巨大蝉の襲撃？！

　猛暑のせいか…ぐったり疲れきって、早めに眠りについた夜のことです。

　やっと深い眠りに入んで、ゆらゆらと夢のなかを漂っていると、妙なメロディーが頭の上から響いてくるので、私はふわふわした夢の雲をかきわけるみたいに、ベッドから起き上がったのでした。

　枕元のスマホが鳴り響いて…画面に文字が光っているので、11時であること、近くで一人暮らしをはじめたばかりの娘からの電話だということが一瞬でわかると、ねむ気はすぐに消えていました。

　スマホから…虫の音…喉を詰まらせているような娘の泣き声が聞こえ…私はガバッとベッドから立ちあがり、身体中が緊張するのを感じていました。

「どうしたの？」

　うわずった自分の声にたじろぎ、息がとまりそうで、ただ、ただ、焦っているのです。こんな時こそ！落ち着いていないと…リラクゼーションを教えているのに… ダメじゃん。

「ドアの前に、セミが倒れていて、怖くて部屋に入れない…」

「えっ！？セミが倒れてる？」

　海外で7年間過ごした娘の日本語はまだまだ怪しいことはわかっているけれど、おびえきった娘の声はただごとではないようです。

　私の想像のなかにも、ドアの横幅と同じぐらい… まあ、小学生ぐらいの巨大なセミが.ドアと娘の間に仰向けにひっくり返っているのでした。

　そんなわけない…ありえないじゃん…

気をとりなおしてみても、おそらく、娘の目に映っているのも〝巨大蝉〟であることはまちがいないようです。

　ドアを開けるなんて、とてつもなく無理というものです。

　娘の目に映る〝巨大セミ〟を想像しながら、ふと、カウンセリングの仕事をしている時のことが思い浮かびました。

　何にスポットライトをあてるかで、同じ場にいても、人はそれぞれ違う現実をみることは、心理カウンセリングをしている時には、重要なポイントだからです。

　悩んでいる時、不安な時、人はなぜか、悩みや不安に固定ライトでスポットライトを当て続けてしまうものなのです。

　スポットライト周辺の闇のなかに浮かぶ風景をクライエントが見ることは難しいものです。

カウンセラーは、スポットライトが当たらない風景をただ映し出すだけで、役に立つことも多いのです。

　娘もまた、暗闇のなかで、大嫌いなセミに気づいて、スポットライトのスイッチを押した途端に、他のものは見えなくなり、ひたすら、セミの姿に注意を集中することになってしまったのでしょう。

　スポットライトが当たる場所が明るければ、他はより暗くなり、闇のなかに隠れてしまいます。

　断末魔の苦しみにピクピクと痙攣するセミの動きにスポットライトを当ててしまった娘は、そこから目を離せなくなってしまったのでしょう。

　こんな事件が日常のあちこちで、ひそかに起きているのですから、妖怪や幽霊が出没しても不思議はありません。

　どこにスポットライトを当てるかで、感覚や感情が、まったく変わってしまうことを、経験なさっている方も多いと思いますし、自然なこととして受け止めていらっしゃるかもしれませんが…

　時には、思いがけない罠にはまってしまうこともあります。

　そんな時には、スポットライトを当てる場所を変えることが役に立ちます。

　娘に伝えたのは、蝉は刺したりしないので、踏まないように！位置を確認したら見ないこと。鍵を出して、ドアの取手を見ること。

　次には、未来を意識することが大事です。そこにそのまま立っているか、中に入ってシャワーを浴びているか、どちらが嬉しい未来かな？と…未来をイメージし、自分で選択するのです。

　スポットライトをセミからそらすこと、さらに，部屋のなかに注意を向け、未来をイメージできるようにしたのです。

　シャワーのイメージが効いたようです。決心したような声でした。

「私、叫ぶかもしれない」

「部屋のなかに入って、叫んだら？」

　私の言葉が終わらないうちに、バタンとドアが閉まる音とともに、わあーっ！！と…ご近所迷惑な叫び声…大きな息がきこえ、部屋の中に入った安堵が伝わってきた。

「すみませんでした」
しばらくすると、悪夢から覚めたような…
妙にしっかりした娘の声が聞こえてきた。

　夏の夜の怪しい出来事だったのかもしれないけれど、人の目は現実を見るようにはできていないのだから、しかたがないのかもしれませんね。

　キツネやタヌキに騙されるのは昔話のなかだけではなくて、かたちは変わっていても、私たちの日常でも起きているということなのです。

　この不思議な現象を理解するだけでも、自分に見えていることから、ちょっぴり自由になり、気楽に過ごせるようになるかもしれません。

　また、スポットライトを何に当てるかを選択し、自分の未来をつくっていくことができる人にとっては、素晴らしい能力として認識されているのかもしれません。

　あなたは、今、何にスポットライトを当てているでしょうか？