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新規事業へ向けて、新しい視点を獲得! ──パナソニックの挑戦

こちらの連載記事では、さまざま事情からSustainable Innovation Lab(SIL)に参画された企業や個人を取材し、「SILで何を得たか?」「SILでの体験、学びを通じて、どこへ向かおうとしているか?」など、各社各人のリアルをお伝えしています。「SX(サステナブル・トランスフォーメーション)の実験場」であるSILで何を成し遂げるかは企業、人それぞれ。今回は、パナソニック株式会社 事業開発センターさんにスポットをあてます。代表して、古谷(ふるや)さんにお話を伺いました(22年に取材)。本稿も、SIL事務局の塚原が担当しています。みなさんが、SXを自社や自分に生かす参考になれば嬉しいです。

新規事業の開発は、ほんとうに難しい!

手垢がつくくらい使われた言葉に、VUCAがあります。Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字を取った言葉で、先が読みにくいし対応も難しい時代の特徴をあらわしています。今もVUCAであることは変わらず、ロシアによるウクライナ侵攻などを見ると、その程度が増している感すらあります。

このような時代に、新規事業を始め、成功させるのは本当に難しいと思います。少し古いデータですが、経済産業省の2017年の白書では、新規事業を始めた企業のうち成功しているのは約30%で、そのなかで企業として経常利益が増加したのは約50%でした。これらは既存製品の顧客拡大などを含めての数値で、一般的には新規事業の成功率は5%程度と言われます。いかに新規事業の成功が難しく、自社の持続可能な収益に貢献することの難しさが垣間見えます。先の白書において、新規事業をしていない企業に課題を確認すると、「ノウハウ・人材が不足」「販路の開拓が難しい」「市場ニーズの把握が不十分」などが代表的でした。

2017年版「中小企業白書」

さて、パナソニックグループの中で、この新規事業の開発という困難な道を歩む部署の1つに、パナソニック株式会社 事業開発センターがあります。パナソニックという多様な人材が集まる企業であっても、そうそう簡単には新規事業を起こせず、古谷さんによると、「SILに参加することで既存商材を新しく活用したり、新規商材を創ったり等ができれば」と思われたそうです。

パナソニックは、どの領域で新事業を考えている?

では、古谷さんたちの新規事業への考え方を教えてもらいましょう。古谷さんによると、「社会課題の解決に貢献することを軸にしている」とのこと。具体的には、温室効果ガスの排出による地球温暖化と気候変動や人口増加や働き手の不足による食料の持続可能な供給の困難などです。そして、さすがパナソニック、エネルギーやフードロスなどの課題に対し、既に組織の枠を越えて打ち手を展開されているとのことです。

ここで、上であげた「新規事業をしていない企業の課題」を思い出してください。「ノウハウ・人材が不足」「販路の開拓が難しい」「市場ニーズの把握が不十分」といったものでした。SILは持続可能な地域づくりを推進するSXの実験場で、そこには、企業、自治体、地域活動団体、個人など様々な背景を持ったメンバーが集まっています。もしかしたら、パナソニックが触れていなかったノウハウがあり、新しい販路が見つかり、自治体や地域活動家の目からみたニーズが発見できるかもしれない。そういうところに期待をもち、古谷さんたちはSILへの参画を決めてくれました。ずばり、SILに参画することで、社会課題を解決する糸口を掴み、打ち手の有効性を検証するため、自治体など多様なプレイヤーとの連携を期待していました。そこには、テクノロジー企業として、自治体が抱える課題を解決できるのではないかという思いがありました。

新規事業を推進し、自身の生き方も考えられる

それでは古谷さんたちは、SILに参画することで何を得られたのでしょうか?新規事業を開発し、推進するきっかけは得られたのでしょうか?このことを質問すると、古谷さんは落ち着いた声で次のことを答えてくれました。

  • メンバーが関心のあるテーマを挙げ、その領域の有識者を招いて、勉強会(Xゼミ)をするなかで、講師や参加者との交流がかなり有意義だった。毎回のXゼミがいつも新鮮で、普段の業務や生活では中々得られない多様な視点や知識、人脈はその後の新規事業推進に大変良い影響を与えている。

  • 特に印象に残っているのが、Xゼミで話題になっている、「ネガティブ・ケイパビリティ」という考え方。この論理を離れた、どのようにも決められない、宙ぶらりんの状態を回避せず(答えを出すことに急がず)、耐え抜く力というのは、新規事業に関わる立場にはかなり必要だと思う。一方で、企業内では決められた計画に沿って物事を進めることが要求されるので、両方の考え方・想いのバランスを取りながら、社内外の橋渡しをするのが、SILに参画している私の役目でもあると思う。

  • SILで得られた知見は、パナソニック社内で共有して、さまざまな業務に生かしている。それは組織としての便益にとどまらず、自身の生き方に対しても有益だと感じている。その意味では、人材育成の点でもSILは有益だと捉えている。

パナソニック株式会社 事業開発センター 古谷 健悟さん

手探りでの参画でしたが、具体的な取り組みを起こしたい、起こせる気持ちが高まっているとのこと。そして今、「SILに参加する多様なメンバーとパナソニックの視点を組み合わせることによって、成果を出したい」と思っているそうです。そして今、古谷さんは、SILで新しい視点を吸収し、価値を生むプロジェクトをつくる企画室に参画しています。

持続可能な事業とは?

それでは最後に、今後のSILとの関わり方について教えてもらい、こちらの記事を締めくくりたいと思います。古谷さんの第一声は、「パナソニックという大企業の特性をいかして、社会課題を解決するための実証実験に資材、人などを提供できる」というものでした。もちろん、パナソニックにとって、事業収益が担保されていることが前提にはなっています。さまざまな経験をし、視点が更新される点で意味のあるSILでしたが、古谷さんは少し先を見ているようです。

また、こんなことも言葉にしてくれました。「営利企業である限り、出資者、顧客との向き合いがあるので、とにかくスピードや利益を求めないといけない。それを大前提に、真に持続可能で、地域の課題解決となる事業とは何かを、SIL参画のみなさんと共に考えたい」とのことです。それは、もしかしたらネガティブ・ケイパビリティに関係していて、事実や理由を即座には求めず、不確実さや不思議さ、懐疑を抱きしめる、といったことにつながるのかもしれません。そう伝えると、古谷さんは「そうですね」と頷いてくれました。

パナソニックが自治体、地域との連携や事業参入を考えるとき、SILというSXの実験場は、新規事業の糸口探しや想定されるリスクの見極めなどに有効で、投資額の規模がリーズナブルで魅力的に映るそうです。私たちも、パナソニックが想定している自治体の課題、その妥当性、事業との接続などを伺いながら、古谷さんたちとじっくり考えていきたいです。

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