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【エッセイ】地元の大型書店閉店によせて

今朝、新聞(地方紙)の一面に、「ジュンク堂仙台店閉店へ」という見出しを見つけた。

品揃えがよいのと、地下にあって落ち着いている雰囲気が好きでよく行っていた店だ。
フロアが広くて、専門書も充実。行けば探している本は、たいてい見つかる。
立地も仙台駅前と便利だったので重宝していた。

そんな大手の書店がなくなることが信じられなかった。
寝耳に水という言葉が頭をよぎった。

どうやら、出版不況、さらに例のウイルスで打撃を受けたことが撤退の原因のようだ。

記事では、20年前の仙台で、大型書店進出により、地元書店が次々に閉店したことにもふれていた。

そうだった。

子どもの頃、駅前の商店街には、「まちの本屋さん」といえるような、地元の本屋さんが点在していた。

まだ、仙台には大型書店が「丸善」くらいしかなかった頃の話だ。
当時は、仙台駅前の商店街のアーケードを5分歩くごとに地元の本屋さんがある、という感じだったように記憶している。

大型書店ほどフロアは広くないが、店の入り口に雑誌があり、奥に行くと単行本や文庫本がある。
さらに2階は、マンガ本のコーナーになっている、そんなイメージの店が多かったように思う。
店は子どもからおじいちゃんおばあちゃんまで、お客さんがいて賑わっていた。

小学生6年生の頃の話だ。
母と二人で買い物に行った時、それぞれ行きたい店があったので、「30分後にI書店で待ち合わせをしよう」という話になった。

しかし、待ち合わせの時間になっても母が来ない。スマホがない時代、普通ならそこで慌てるところだが、私は呑気にかまえていた。
「多分買い物に時間かかってるんだろな」と、楽観視。それどころか「雑誌いっぱい読めてラッキー」なんて思っていた。

しかし、待てども暮らせど母が来ない。
さすがに不安になり、店の周りをうろうろと探し始めた。
すると、血相を変えた母が駆け寄ってきた。

どうやら私は、待ち合わせ場所を勘違いしたようだ。I書店から歩いて10分ほどのK書店にいた。

母は、K書店に連れてきたことがないはずだからここにいるとは思わなかったようだ。
探し回っても娘がおらず、近くの交番に駆け込んだそうで、まさかこんなに大事になっているとは…と、私も青ざめた。
すぐに2人でお騒がせしたことを謝りに行った。

今だったら、こんなことにならなかったと思う。スマホのような通信手段があるし、もし無くても、本屋さんが少なくなり、店を間違いようがないからだ。

それは、裏を返すと、街に本屋さんがなくなったということだ。
そう思うと、時代の流れとはいえ寂しい気持ちになる。

………………………

ここ最近、「ステイホーム」で家にいることが増えた。
飲み会もないし、旅行にも行っていない。服もあまり買っていない。
なのに、出費は変わらない。なぜかと思ったら、新刊の「本」を買うようになったからだとわかった。

緊急事態宣言で図書館に行けない日が続いたのを機に、本を買うことが増えたからだった。

本屋さんで、誰も読んでいない本を買い、ページをめくるのは、気持ちが良い。図書館が通常に戻った今も、限られたお金はあるが本を買う。そして微力ではあるが、買い続けると思う。

これ以上本屋さんが無くならないでほしい…本好きのささやかな願いである。