見出し画像

【迫真エッセイ】サイパンでトローリングした話(後編)

私たちは無事にサイパンに着いた。
前編の段階で登場人物は私とタケシと呼ばれていた本名ヒロシのわずか2人だけだったが、実際には男ばかり8人ほどでサイパンに乗り込んでいた。

ゾロゾロと街を徘徊しながらいかにも海外らしい肉やフルーツを頬張り初日を終えると、いよいよ2日目はトローリングの日となった。

各々の希望通り4人がトローリングへ、残りの4人はサイクリングでの島観光へと二手に分かれて行動することとなった。
当然私はトローリングへ。松方師匠からインスパイアされた勝負グラサンは装着済みだ。残る3人はこのトローリングツアーの発起人でもあるタケシと呼ばれていたヒロシ。そしてそのタケシの釣り仲間である山下(余談だが山下の名前はタケシであり本来ならば山下こそがタケシと呼ばれるべきであったが山下は山下と呼ばれていた)。そして私と同じく釣り初心者のショージ。
ちなみにショージという男は私以上に恰好から入る男で、既にこの時「お前の師匠はいったい誰なんだ」と問いたくなる何とも言えぬ高級サングラスを掛けていた。

いずれにせよ私たち4人は操縦士、補佐役2人の大柄な男たちと共に1台の船に乗り込んだ。貸し切りだ。私は秘かにヒロキマツカタとの再会を期待していたのだがテレビクルーを引き連れてツアーなんぞに出没するはずもなく、その期待は泡と消えた。が、そんなことはどうだってよくなる青い海と青い空が広がっている。船は颯爽と大海原へと出た。Let's leavingだ!!

出航してすぐ大柄な男が私たちに船内を案内し、「ここの飲み物はフリーだ」と保冷庫を指した。そこにはコーラなど炭酸飲料が冷え冷えの状態でズラリとストックされていた。最高じゃないか。さっそく私たちは海外仕様のコーラで乾杯し水平線に向かってヒャッホーイ!!と叫んだ。

それから船尾へと移動しセットされていた竿を見て回った。思った通り極太だ。ここで私たちは自分専用の竿を決めることにした。他でもない。もしカジキがかかった場合に誰が釣り上げたかを明確にするためだ。

ポイントに到着し、しばらく船が走ったところで私とショージはいったん船内へ戻り、2本目のコーラを飲んでいた。その時だった。私の身に異変が起きたのは。

アカン。気持ち悪い。

関西圏にゆかりの無い私だったがこの時の第一声は、「やべぇ!」でも「マズい!」でもなく、脳天から抜けるような「アッカ~ん」だった。
シンプルに船酔いした。なぜだろうか。不思議なことにこの想定は全くしていなかった。

万が一でっかいカジキが釣りあがり、急遽ヒロキマツカタたちのテレビクルーが駆け付ける想定は、した。しかしだ。船酔いする自分は想定していなかった。さっきまで無料だ無料だとはしゃいで飲んだコーラ達がものすごい勢いで逆流してくる。私はそういえばどこにあるか教えてもらっていないトイレを早々に諦め、力を振り絞って船尾へと急ぎ、大海原に向かって吐いた。聖なる海に向かって新宿の路地裏と同じことをした。自然への冒涜だ。実に申し訳ない。ただそれだけ切羽詰まっていた。しかし唯一誇らしかったのは、律儀にも先ほど決めた自分の竿の横で吐いたことだった。

私は泣いた。正確に言うと吐いたから泣いた。オレは終わったよ、と海面を見ながら人知れず、いやほぼ全員に見られながら泣いた。もうこの竿はけがれちまった。みんなは自分の竿でってくれ。そのまま嘔吐物と一緒に海面に消えてしまいたいと思ったその時だった。

ビーーーーーーン!!!

と突如として竿がしなった。「おい!掛ったぞ!!」大柄な男が英語で叫んだ。船上が急に慌ただしくなる。
私は朦朧としながら辺りを見渡した。誰だ。誰の竿がしなったんだ。そして目の前の竿を見て驚愕した。

オ、オレの竿じゃん!!!!!

