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【真実】肉が、取れない。

■それはジャーニー

肉が取れなかった。鶏肉だ。


共働きの我が家においてスーパーへの週末の買い出しは私の役目。ネット通販を利用するも野菜や精肉などはやっぱり買い出しに行った方がいい。

その昔 子供を習い事に送りがてら食材を買い込む役を仰せつかっていたら子供の習い事が終了した今もそのまま自分の役割になった。

まぁいいだろう。正直そんなに嫌じゃない。

このスーパーの品物の在りかは誰よりも熟知しているし、「あら最近は野菜が高いのね」と主婦たちの井戸端会議に割り込めるほどに物価感覚も冴えている。
それどころかカートのタイヤの滑りが良いとそれだけでご機嫌になる。もしかしてちょっと変態の域に入りかけているかもしれない・・・。

とにかく、
休日のスーパーは”庭”になってしまえばそれなりに楽しい。言うなれば買い出しはジャーニーだ。
チラッと周囲を見渡す。奥さんの後ろをついて歩く(正直邪魔でしかない)よちよち歩きのオジサンを見ると「早くこっちの世界に来ればいい」と、キュウリが山積みになったコーナーをカートで軽快に攻めながら思う。

そして今日も順調に精肉コーナーまで来た。目的は鶏のささみ肉だ。

しかし、私が求めているのは普通のささみではない。何かと時間の無い我が家では妻は決まって「筋なし」を指定してくる。
ちょっと多めにお金を払って筋なしを買う人が少ないのか、実はこの肉だけちょっとだけ離れた場所に置かれている。
つまり、知る人ぞ知る肉なのだ。

カートがうなりを上げてばく進し、”知る人ぞ知る”場所にやって来た。こいつをゲットすれば次は私の好きなドレッシングコーナーに向かう手筈になっている。(ちなみにスーパーに置かれているドレッシングの種類は異様に多い。私は秘かに全種類制覇を目指している)

しかし、
ここで私の進路を妨害する人物が一人。白い衛生服を身にまとい、お肉を品出ししている推定60~70ぐらいのおば様だ。
業務なら仕方があるまい。ところがこのおば様は品出しそっちのけで立ち話をしているではないか!



■おば様のジャーニー

一瞬「邪魔だな」と思った私だったがちょっとした違和感に気付く。

おば様の話し相手が、高校生か あるいは最近高校を卒業したかな?ぐらいのとても若い男の子だったからである。

こういう時のおばさんってだいたい空気の読めない感じで周りに迷惑かけてぺちゃくちゃ話すのが普通じゃん。それでこっちがイラっとして家に帰って嫁に文句をいう所までがセットじゃん。と、予定調和的に怒りを決め込んでいた私にとってその光景は少し不思議で、調子を狂わされたからなのかしばしそのやり取りに見とれてしまった。

そして男の子の言葉で なるほど と合点する。

「山本さんもまだいらっしゃいます?あ、います?元気ですか?」


そうか。
どうやら彼はかつてここの精肉コーナーでバイトをしていたようだ。それでこうして久々にかつての職場に足を運んで、昔の同僚に話しかけているのだ。

よく見ると男の子は買い物かごも持っていない。買い物ついでに、というよりはわざわざ会いに来た感じだ。
おば様の方もとても嬉しそうな顔をしていた。まるで孫を見るような、と言ってしまえば月並みだけど、ちょっとだけ敬語が入った不思議な応対で彼との会話を楽しんでいる。

「邪魔です。筋なしささみが取れません」とは言えなかった。おば様の人生の一部、つまりジャーニーの筋まで取ってしまうような、そんな気がしたからだ。
そして、

こういう会話。何かいいな。と思った。



■ジャーニーは世代を超えて

思えばもう何年もバイトなんてしていない。

職場は同じようなスキルを持ち、同じような環境を歩んできた同じような考えの人間ばかりだ。
70代のおば様もいなければ、高校生のような男の子もいない。

バイトというのは、こういった世代を超えたお友達(そこまで行かなくても、お知り合いでも十分いいと思う)と出会うのにはとてもいい機会だった。今思えば。

ふらっと以前働いていたところにやって来て、話しかけられる人と場所があるというのはとても羨ましい。
彼はきっとそんな振る舞いをして、ここでの職務を全うしたのだろう。その仕事ぶりは好印象だったに違いない。それはおば様を見ればよく分かる。


人生が旅であるならば、その旅で出会う人は多様であればよりカラフルになるのは想像に難くない。
おば様と男の子の友人関係は、羨ましさもありとても眩しかった。


私はいてもたってもいられなかった。

自分も遥か昔のバイト先に行ってみようか?いや世代を超えた友人を作るためにどこかでバイトでも始めちゃおうか?いや、どこに向かうかなんて考えなくていい。私は、私の旅をすればいい!そこでの出会いがジャーニーなんだから!!
気付けば私はカートを放り投げ、勢いよくその場から駆け出していた。私なりのジャーニーを再認識するために!!


というのは嘘で、ミッションの通り筋なしのささみ肉を手に入れる必要があった。
「すみませーん。ちょっと取らせてください。そのお肉。あ、はい。それですそれです。(笑)」





ジャーニーとは、英語で「旅行」や「旅程」(旅の行程)を意味する語。


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