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変革を阻む適応課題に向き合う対話のアプローチ

DXやゼロトラスト、DevOpsなどの思想に進んでいくためには組織の変革が必要になります。変革の行く手を阻むのは、組織や人の関係性から生まれる適応課題です。「他者と働く」で紹介されている対話のアプローチから、適応課題への向き合い方を考えます。


■適応課題

●技術的問題と適応課題

適応課題

大切なのは、「自分らしくあること」。社会課題を解決するためになぜ「オーセンティック・リーダーシップ」が重要なのか? から引用

技術的問題(technical problem)
既存の方法で解決できる問題。

技術的問題は、かなり複雑で重要な場合もあるが、すでに解決策が分かっており、既存の知識で実行可能である。高度な専門知識、組織内の既存の構造、手続き、実行方法によって解決できる。
ロナルド・ハイフェッツ

適応課題(adaptive challenge)
既存の方法で一方的に解決ができない、複雑で困難な問題。表で語られている言葉の背後には、語られていない何か別なことがあると考えられます。

適応課題は、人々の優先事項、信念、習慣、忠誠心を変えなければ対処できない。発見を導くような高度な専門性だけでなく、ある凝り固まった手法を排除し、失うことを許容し、改めて成功するための力を生み出さなければ前に進められないのだ。
ロナルド・ハイフェッツ

●適応課題に向き合う

適応課題とは、人と人、組織と組織の「関係性」の中で生じる、既存の技法や個人の技量だけで解決できない問題です。

当事者は表に出てきている問題だけに注力してしまいがちです。既存の認識の枠組みによって問題の立て方が制約され、自分の枠組みからは相手の主張こそが問題に見えてしまいます。

表で語られていない何かに向き合うためには、一度自分の解釈の枠組みを保留してみる事が必要です。相手がなぜその様に主張するのかを考えてみる。相手が自分の主張を受け入れられるにはどうしたら良いか?を考えてみることです。

●適応課題の4つのタイプ

・ギャップ型
・対立型
・抑圧型
・回避型

適応課題1

ギャップ型
大切にしている価値観と、実際の行動にギャップが生じるケースです。女性の社会進出が必要なことを否定する価値観の人は少ないですが、現在の社会は、男性中心の職場が形成されてしまっています。そのしくみが、短期的にはある部分で理にかなって機能してしまっています。これを変える場合、長期的なゴールのために、短期的な合理性をある程度犠牲にする必要が出てくるというギャップが生まれます。

適応課題2

対立型
お互いのコミットメントが対立するケースです。短期業績の達成を目指す営業部門と契約に問題がないようにする法務部門の対立は、どちらもお互いの合理性の根拠に即して正しいことがすれ違った結果です。合理性の根拠、枠組みの違いが対立を生みます。

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抑圧型
言いにくいことを言わないケースです。言ってしまうと損をするようなことがあると、組織の中で「ものを語れる」範囲が狭くなります。考える範囲も狭まり、技術的問題として処理されやすくなります。撤退を言い出しにくいために、見通しが利かない事業に、あれこれとテコ入れし続けている間に現場は疲弊してしまう状況もこのケースに当てはまります。

適応課題4

回避型
痛みや恐れを伴う本質的な問題を回避するために、逃げたり別の行動にすり替えたりするケースです。職場でメンタル疾患を抱える人が出てきた時にストレス耐性のトレーニングを施すのはこの状況です。多くの人は、それが個別の能力で対処できる技術的問題ではなく、仕事の仕方や事業そのものが根本的に抱えている問題に着手しなければと理解しています。


■ナラティヴ

ナラティブ

●ナラティヴとは

体験をしたその人自身が解釈した物語の語り、語りを生み出す解釈の枠組みのことです。視点の違いだけでなく、その人たちが置かれている環境の一般常識も含まれます。

仕事をしている誰もが専門家としての物語に生きています。仕事では、相手を自分の仕事を行う対象、道具として捉えがちです。その関係を変えていくことで適応課題を解消していきます。