そいつは見たことも無いほどにしなっていた。ビュンビュン言っている。私は猛烈な吐き気と戦いながら一方でとても冷静にこの事態を分析していた。これって、

撒き餌効果かな。

「早く巻け!早く巻け!」と男たちが叫んでいる。ここで力説したいのはここが海外だということだ。海外と言うところは恐ろしく、顔を真っ青にしてゲロゲロやっている人間に対して背中をさすりながら「大丈夫?」などと声を掛ける文化は無い(多分)。それどころかそんなゲロゲロやっている人間に対して肩を激しくペシペシと叩き、”巻け”というジェスチャーを繰り返してくる。

私は観念して竿を引き上げ、巻いた。それはとても重かったが渾身の力を込めて巻いた。するとそれに呼応するかのように胃の下の方から新たな嘔吐物がやって来てそしてまた海に向かって吐いた。すると撒き餌効果が発動して竿は一層しなった。すると大柄の男たちが再び「巻け!巻け!」と催促した。

私はいつのまにか巻く→吐く→しなる そして巻く、という地獄のループに入り込んでいた。それはサイパンという地で生まれた自転車操業みたいな苦痛の塊だった。船上なのに自転車だ。

死に物狂いとはまさにこのことかという状態で(体感的に)30分ほど格闘していた。そしてついに時は来た。大柄な男が「ヒュー♪」と、抜け殻になった私とは真逆の、実に軽いタッチででっけぇ魚をすくい上げた。
さぁ見せてくれ。オレのカジキ。オレの撒き餌に掛かった残念なカジキを!!!

と、そこで見たのは全長こそ1mを超えるが実に薄っぺらくて、かなりでこっぱちなやつだった。
なんて不細工。思ってたのと違う。

そしてヒロシが言った。「おぅ意斗。なかなか立派なシイラじゃねぇか。」

しいら? とは?


あとで知ったことなのだが、シイラとは別名マヒマヒで、沖縄の方では普通に取れる魚だった。刺身にもなるそうだがトローリングの世界ではバス釣りで言うところのブルーギル(厄介者)扱いで、リリースするのが普通とのことだった。
つまり私は、生きている限りの全てを出し尽くして、釣りの世界の”良くある魚”をゲロを撒き散らしながら釣り上げていたという訳だ。今思い返しても日本を代表して恥ずかしい。本当にごめんなさい。

結局私はこの一戦を最初で最後とし、船内の涼しいところで横になって残り時間を過ごした。相変わらずグロッキーな状態でチラッとタケシと呼ばれていた本名ヒロシを見た。彼は激しく揺れるクルーザーなど地上と同じぐらいの勢いでイキイキと動き回っていた。これが趣味:釣りを名乗る男の実力か。
私はこの時、金輪際「釣りが趣味です!」と言ってはいけない運命なのだと悟り、そして受け入れた。

ちなみに、
同じく釣り初心者のショージに気持ち悪くならなかったのか?と後日聞いたところ「超気持ち悪かったよー。吐きそうだったよー」と、紛れもなく吐いていない側の人間として同意された。これが恰好から入る男の実力か。
私はこの日 一匹のシイラと引き換えに実に多くのものを失った気がした。


こうして私の「松方弘樹、カジキを釣る」ならぬ「鈴木意斗 撒き餌でシイラを釣る」は幕を閉じた。

後日、釣り上げたシイラと撮った記念写真を見たのだが、あの日渋谷で買ったサングラスのおかげで私のギンギンに充血した涙目はどうやら見せずに済んでいた。サンキュー私の勝負グラサン。君は勝ったんだよ。多分。


今後も私の趣味の中に「釣り」というものが入ることは無いだろう。が、釣り人のことは尊敬している。というか、船で酔わない人のことを全面的に尊敬している。

そして”撒き餌法”という生理的手法がオフィシャルに認められるのであればもう一度チャレンジしてみたいとも、ちょっと思う。




**完**

この記事が参加している募集

#夏の思い出

26,340件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?