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はるのおと。その2。

2021年4月1日。
4年間の大学生活、「学生」と呼ばれる期間を終えて、
今、「社会人」と呼ばれる立場となった。

「社会人」という言葉には、
個人的には違和感がある。

そうはいっても、「社会人になるのか」と思うと、
身が引き締まる思いなったことも、事実としてあるので、
ひとまずこの事を考えるのは、また今度にしようと思う。

私は今、「児童養護施設」という職場を選択し働いている。
進路を最終決定したのは、2020年11月。
4年の秋の終わりのことだった。

そう、今日残す「おと」は、進路選択の話。
「大丈夫の不安。と、ゆっくりでいい。」ということ。
決して成功物語ではないけれど、「おと」として書いてみようと思う。
(以下、社会人となる前2021年3月に書いた、自身の決意を引用する。)

今日のおと:2921音。(字数。)

私は大学に入学する前から、
「企画をすること」に興味があった。
得意ではないけれど、好きだった。
進路選択も、その為の視野を広げる為にという選択をした。

そして、「地域」と呼ばれる場に触れること。や、
「子ども達」に対して、何かを届けたり、つくること。も好きだった。

これらはずっと私の中で変わらなかったし、今も変わらない。
もっと言うと、上記のことに限らず、
「知ること・考えること・つくること」が私は好きだ。
学生生活も、この好きを形にする取り組みを重ねてきた。

そんな私が興味を持ったのは、
「メーカー」で、もっと便利にを考え形にして、届けていくこと。
「広告」で、モノやコトを考え形にして伝え、届けること。だった。

就職活動も、こういったところを中心に見ていた。
2年生の秋頃から、薄っすらと浮かびあこがれた世界。
どちらも何度か、違うかもしれない。
そう思ったけれど、何度も戻ってきたので、ここに行くのだ。
好きであり、やりたいのだ。そう思っていた。

友達も、応援してくれた。
「合うと思う」「好きそう」「なれるよ」そんな言葉を鵜吞みにしていた。
「はるかなら、大丈夫。」という言葉が、強い支えになっていた。




「私は、枠に捉われず、可能性を引き出す仕事がしたい。」




その為に、メーカーか広告で仕事をするんだ。
絶対的な武器はないけれど、
そんなものは後から得ていけばいい。とにかく進むんだ。そう決めた。

だけどそれは、自身の勝手な決めつけ、思い込み、でしかなかった。
私は、社会を、自分を、知らな過ぎた。甘く見ていた。
理解した「つもり」を許していただけだったのだ。なんとも愚かな話だ。

そのことに気がついたのは、就職活動が本格化してからのことだった。
それはコロナウイルスの感染拡大を受け、社会の動きが変わり始めた頃。

いや、本当はもっと前から気づいていたけど見過ごしてきたのだろう。
驚くほど、エントリーシートが書けなくなり、
自分が書いていることや、話していることに、
ただただ日々、違和感しか抱かなくなったのだ。

元々端的に伝えることが苦手な私。
今まで以上にまとまらない。

ならなければという不思議な「使命感」と、
違うのだきっとここではないのだという「違和感」が、
交錯して、台風のような豪雨の中、1人立ち尽くしている気分。
ここではないのだという感覚はあるが、動けない。
ここに居たいと、しがみついてしまう。

自分で自分に違和感があるのだから、
もちろん就職活動が上手くいくはずもない。
社会の事も、勘違いしているのだからなおのこと。

時間は刻々と過ぎていく。
周りの「内定」の話が、風の噂で聞こえてくる。
毎日が、ただただ苦しい。

相談が苦手な私。勇気を出して相談してみるが、
「大丈夫でしょ、はるかなら。」
「ESで書けることいっぱいあるじゃん。」
「なんとなくでいいんだよ。」
返ってってくるのはこんな感じの言葉ばかり。