●ナラティヴ・アプローチ

カウンセリングや医療の現場で用いられている、相談者の言葉から、相談者の解釈を理解する、語りとしてのナラティヴに着目したアプローチです。困難に陥って弱っている相談者と、知見を持った支援者の間には、専門性の差があります。そのことを考慮せず、支援者が持論をぶつけてしまうと、相談者の気持ちが抑え込まれたり、反感が生まれたりして状況は良い方向に進んでいきません。支援者が専門性を脇に置くことで、相談者にとっての最善を見つけていきます。

●木を切る、切らないの対立

それぞれが自分たちの解釈の枠組みの中で正しい意見として、気を切るべき、切らないべきと考えている場合、それぞれに「なぜ?」と聞くと、自分のナラティヴを話してしまい平行線を保ったままになってしまいます。それぞれに「どうしてその意見になったのか?」と聞くと、どちらも街を大切にしているなど共通した目的があることが分かり、新たな関係へ進んでいくことができます。

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制約理論(TOC)から引用

TOC思考プロセスの対立解消図とロジックは同じですが、なぜ?という直線的な問いかけではなく、何があってその意見になったのか?どんなきっかけでそう考えたのか?など、経緯を聞くことで複雑な問題を捉えていきます


■対話

●人間同士の関係性

私とそれ の関係
向き合う相手を自分の「道具」の様に捉える関係性です。友達ではなく仕事の関係で、私情は抜きにして、立場や役割によって「道具」的に振る舞うことを要求します。道具としての効率性を重視した関係を築くことで、スムーズな会社の運営や仕事の連携ができています。

私とあなた の関係
相手の存在が代わりが利かないものと捉えます。相手が私であったかもしれないと想えるような関係です。

●対話の目的

対話の目的は新しい関係性を構築することです。対話を通じて、私とそれの関係から、私とあなたの関係を構築していきます。権限や立場と関係なく、誰にでも自分の中に相手を見出すこと、相手の中に自分を見出すことで、双方向にお互いを受け入れていきます。


■対話のプロセス

多くの問題は表面的な技術的問題の裏に、相手もどんなものか分かっていない適応課題が隠れています。その存在に気づき、観察―解釈―介入のプロセスを進めることで、適応課題の多義性を減らし、技術的問題として解消できる状況をつくっていきます。

対話全体

二項対立世界を越えるために何から始められるか から引用

1. 準備 溝に気付く
2. 観察 溝の向こうを眺める
3. 解釈 溝を渡り橋を設計する
4. 介入 溝に橋を架ける
観察から繰り返す

※各プロセスの画像はamazonから引用

1. 準備 溝に気付く

対話1

自分から見える景色を疑う
技術的なアプローチが上手く行かないことに気づく

あたりを見回す
自分のナラティヴを一度脇に置いてみる

溝があることに気づく
関係性が適応課題を生み出していることを認める

相手が言うことを聞いてくれない、動いてくれない、話が通じない場面に出会ったら、一旦、自分のナラティヴを脇においてみることが必要です。自分のナラティヴ(専門性や職業倫理などの枠組み)で問題や相手を見ている間は、冷静に状況を把握することができません。

2. 観察 溝の向こうを眺める

対話2

相手との溝に向き合う
適応課題に取り組むことを決める

対岸の相手の振る舞いをよく見る
相手の言動を観察する

相手を取り巻く対岸の状況をよく見る
相手のナラティヴを観察する

相手にはどんなプレッシャーがかかっているか、どんな責任があるか、どんな仕事上の関心があるか、それはなぜか、など、じっくりと相手や相手の周囲を観察します。こちら側がどのように働きかけることができるか、そのリソースを掘り起こす作業です。

3. 解釈 溝を渡り橋を設計する

対話3

溝を越え、対岸に渡る
相手のナラティヴをシミュレーションする

対岸からこちらの岸をよく見る
相手のナラティヴに基づいて自分がどう見えるかを眺める

橋を架けるポイントを探して設計する
新しい関係性を作る方法を構想する

どこにどんな橋をかけるべきかを設計します。相手のナラティブの中に飛び移って、相手がどんな状況で仕事をしているのかをシミュレートします。自分の言っていることや、やっていることがどんなふうに見えるのかを眺めます。

