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宗教と文化、文字と身体性

気になったことあれこれ。
(趣味による収集物なのでものすごく長いです)

 インド思想でも、中国思想でも、物質主義的な現代人が実際に信じているような、身体がなくなれば、かれ自身もなくなってしまうのだというふうなアイデンティティは考えられなかった。これは昔の人々にはまったく考えられないことでした。
 このような考えは、実は合理主義が起こるとともに出てくるのです。もっとも、そのどちらが原因で、どちらが結果なのか、わたしには何とも言えませんが。というのも、合理主義そのものもまた、むろん意識の発展の結果にすぎないからです。わたしの身体を体験する仕方が異なれば、考えも変わります。つまり、それには発展があり、それがどこから来るのかわからない。
 世界のなかには、意識を、そこまで物質の深みへと降ろす(文明を持つ)地域があることが、おそらく必要なことなのでしょう。なぜかというと、逆に、インド思想からも、中国思想からも、今日の意味でのテクノロジーが生まれることはなかったからです。     
 (P211)

ものがたりの余白
エンデが最後に話したこと

 ですから、アジアの文化はもっと霊的スピリチュアルであり続けたのです。物質主義的にならなかった。すくなくとも、これまではそうです。もちろん、現在、ヨーロッパの技術社会、工業社会を受け入れれば受け入れただけ、アジアの文化もまた物質主義的になります。
 
 しかし、おのずからは、インドや中国や日本の文化は、実はエーテル的現象にとどまり、物質的現象にまで入らなかった。
 日本の、咲く花をでる文化は、純粋なエーテル礼賛文化ですね。花が咲くのは、自然のエーテル的なものですから。咲く花は、植物のなかにあるエーテルの力の現れそのものなのです。そして、日本人が咲く花に寄せる関心、あれは花がきれいだから、色彩が美しいからというようなことだけでなく、もっともっとそれ以上のことがそこにはある。咲く花は、本当の植物の現れそのものなんです。その瞬間、ある刹那に花が咲き、散るまでの短い瞬間にだけ、植物の生命体そのものを、わたしたちは見る。そのとき、その植物の本当の姿を見たわけです。花の生命をそこに見た。緑の葉からは読み取りにくいけれど、咲く花にはそれを見ることができる。
  (P214)


宗教と文化

葬式や法事にはアニミズム型の文化が生き続けている

儒教というのは、祖先の霊をおまつりする習慣がそのまま歴史時代の宗教にまで成長した宗教です。命日に死者の頭蓋骨を一族の子供などがかぶり、霊の宿る「かたしろ(身代わり)」となります。霊媒師が祈る中、祖先がこうした形で現世に帰ってきて、子孫たちと交わるのです。この頭蓋骨がやがて仮面に代わり、それが名前を書いた板に代わって、今日日本人が仏壇に収めて拝んでいる「位牌」にまで進化しました。これは仏教の形をとった儒教の交霊術の道具であり、儒教の背後には太古のアニミズムが隠れています。

多神教、一神教それぞれの美点と欠点

一神教は、多神教の神々を否定する形で発達してきました。諸民族の奉じるさまざまな神々はぜんぶ幻だ、というのが一神教の主張です。ユダヤ教もキリスト教もイスラム教も原理的にはたいへん排他的です。一神教の神は唯我独尊の派生・影響です。

一神教にはジレンマがあります。万人の上に立つのが唯一神ですから、万人はこの神の前に平等とされます。しかし、その神を信じない人に対しては「真理に背くヤツ」ということで批判的な目を向けます。だから、事実上、「信者 vs. 異教徒」という差別意識が現れるのです。「平等だ、愛だ、平和だ」と唱えつつ、異教徒の弾圧を行う――そういう悪い癖が一神教にはあります。

これに対して、多神教は通例、ほかの民族の宗教に対して寛容です。神々が多いのに慣れていますから、民族Aの神々と民族Bの神々は容易にごっちゃになってしまいます。

古代ローマ帝国では、ローマの神々もギリシャの神々もエジプトの神々もシリアの神々も自由に拝んでいました。日本の「七福神」はインドと中国と日本の神々のチャンポンです(弁天と毘沙門天はヒンドゥー教の神、布袋は仏教の菩薩、福禄寿と寿老人は中国の道教の神、大黒はヒンドゥー教のシヴァ神と日本のオオクニヌシの合体、恵比寿だけが神道固有の神です)。