気遣ってくれての言葉だと分かってる。

だけどなんだろう。違うんだよ。そうじゃないんだよ。
全然大丈夫じゃないの。そしてなんとなくで終わらせたくないの。
でも分からないの。どうしたらいいのか。
大丈夫と言われるほど、不安ばかりが募っていく。

後押しとなっていた、支えだった「大丈夫」に、
押しつぶされそうになって苦しい。そんな日々が続いた。




「私が、”今”本当にやりたいことってなんだろう。」

分からなかった。自信を持って何も言い切ることが出来なくなった。
そして気づいた。言い切れない背景にあるものに。

何かを「知ること・考えること・つくること」は好きだけど、
社会に伝えていきたい事や、届けたいことは確かにあるけれど、
それは、どこかで自分で自分を誤魔化す為の行動でもあって、
自身と向き合う事を避ける為に、
逃げ道として取り組んでいた節もある事に。

そして”今”私が向き合いたいのは、広い社会ではない。
向き合いたいのは、寄り添いたいのは、「辺境」だ。

まだ他者があまり知らない世界。
だけど知ってほしい世界を、伝えられるようになりたい。

もっと1人1人と向き合い、寄り添う仕事。
広い空間での一体感ある温度も好きだけど、
もっとそばにある温度を感じられる仕事がしたい。

このことに気づいてからも、
中々憧れを諦めることは出来なかったけれど、
2020年9月。4年の秋。学生最後の実習。
2度目の児童養護施設を振り返り気がついた。

自分自身と向き合い考え続けて出てきた、
”今”の自分への答えはここなのだと。
それが確かとなっていったのは11月のことだった。

決して簡単な仕事ではないし、
ずっと続けていける自信はあまりない。
自分自身と向き合う事もこれまで以上に求められる。
正直、苦しい。そして怖い。

だけど、遠回りしてもいいじゃない。
前へと階段を上るのもいいけれど、
時には螺旋階段のように上るのも悪くない。
個と向き合うからできること。
私だからできることが微々たるものでもある気がする。

憧れからは、少し離れるけれど、
苦しかった自分自身のこれまでや、家族と向き合う事は、
自分のこれからを豊かにするのではないだろか。

強がり過ごす中で、心の奥に抱いてきた、閉塞感や余白の無さ。
そろそろ、解放させてあげないと、
誰かに届ける前に、自分自身が砕けてしまうしね。

そしてそれは、他者では生み出せない何か。
「枠に捉われず、可能性を引き出す。」という、
やりたかったことに、今すぐには繋がらなくても、
未来で繋がるのではないだろうか。

辻褄合わせでしかないかもしれない。
私は、就活活動から逃げた。
決して成功体験としては、語れないだろう。

だけど、ゆっくり向き合い得た答え。
自分の中では、「正解」として受け入れていきたいと思うのだ。

そんなこんなで2020年11月末。
私は1つ目の進路を、正式に「児童養護施設」に決めた。

揺らぐ想いと、不安はある。
だけど、まずは進んでみようと思う。

進み続けたいと思い、努力し続ければ、
きっとどこまでも進むことが出来るから。
同業者や同世代に限らず色々な人と、
コトと出会い、私は進み続けたい。

私が、私であるために。
私だからできることを探して。

最後に余韻。

今、もし進路に悩んでいる人が読んでくれたのならば伝えたい。
焦る思いはあると思う。
周りからの圧にも潰されそうになっているかもしれない。
だけどね。ゆっくりでも大丈夫。人と比べなくていい。
向き合った時間は、無駄にはならないはずだから。
向き合った時間が、きっと未来の自分の支えになるから。

雨上がり。空に架かる虹もとってもきれいですが、
足元にある水溜まり。
そこに反射する空もまたきれいで、私は好きです。

空を見上げるのもいいですが、
時には地面を見るのも悪くない。
自分だけの気づきが、すぐ近くに、
転がっているかもしれないのでね。

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#進路選択 #新社会人 #あの失敗があったから

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