ思いきり楽しむことが
このプールでの唯一のルールなのだ。


円形のプールの中では、自由に泳ぐこと。
そもそもコースロープなんてものは
存在しない。
他の遊泳者とぶつかりそうになったら、
あ、すみません、どうぞどうぞ、と言った具合に
お互いに譲り合って泳げばいいのだから。


プールの水に浮かんで空を見上げた
最後の記憶はいつ?
どうも思い出せないな。
忙しかったり混雑が嫌だったり。
人前で水着姿になりたくないだとか、
日焼けしたくないからとか。
何だかんだと理由をつけて
プールに行かなくなって久しい。
こんなにも体は
水の浮力を欲しがっているというのに。



仰向けに浮かんだまま夏の雲を見上げる。
蝉の歌を聞く。
人がたてた水飛沫をもろに浴びて、顔をぬぐう。
そんなこんなのすべてを
どこかに置き忘れてきてしまった
すべての大人たちに、
ここで思いきり遊んでほしい。
水着姿に自信がなくてプール行きを諦めている人ほど、ここに来るべきなのだ。



大人のくせに。
いい歳してプールかよ。

いい歳した大人は、
自分が楽しむためにレジャープールに
行ったりはしない。
なぜ駄目なのか。
いや別に駄目じゃない。
でも誰もそうしない。

暗黙の常識のようなものが
私たちの行手をさえぎろうとする。
そんなものは灼熱のアスファルトに叩きつけて、
溶かしてしまうに限る。
ジュウ、っと音を立てて蒸発する常識を
私たちは踏み越えて泳ぐ。
あるいはただ、水に浸かる。浮かぶ。
それでいい。


これは私の夢物語だ。

夏が来るたびに私は夢想する。
大人が気兼ねなく入れる
大人限定のプールがあったらいいのに、と。
大人だって夏のプールではしゃぎたいのだ。
子どものように水とじゃれ合いたい。
皆、気づいていないと思うけれど。

どこかに大人プールの桃源郷はないのだろうか。
あるのならば私はきっと、
朝一番に開門を待ち、
日が暮れるまで遊び倒すことだろう。
泳いだ後の気だるい疲労や、
塩素でキシキシする髪が
風に吹かれて徐々に乾いていくことさえも、
懐かしくも新しい、夏の記憶に加えてゆきたい。

夏は遊びが輝く季節。
忍耐や義務や諦めを知っているからこそ、
ひと夏の大人時間を、もっと遊びたいのだ。





文章を書いて生きていきたい。 ✳︎ 紙媒体の本を創りたい。という目標があります。