では、多神教に比べて一神教はひどい宗教かというと、そうとも言い切れません。

一神教は「人間は神の下に平等だ」というファンタジーをもっていますから、弱者に対する慈善活動に熱心でした。

多神教は概して押しつけがましくない一方で、チャリティーにも不熱心です。インドの多神教であるヒンドゥー教では、カーストと呼ばれる身分差別が肯定されていました。

寛容だが不平等を是認する多神教と、平等を目指すが不寛容な一神教――それぞれに美点と欠点があるわけです。


今日、先進国においては、宗教は社会の主流を動かす力にはなっていません。
それでもそれはおおむね次のような形で、今日でも機能を果たし続けています。

(1)文化の基層として
社会が科学の成果を大々的に取り入れるようになってまだ数世紀もたっていません。宗教は思想、語彙、習慣の形で文化の基層を成しています。

日本人は仏教の教理を大方忘れていますが、それでも欧米人に比べたら仏教的あるいは儒教的な発想法をもっています(修行・修業を強調し、世界を建設的というよりも無常観で眺める傾向があり、先輩後輩などの序列を重んじる、など)。

欧米人の中にはもはや教会に行かない人も多いのですが、しばしばキリスト教的なところを見せつけます(慈善を重んじ、キリスト教の終末待望を受け継ぐ、未来のユートピア建設への希望をもっている、など)。

基層文化というのは侮れない力をもっているからこそ、個人的には無宗教だと思っている人々も、宗教の歴史や教えを教養的に学ぶ意味があるわけです。


宗教と地理性







スリランカ

スリランカでは朝となく昼となく紅茶を飲む習慣があります。

ベッドティーというのは、朝です。

私が小さいころ、ベッドでまだうとうとしていると母親が「起きなさい、学校に遅れますよ」と言って起こしに来たとき、ベッドの脇にミルクティーを置いてくれました。 
その甘い香りが鼻に抜けて私は目を覚まし、ミルクティーを一口飲んで覚醒する毎日でした。

 学校に行く前にもう1つやることがあります。
それは、家の中にある仏像に手を合わせること、
そして同時に両親の前にも跪いて手を合わせます。 
自分を産んでくれてありがとう、大切にしてくれてありがとう、学校に行かせてくれてありがとうという感謝の気持ちを確認する毎日の作業です。 
これを見た日本人たちは皆、必ず感動します。

 跪いて挨拶をした時に母親からお弁当を渡されます。
そのお弁当の特徴はバナナの皮で包んであることです。
母親はニワトリの声で朝早く起きて、かまどに火をくべると、庭に出てバナナの葉を取りに行きます。
その葉をあぶって柔らかくし、中にご飯とおかずを詰めます。
朝はスリランカも冷え込むので温かいお弁当は湯たんぽの代わりになります。
それを抱えて学校に行きます。

昼になるとバナナの葉の弁当を皆で広げて互いにおかずを分け合います。
そこでわかることは、それぞれの家で弁当の中身が違い、味つけも違うということ、つまり多様性に気づかせてくれると言うことです。
庭に成るバナナを沢山採ると、近所に配ります。そしてそれは子どもの役割です。

多民族、多宗教、多言語の国であるスリランカにおいて、バナナが地域社会の関係性を育む役割を果たしていると言ってもいいでしょう。

「食べていきなさい。」
St. Anthony Shrine の2階の階段の前で、何の迷いもなく私にカレーを食べて帰るよう呼びかけたあの女性のことを思い出します。(『コロンボにて』を参照のこと。)
「カトリックの方たちがカレーを食べに来るのですか?」私は彼女に尋ねました。
「いいえ、違うわ。カトリックでも仏教徒でもヒンドゥーでも、ここでは誰もが無料でカレーを食べていいの。神は信仰によって差別すると思う? 神は信仰が違うからと言ってカレーを食べるなとは決して言いません。だから、信仰がわからないあなたに、私はカレーを食べていくように言ったでしょう。ここはそういう場所なの。」

スリランカのカトリック信者は国の人口比の6%にすぎない勢力ですが、カトリック信者の中には、シンハラ人もタミル人も区別なくおり、どちらも含むことなどから、カトリック教会は民族間融和の役割を担うものと期待されてきました。そして実際に、教会や修道会は実際に慈善活動等を通してその役割を果たしてきました。この意味で、カトリックが狙われた今回のテロは、一体何をターゲットとしたのか、という点において、決して単純ではありません。シンハラ(仏教徒)vsタミル(ヒンドゥ)とか、キリスト教vsイスラム教といった、既存の図式だけでは捉えることはできません。今回のテロの標的が「民族間融和」の象徴であるカトリック教会であったのはなぜなのでしょうか。

