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【迫真エッセイ】転職と苦悩の話⑩

社内転職の合格切符を掴み、僕はいよいよこれまで十数年間研鑽してきた部門を去ることになった。職種も勤務地も全く違う。同じ社内なのに知り合いは一人としていない。文字通り”リスタート”だった。

今思えばこんな素人が良く受かったな、とも思う(汗)。僕を受けれてくれた部長は、アイデアが凝り固まらないようになるべく異なる畑(経歴)から集めたかった。と後に合格理由を教えてくれた。

それから、

これも後に告げられたことだったが、以前受賞した新規事業コンテストの審査員の一人がこの部長だった。まさに運命。ジョブスのいう所の点と点が繋がった瞬間だった。

まさしくコネクティング・ザ・ドッツ!

 

■APIって何ですか?

配属されてすぐの僕の立ち位置はこの一言に集約される。

少しでもシステム開発やソフト開発に関わった人であれば苦笑してしまうほどの愚問だろう。野球チームに来て「ゲッツ―ってなんですか?」と聞いたレベル。いや、もっと低いかもしれない(笑)。

僕の新所属はいわゆるSI部門の企画だった。お客様はtoB(企業)かtoG(公共)になる。そして提供するものがシステム関連開発・保守、およびそれに付随するハードだ。

僕を採ってくれた部長はRFP、すなわちお客様からの提案依頼を待つのではなく積極的なソリューション提案を仕掛けるためのブレーンとして僕を雇ってくれた。

しかし、

それ以前にそもそもシステムに関する知識がないじゃないか!?異動に際して僕はマーケティング方面の予習は自分なりにかなりしてきた。しかし、技術的な要素は実に浅い。未だに機械設計者のままだったのだ。。。

 

■見えないものを見ようとして

ハード設計者の基本が「三現主義」であるということも随分と僕を苦しめた。

三現とは、現場・現物・現実。つまり実際にこの目で見ることを大いに推奨し、それを怠る行為を「愚」とさえ言った。

この掟は僕の性格に実に良く馴染んでいた。若手時代、休日に自分の車をかっ飛ばしてベンダーの工場まで行っていたのは(手前味噌ながら)三現主義のお手本のような行動だ。別に褒められたくてやっていたわけじゃない。「この目で見なくちゃわからない!」という絶妙な頭の悪さと、几帳面な性格がそうさせていたに他ならない。

しかし、

システム設計は酷だ。多くのものが、目に見えない。システム構成図は地獄だった。LBとは何だ。FWとは何だ。スイッチとは何だ。スイッチとはパチンパチンと音を立てて接点を切り替えるものではないのか!?

VPNの理解も苦しかった。物理学の世界にV(ヴァーチャル)なんて出てきて良いのか?なんじゃそりゃーー!!??


打ち合わせ中、APIの脇に「Application Programming Interface」とルビを振った僕を見て、こいつマジか・・といった顔を隠し切れなかった若い男の顔を今でも鮮明に覚えている。


とにかく僕は、「挑戦」というカッコいい言葉に踊らされて、全く畑の違う所に来てしまった。畑が違うだけならまだいい。そこはもう海と陸ぐらい違う世界だったのだ。

僕はバスケの神・マイケルジョーダンがメジャーリーグに挑戦して何もできず、再びNBAに戻って2度目の3連覇を果たしたことを想い出していた。しかし僕にはジョーダンのように帰れる場所は無い
こんな環境で、僕はジョーダンですら成し得なかったことに挑まなくてはならない。。。


苦悩の日々は、思ったよりも早くやって来る。

 

 

 

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続く。ここから苦しい日々が続く。

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