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楽屋で、幕の内。| タニー (猫飼い戦記 植物との共生編2)Aug.1

タニーにもう会うこともないし、来てもらうこともない、おそらく。
タニーとは、仕事先で出会った。
タニーは悪くない。ただ我が家に猫がいる限り、無理なのだ。

朝顔で懲りたはずだった。植物のある暮らしへの憧れに再びスイッチが入ったのは、今から約3年前の冬。取材先の福岡県久留米市の植木店・造園業『SANTA ANA garden(サンタアナガーデン・藤吉盛樹園)』さんでのことだ。

三代目の藤吉俊毅さんはまだ30代で、代々続く植木店・造園業のスタイルを現代的に整えた。植物と共に生きる暮らしを提案し、モダンな植木鉢や珍しい観葉植物を仕入れる。

取材を終えると、少しだけプライベートタイムだ。
次の取材先に発つ前の、すき間時間で取材先でのお買い物タイムは楽しい。ガラス張りで建物自体がアートのような温室内は、厳冬の時期でも快適だ。

「これ、いいなあ」

同行のカメラマンさんが撮影時から目をつけていたのは、多肉植物だ。折しも多肉植物ブームで、いろいろな形や色、多くの種類が並ぶ。

1つの多肉植物に目が止まった。茎が長く先端に葉が付き、ミニサイズの植木鉢に3本の小さな木が生えたような様子は、ミニチュアの世界のようだ。かわいい。

「初心者ですか。多肉植物なら手入れも楽ですよ。水やりもほとんど要りませんし」

藤吉さんの丁寧なアドバイスを聞くうちに「多肉植物だったら、植物っぽくない。猫も置物かオブジェと思って手を出さないのでは」と気持ちが傾き始める。カメラマンさんが「これください。仕事場のパソコンの横に置こう」と嬉しそうにプリプリとした葉の多肉植物をひと鉢購入した。

時間がない。ここは思いきろう。「あの、これください」。

帰宅してテーブルに置く。猫は気付かない。
ほら、成功だ。今までとは違うぞ。名前を付けよう。多肉植物だからタニーちゃん。安心したのもつかの間、猫が植木鉢を前足でちょんちょんと触ると、テーブルから落下して2本の茎が折れた。購入後、敵の破壊工作までわずか0日だ。

「土に刺しておけば、根が生えてくることもありますよ」

申し訳ない気持ちで一杯になりながら藤吉さんに相談すると、やさしく教えてくださった。

土に葉を刺したら、水をやる方いいのではないか。
「植木鉢の底から水が流れるくらい水やりする」というガーデニングの鉄則をクリアした。
水に触れることで土のフレッシュな香りが立つ。猫はこの土の香りに敏感に反応する。植木鉢の根元に鼻を近づけて匂いを嗅いでいる。まずい、注目し始めた。隠れた人間の匂いを嗅ぎ付けるティラノサウルスのような目つきが嫌だ。映画「ジュラシック・パーク」で似たシーンがあった。

どこか隠す場所、そうだ、食器棚はどうか。観音扉で、猫には開けられない。ガラスの扉なので光も入る。

食器棚の一番上に入れて扉を閉める。猫は見上げているが、さすがに届かないと気付き、その場から立ち去った。
やった、勝った。

食器棚の扉を開く度、食器棚に入り込もうとする猫との戦いも我が家にはあるのだが、それは脇に置く。扉を開けても最上段のタニーちゃんには猫の手は届かない。
やった、勝った。

日光不足がちょっと心配だ。猫の隙を見て食器棚から出して日光浴をさせる。猫が巡回して植木鉢からタニーちゃんを引きずり出して、掘り起こす。テーブルは砂と土だらけだ。植え直してすぐ食器棚に戻す。これを繰り返した。
猫の応戦が続く。

作戦を変更だ。優先事項はタニーちゃんを猫に触らせないこと。食器棚から出さないことにした。食器棚の最上段でタニーちゃんはひっそりと息をひそめて、我が家のティラノサウルスが忘れてくれるのを待つ。私もタニーちゃんに視線を向けず、何もないように振る舞って猫の気をそらす。

3カ月後、ひからびた。何度も植え直しこの環境なら多肉植物でなくても枯れる。私でも枯れるだろう。ごめん、タニーちゃん。

タニーちゃんは悪くない。ただ我が家に猫がいる限り、無理だったのだ。また負けた。



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