スリランカ政府は、事件のあと、同国からFacebookやInstagramなど一部SNSへのアクセスを遮断しました。現在、スリランカ多数派(国民の7割)であるシンハラ人たちの一部による、他の少数派に対するヘイトが問題になっています。特に同国では少数派にあたるムスリム(人口比の1割)たちがその標的になっています。そして、そのヘイトの現場は多くがネット上、つまりはSNS上です。

自身が見下している集団が権益を得ることを快く思わない人がいるのは万国共通なのでしょうか。
ムスリムたちが、産油国の潤沢な資金の恩恵を受けて、成り上がっている。
見下しているやつらが、既得権益を得ている。
ふざけるな。調子に乗るな。少数派は少数派らしく、弱者は弱者らしくしていろ。
このような図式は、残念ながら、今も昔も日本でも散見される現象です。

スリランカのカトリックが「民族間融和」の象徴であるのは、単に教義的な部分に留まりません。
スリランカのカトリックの人たちは、聖典と祈りを英語に依拠しています。

シンハラ語は仏教徒たちの言語であり、タミル語はヒンドゥー教徒たちの言語です。
結果として、カトリックの人たちの宗教言語は英語になります。(そのため、カトリック信者たちによって、子どもが通う学校の試験を英語で受けられるように政府に訴える運動も起こっています。)英語は、他の多民族国家と同様に、スリランカにおいても、別の言語を持つ人と人の間の共通語として機能しており、その英語を母語として操るのがカトリックの人たちなのです。ですからスリランカのカトリックは、教義にとどまらず、言語・文化的にも民族間融和を象徴していると言える存在です。

カトリックの教義からすれば、ムスリムの人たちはもちろん、イスラム過激派の人たちでさえ、慈しむべき存在でしょう。しかし、現在、グローバル化という名の下に、あらゆる差異を、慈しみをもって包括し、その結果、それら個別性を無化してしまうような運動(=新しい全体主義)が進んでいるとすれば、そして、それにカトリックが加担しているとすれば、そしてその象徴が「英語」であり「資本主義」であり「文化産業」であるとすれば、カトリックが「民族間融和」を善として打ち出している限り、「融和」は一種の同化政策と受け取られかねず、抵抗は解消しないでしょう。

安易に民族間融和なんてことはできないからこそ、私たちは考え続けなければなりません。

融和という解決策にすがるのではなく、むしろ解決しなくても生き延びることができる知恵を考える方が大切なのではないでしょうか。その意味で、私たちに不足しているのは具体的な解決策よりも、祈りそのものなのではないでしょうか。


エゴと精神性と現身うつしみ


ピエロが自分の足を踏んでころぶと、大笑いになりますが、この笑いは「他人の不幸を喜ぶこと」とはまったく関係がない。そうではなく、知覚だけが独り歩きし、精神を一瞬のあいだノックアウトしたとき、そのときに人は笑うのです。たとえば、滑稽な機械があり、あるいは小さな動物が遊び、ころげまわるのを見ているとき、わたしたちは何度も笑いますね。でも、わたしたちを笑いにさそうのは「他人の不幸を喜ぶこと」ではありません。知覚的に、その動物たちと感情を共有するからでしょう。そして、この知覚の体験がわたしたちを笑わせる。それはとっさに起きる自発的なものです。(舞台上の)なにかの状況に続いて起きる、劇場の観客席からの本当に大きな笑いは、反省されたものではまるでありません。それは純粋に無意識から、本当にお腹から出る笑いです。「他人の不幸を喜ぶこと」とは全く関係ない。わたしはこう言ったことがあります。
「精神は語り、心は泣き、知覚は笑う」

(P37)

1  書くということ
船の難破体験、そしてユーモア より引用

ものがたりの余白
エンデが最後に話したこと

 つまり別の言葉でいえば、人間は二重の生物だということです。精神的な生物であり、物理的な生物でもある。そして、身体の知覚が、精神をしばしのあいだ遠ざけえたとき、わたしたちは笑います。精神が物理的特質を完全に支配しているときには、悲劇が起きる。悲劇が現れるのは、なんら惜しむべきはことでもないし、悲しむべきことでもありません。そうではなく、悲劇とは、人間が持つ至高の精神的尊厳の現れなのですから。それが起きるのは、まさに人間の身体が壊れるとき、つまり現身うつしみのかたちが壊れるときです。その中間に心があり、泣いている、とわたしは思っています。


 面白い本がありましてね。二、三年まえに見つけたのですが、『かぎりある遊びとかぎりない遊び』という題で、著者はアメリカ人です。今度機会があれば、お貸ししましょう。とてもいい本です。すくなくとも、わたしが理解したところでは、この本はまさに、わたしが遊びについて言わんとすることを、語っています。人生の原理としての遊びです。この原理は「死」すらも、この大きな「遊び」のなかに含ませるのですから。

P49


漢字、身体、そして消える黒衣くろこ

ーーー動物たちがまだ持っている、このような(危険を予知する)能力を、なぜ、人間は失ったのでしょうか?

