![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/77096134/rectangle_large_type_2_4ed32dd5f370234d1540a56819fe6add.jpeg?width=800)
【考察】【未来】審判がいなくなる未来
近ごろのプロ野球。
球審が不服な態度を示した投手に向かって厳重注意する場面が良くあります。審判はその立場上 威厳を保つ必要があるし、それが野球という「世界」の伝統なのかもしれません。
でもちょっと待てよ。
これについて最近とても思うことがあるんです。
■その前に
審判と選手の立ち位置というのは野球とサッカーの場合とても大きく異なります。
野球の審判はどちらかというと神仏的で絶対。楯突けばその時点で退場。少し首をかしげたぐらいで厳重注意されてしまうのは先に述べた通り。
しかしサッカーは違う。
何かあればすぐに選手たちは詰め寄り意見を言う。意見ならまだ良いけど、暴言とも言える厳しい言葉を発している輩もいる。こんな大人たちに育てられた中学生や高校生まで審判に楯突くというからこれについては正直ドン引きしている。
では野球とサッカー、審判を巡る態度としてどちらが良いか?
と問われればどちらも微妙・・・。なぜなら必要以上に威厳を保つ野球も、学生にまで言われまくるサッカーもどちらも上手くいっているとは言い難いから。
そこでこんな提案はどうだろう。
まずは野球から。
■ココこそIT使おうよ
カメラを使った空間認識の技術って実はものすごい進化を遂げています。
顔認証の精度が上がったのもその一つ。マスクをしていても識別できるのは目だけでなく顔の骨格を3D的にとても精緻に判断できるようになったことが大きい。
それだけじゃない。中継を見ていても球場で起きているシーンを平面ではなく立体的に伝えようとする技術は既に確立されつつある。
だからこそ、それを球審の代わりに使おうよ。
ハッキリ言って技術的には今すぐ対応可能だと思う。
ピッチャーの投げた球がどの空間を横切ったかでボール、ストライクの判断をする。ハーフスイングやバックホームの交錯プレーも同様(これの方が簡単そう)。
初期投資も既に人件費を下回っているのではなかろうか。
少しアッパー気味に予言すると、3~5年以内に球審はいなくなるだろう。
自らの立場に胡坐をかいている職業はあっという間にビジネス機会を失う。それはどんな職業だって同じなのかもしれない。
■技術に頼るならその逆もするべき
今度はサッカーの審判について。
誤審というのは無くせないもの。なぜなら審判だって人間、そりゃ間違いはある。その間違いをフォローするためにVARやGLT(ゴールラインテクノロジー)が出来たんだけど、ここでの提唱は”技術の(更なる)追加”ではなく”文化の追加”。
つまりこんな提案。
サッカーの審判というのは見ていてとても可哀そうになることがある。いつだってミスに対する批判が取り上げられるし、大人も子供も観客だって文句ばかり言う。
でも中継を見ていてたまに思うことがある。
今のって明らかに審判のジャッジが正しかったよね・・・。
サッカーの審判は批判こそされるが決して、「ごめんナイスジャッジ!」と謝られたり褒められることは無い。だからこそ、
激しく言い寄った場面について、テクノロジーを駆使して正審(誤審の逆)と判断された場合、そのチームや個人にはペナルティを与えてはどうかと。
レベルの判断は難しいけど明らかに過度な良い寄りや明らかな暴言に対して、そのジャッジが正しかった場合は試合後で良いから罰を与えればいい。
そうすれば選手だってベンチだって、相当自信が無ければ文句が言えない。
パフォーマンス的に繰り広げられる暴言の嵐を抑止できるのでは?と思ったりする。
■審判
審判というのは難しい職業だと思う。
必要以上に威厳を保つ野球の球審にもちょっと違和感を感じるし、学生にまで文句を言われまくるサッカーの審判にも違和感を感じる。
可能なところは技術の活用で、それでも難しいところは仕組みの構築にて、それぞれベストな解を見つけられれば良いかな、と思う。
球場に響く「ストラー-イク!!」の声が好きな人もいるだろうし、そんな球審との駆け引きが好きな人もいるだろう。
だとしたら威厳なんか示さず、歩み寄って選手との距離を保ちファンに好かれる球審を目指した方が良い。
技術が進化しても、そういう人の仕事は何らかの形で絶対に残っていくから。
本日も、最後までお読みいただきありがとうございました!
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?