4. 介入 溝に橋を架ける

対話4

橋を架ける
実際に行動を起こして、新しい関係性を築く

橋を往復して検証する
新しい関係性を通して、さらに観察する

ここぞというタイミングを狙って行動します。うまく橋が架かることもあれば、架からないこともあります。自分の架けた橋の具合を冷静に見て、本当に架かっているか、ぐらついているところはないかなどをチェックします。

観察から繰り返す

橋を補強したり、新しい橋を架ける
さらに観察―解釈―介入をして、新しい関係性を更新する

二巡目の対話へつながる鍵は、介入段階の検証です。分かるようになったことから次のアプローチを考えます。


■対話を阻む5つの罠

・気づくと迎合になっている
・相手への押しつけになっている
・相手と馴れ合いになる
・他の集団から孤立する
・結果が出ずに徒労感に支配される

● 気づくと迎合になっている

昨今の文脈で使われる忖度は、自分の考えを尊重せずに、相手の考えのとおりに自らの考えや行動を変えることです。相手へ隷属することで、自らが気づいた課題意識や問題点を見ないようにします。対話は、相手との違いを前にしている「にもかかわらず」、相手との間に新たな関係を生成させるべく橋をかけることに挑みます。

どんな仕事も誰かを支え助けているという意味で尊いものです。それはあなたも他者も変わることはありません。常に自分の理想に対して現実が未完であることを受け入れることが必要です。


●相手への押しつけになっている

批判を受けたり、反対をされたりする頻度が減りますし、叱ってくれる人もいなくなるので、権力のある人はナラティヴの溝が見えにくくなります。何をやりたくて、ともに働いているのかを問い直すことが必要です。そうすれば改めるべきところを改めることなど、小さな問題に過ぎなくなります。


●相手と馴れ合いになる

橋がかかった相手との間には、非常に強い結束ができます。この関係性を維持すべく、言いたいことが言えない「抑圧型」の適応課題が生じます。常に不完全な状態にあるということを見続ける必要があります。


●他の集団から孤立する

良い関係性が構築できたチームは、非常に強いので周りの人々との間に隔たりが生じます。熱量の違う人から冷ややかな目で見られたり、話が通じなかったりすることがあります。

外側に対して溝を感じるときには、内側にも溝があるかもしれません。特定メンバーが仕切ってしまって、違和感を感じているのにメンバーが表明できない抑圧型の適応課題が生じていることがあります。互いに橋を架け直し、そして外側にも橋を架けることを重ねていく必要があります。

あえて勝手の違う場所に乗り込んでいき、自分や自分たちの固定化された信念や価値観、枠組みなどを、より広い人々とつなげていく道を探します。


●結果が出ずに徒労感に支配される

対話に取り組んで、橋が架かる問題も架からない問題もあります。忙しい中で会社を変えようと試みているもののなかなかうまくいかず、疲れている人が何人もいます。疲れたときは休んでください。大丈夫、適応課題はあなたが何もしなければなくなりません。今いる世界で精一杯努力することは大切ですが、それは世界の全てではありません。あなたの中で、仕事のナラティヴとその他のナラティヴの間で乖離が起きているのかもしれません。

自分の理想に対して現実が未完であることを受け入れ続けるために、職場の内外に「相棒」を見つけておくと疲れたときにお互いに支え合うことができます。相棒と呼べる人を見つけるのは難しいですが、橋の架け方次第で、相棒に近い役割をお互いに担い合う関係を築くことはできます。

強い信頼関係を築くために、まずは相手を大切にしましょう。与えることで他人の中に何かが生まれ、生まれたものは自分に返ってきます。与えるということは、他人をも与えるものにするということです。

これは相棒を作るときだけではなく、組織の溝に橋を架けていく中でも大切にするべきことです。与えることを通じて組織を変革する挑戦の入り口に立つことができます。



人と人、組織と組織の間の関係性が変化し続ける中で、これらを常に意識し続けることは難しいですね。定期的に見直す枠組みを用意しておくのが現実的かなと感じています。

「他者と働く」では、多数の具体例を交えて、相手を想う優しさと、より良くしていこうとする熱量が感じられる文章で、対話のアプローチが紹介されています。変革の伴走相手として何度も読み返していく事になりそうです。


いつも応援していただいている皆さん支えられています。