P199

エンデ  本当は、まだ失っていないのではないかな。ただ、他のさまざまなことのために埋もれていて、それを聞くことができないのでしょう。
 わたしは、どの人間も、他の人の考えていることを感じる、一種の能力とでもいえばいいのか、そんな能力を持っていると思うのです。ただ、わたしたちの教育が、人生の最初の日から、学校でもどこでも、実はその能力を破壊しようとするものなのです。
 つまり、その能力は覆われ埋もれてしまって、隠れてしまう。もう表に出なくなる。
 いわゆる自然の民であれば、すぐに同意し、こう言うでしょう。
「もちろん、他の者が今何を考えているか、わたしは感じているよ。あたりまえのことさ。」
 わたしは、そのような証言がある現象よ例をたくさん集めています。
 たとえば、突然、何百、何千キロメートル離れたところで、子どもが危険にさらされている、危険な状況にいることを、母親が感じる。唐突に感じるというような現象。
 あるいは、人が死亡したときのこと。つまり、ある人が亡くなるとき、その瞬間が正確にわかる……、たとえば、亡くなる人(幻影で)見るとか、あるいは、ほかの場合には、突然時計が止まるとか。なにか、奇妙な現象が起きるのです。

ーーーそのような能力を忘れはじめたのは、いつ頃だったのでしょうか?

エンデ  合理主義からだと思います。今日でも、その能力を持つ人がいる。多くの場合、人が言う「未開の」人たちなのです。つまり、それは何ヵ月も羊とともに荒野で過ごす羊飼いであり、言うまでもなく、教養のある大学教授にとっては、もとより信頼性がある証人ではないわけです。

ーーーしかし、合理主義や近代科学がどうしてもこのような、人間のなかにある根源的な能力と対立してしまうのは、なぜなのでしょうかねえ?

エンデ  むずかしい問いですね。
 概念による思考の発達は、人間のなかにある、ほかの能力をなくしてきたのではないかと思うのです。そうはいっても、その発達が必要ではなかったというわけではありません。しかし、それはほかの能力を犠牲にしたわけです。

 ここで、簡単な例を引きましょう。
 日本と中国の文字、つまり漢字とヨーロッパほ文字(アルファベット)の違いです。ヨーロッパの文字は、純粋に分析的なものですね。言わんとするところは、われわれのヨーロッパ文字では、一つの語を個々の音に分解して、その音をアルファベットで書きます。そうして、個々の音を再び一つの語に組み立てるわけです。
 これは純粋に分析的なやり方であり、わたしの考えでは、子どもたちが学ぶにはとてもむずかしいことです。子どもたちは、分析的には考えませんから。
 子どもたちは、まず、こういった意味で分析的に考えるように強制されることになる。つまり、一つの語をまずアルファベットに分解することです。
 それを習うことで、しかし、子どもたちは語を全体で知覚する能力を、ひとまず失うわけです。
 
 それに比べて、漢字の場合は「絵」でしょう。
 通常、ヨーロッパ人に、日本の子どもたちは、小学校の六学年で約一千の漢字を習い、少なくとも新聞が読めるようになるというような話をすれば、みんな驚愕して、
「それは大変なことだ」
と言うでしょう。日本の子どもたちも、ヨーロッパでアルファベットを習うように、漢字を習うと思うからです。
「そうじゃないんだ。ちょうど逆なんだよ。あれは絵なんだ」
と、わたしはいつも言うのです。

 実はちょっと抽象的な絵なんですね。漢字というのは。絵を覚えるのは、子どもたちは得意ですから。一般的に、子どもたちは大人よりも絵をよく覚えているでしょう。絵を記憶するのが肝心なトランプ遊びを子どもたちとやってみるだけで、よくわかる。子どもたちのほうが大人よりもずっと上手ですから。
 つまり、漢字で行われるような、総合的に書く形式のほうが、子どもたちの本能の能力を失わせる度合いははるかに少ないのです。
 もちろん、漢字では(音韻が連なる)語形が書けない。それが違うところです。漢字は絵を与え、理念を与えてくれる。しかし、そこには語形はない。
 だから、漢字は日本語としても、中国語としても発音できるのです。いや、それどころか、中国では地方によって異なる発音すらあるようですね。
 前にも話したことがありますが、シュヴァービングのある画家を知っていましたが、この画家は中国語が読めた。でも中国語は一言も知らなかった。ドイツ語で読んでいただけなのです。読めるんですから。

