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美術を鑑賞する作法 「作品の基礎知識を意識する」


だいぶ前になるけれども、「美術を鑑賞する作法」について以下のnoteを書いた。

私の「美術の鑑賞」に関する基本的な考えを上記のnoteから引用する。

私の知る限り、欧米では「美術検定」はない。もし、美術に興味があり、知識を深めたいのであれば、学生は、学校で、社会人は、コミュニティカレッジで「美術史」を学ぶ。なぜなら、基本的に美術史の学問は、そこら辺で受講出来るほど身近なものだ。もちろん、ただ、ただ、美術が好きで「鑑賞するだけ」の人々もいる。「プロ」を目指さない限り「自由」だ。

そして、「美術を見る力=美術検定の級」という考えが、個人的に不思議な感じがすると書いた。もう一度繰り返すけれども、「日本では。。欧米では。。」と比較することは、好きじゃない。

ただ、上記のnoteでも書いた、あるシンポジウム(2014年)で村上隆氏の発言が衝撃的だったのだ。以下、同noteより引用する。

村上隆氏の、日本の一般&プロの鑑賞者と美術業界全体へ対する憤りは、驚いた。欧米と日本のアートに対する考え方には、温度差がある。欧米で○でも、日本でそうならない場合が多々ある。もちろん、どちらが正しいというわけではない。でも、そのフラストレーションは、容易に想像出来る。

そして、そのシンポジウムで、村上氏が発した「鑑賞する作法」という言葉が今でも記憶に残っている。「当時の」村上氏の考えでは、日本の鑑賞者は、この「作法」が欠落しているということだった。

そこで日本の鑑賞者の皆さんへ、上記のnote『美術を鑑賞する作法 まず、はじめるとよいこと』を書いたのだけれども、この「美術を鑑賞する作法」について、もう少しずつ、自分の経験をふまえて具体的に考えていきたいな、と思い、このマガジンをはじめてみた。僭越ながら一応美術史家なので。

美術に興味がある方々のお役に立てれば幸いだと思いながら、つぶやかせていただく。

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美術史とは、作品を鑑賞して感想を述べる学問だと思われている方々も多いかもしれない。

一般的に美術史の試験で、作品(絵画、彫刻、建築)についての描写や感想をいくら素晴らしく書いても、点数にならない。

例えば、米国や英国の大学で美術史専攻・必須科目の「美術史の通史=Survey of Art」のような試験の場合、スライドが数枚、出題される。もちろん、作品の画像のみだ。それらのスライドが一枚につき数分間映し出される(画像のみをコピーした紙を配布する場合もある)。そして、スライド一枚(=ひとつの作品)につき、必要な回答項目は、以下の通りだ。

1.作家名(確定されている場合)
2.作品名
3.制作年(時代)
4.遺跡名、教会名など(発見された場所が明確な場合)
5.所蔵先(美術館等の情報)
6.作品説明(時代背景、様式など)

以上の1〜6の「作品の基礎知識」が試験準備のポイントになる。

国内外の美術館等の展覧会で配布されている作品リストやキャプションに注意してほしい。ほぼ全てといってよいほど、それらのリストやキャプションには、上記の1〜5の「作品の基礎知識」が書かれているはずだ。もちろん、美術館によっては、これらのリストやキャプションに、より詳細な作品情報として、サイズ(縦×横等)・素材(キャンバス等)・制作手法(油彩等)が加わることも多々ある。

少なくとも、私は、こういった試験を受けてきたし、逆の立場で試験を実施してきた。米国や英国の大学では、一般教養・選択科目にしては厳しすぎる講座の一つであり、美術史(あるいは、制作する美術)を専攻する学生にとって、必須科目であり最難関の講座が、この「美術史の通史=Survey of Art 」だ。もし「きれいな作品がスライドで見られる講座だから」と思って受講したときは、すでに遅い。

だから美術史の入門講座では、上記の1〜5に徹底的にこだわる(6は、中級以降にレベレアップが必要)。でも、今では、全て暗記する必要はないと思っている。ただし、本当に美術を見る目を養いたいのであれば、必要な修行だと個人的には思うし、学生達にもそうだったと感じてくれているといいなと思う。

つまり、美術史は、モノを扱う学問であり、感想を述べる学問ではないのだ。

語学を学ぶために脳の言語の部分を鍛えるように、美術をよりよく鑑賞するためには、脳の視覚の部分を鍛えるべきだと信じている。多分、語学学習のように、鑑賞する力を養うためにもいろいろな方法があるだろうけれども、私は「作品の基礎知識」が全ての土台だと思っている。

今のご時世、前述の「美術史の通史=Survey of Art 」のような修行(試験)にパスして、学生達は、何を得ることが出来るのかと思うだろう。

膨大な作品を「作品の基礎知識」と共に記憶した後、彼らは、作品リスト(文書)を眺めるだけで、その作品のビジュアル(画像)が次々と脳に浮かぶようになっているはずだ。

つまり、作品の基礎知識だけで、作品を脳で視覚化することが容易になる。そして、これらの記憶のファイルが脳内に蓄積されていくと、ある日、今まで見たこともない作品も「あれ?あの画家の作品かな?」とわかるようになってくる。

もちろん、ある意味センスも必要だけれども、習得不可能な能力ではないと信じている。

よく美術史の世界では、作品を見極める目を「良い目」という。良い目、すなわち鑑賞する力を養うための、最初の段階が「作品の基礎知識」を学ぶことだと思う。茶道で点前を身につける前に「略盆」を学ぶように。もちろん、暗記(修行)は、必要ないけれども、意識することだけで、鑑賞する姿勢は変わるはずだ。

(トップ画像は、著者が撮影したドイツ、ミュンヘン、レンバッハハウス美術館)

追記(2020/06/19):加筆しました。