ーーーたしかに、読めますね。

エンデ  日本の友人と話をすると、いつも感じます。ヨーロッパ人がするように、物理的なもののなかに、そんなに深く入り込むことを好まないようですね。日本語の話も、いつもちょっと上を漂っているようで、暗示にとどまるようです。
 暗示にとどまれば、必然的に暗示に対して敏感になります。そして、そうなることで、知覚にらおける繊細なことにも敏感になるのですね。
 しかし、ヨーロッパ人や西欧人一般がするように、身体や物体的なものへ深く入ってゆかない。西欧人は、もっと強固に、かれらのなかの……、わたしの感じから言っても……、日本で道を歩いているとすると、するとヨーロッパ人のほうが、自分の身体のなかに強固に座っていることが、目に見える気がします。
 それにひきかえ、アジア人は自分の身体のなかに、それほどしっかり座っていない。(アジア人においては)すべては通過性がある。もっと、さらに、そう、柔らかいというより、もっと透き通っているのです。
 いつも透き通っているのです。日本人の身体も透き通っています。ヨーロッパ人の身体のように強固ではありません。アメリカ人の場合は言うまでもない。
 アメリカ人の身体は、われわれヨーロッパ人にとってさえも重く、ひどくボリュームがある。あの長い四肢。それを長くのばしている。ヨーロッパ人は、アジア人とアメリカ人の、どこか間にいるのではないでしょうか。アジア人のように繊細ではないし、かといってアメリカ人のように重くもない。

ーーー重いとおっしゃるのは、物質主義的な意味でですか?

エンデ  物質的な意味においてです。
……
 あの、脚をテーブルにのせること。みんなどこか重さからのがれようとしていますね。身体の重さからのがれようとしている。日本の生感覚はちょうど逆なんです。いつも四肢を引っ込める。日本の伝統文化の座り方といえば、脚を引き込み、できれば腕も引き込むことです。
 そうすることで、あの動きが出てくる。わたしが、とくに着物姿の女性で感激する、あの動きです。着物のたもとで手も覆う。手がないかのようにさえ見えます。
 つまり、自分の身体のなかに、自分自身を引き込むのです。自分の胴体へ……、そう、これが実は一番大切なんです、胴体が。そして、四肢はかたつむりのように引っ込むんです。
 アメリカ人の場合はちょうど逆です。かれらは、手足をどれだけ伸ばしても伸ばし足りない。これは決して批判しているのではありません。わたしはただ観察しているにすぎない。


エンデ  ミラノで日本人の演出で「蝶々夫人」が上演されたときに、たしかお話ししたと思いますが、その演出家は、舞台の書き割りを変えるために、黒衣くろこを使いたいと思っていたのです。そして、最初はヨーロッパ人の裏方を使ってやってみましたが、だめでした。日本から、あの黒衣の人たちを呼び寄せなければならなかった。なぜなら、日本の黒衣だけが、舞台上で存在しないのです。それをわたしはこの目で見ることができる。かれらはそこにいない。かれらはそこにいないのです。かれらはまったく舞台の邪魔にならない。

エンデ  だからこそ、わたしたちはヨーロッパでは、あの大がかりな舞台のメカニズム。開発しなければならなかったわけです。外的な奇術ほトリックを行うために。
 能や、初期の歌舞伎では、そんなことはまるで必要なかった。みんなイマジネーションでやってのけたのでした。

ーーーいつごろからヨーロッパでは「有るもの」に対して関心が偏るようになり、「無」はないものとして、話題にならなくなったのでしょうか?

エンデ  ええ。だれかが話したことで、とても納得したことがあるんです。ギリシャ神殿では、とくに初期のギリシャ神殿では、肝心なのは目に見えるものではなく、そのあいだの空間だということです。つまり、柱そのものより柱間の空間のほうが大事なのです。
 それを聞いてから、ギリシャ神殿をもう一度見てみましたが、正しかった。あいだの空間に注目すると、たちまち、まるで別なものを見ることができます。なにもない、無のところに。
 たとえば、神殿の内部空間の寸法は、つまり、なにもない虚無の空間の寸法が、神の住まいのそれなのです。目に見えないものです。見えるものは、目に見えないものの輪郭を描くためにあるにすぎない。つまり、ギリシャでは、そのことをまだ知っていた時代があったにちがいありません。おそらく、それは神話の時代だったのでしょう。

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