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高砂淳二『夜の虹の向こうへ』①この世の最高の祝福

古来ハワイアンたちは、“夜の虹は最高の祝福”であり、“見た人には大きな変化の前触れ”であると捉えてきた。
ハワイに通うようになった僕は、偶然、夜の虹に出合った。
それから、絶妙なタイミングで興味深い人が登場し、不思議なことや面白いことが起こるようになった。

高砂淳二『夜の虹の向こうへ』(2012年)

誰の人生にも、ターニングポイントがあると思う。
僕は、ナイトレインボーに導かれるように、いろんな国を駆けずり回って虹や自然の写真を撮りながら、たくさんの貴重なことを見て、出合って、学んできた。
それを多くの人と分かち合えればと思い、この本を書くことにした。
夜の虹のふもとへ、ようこそ!

高砂淳二さん

東北の漁師町で育った僕は、海好き人間になっていた。大学で専攻した電子工学が肌に合わず、休学して1983年にオーストラリアへ。グレートバリアリーフで、明るくて透明な美しい海と出合い、ダイビングを始め、水中で写真を撮り始めた。これが、この後の人生を決めた。

ハワイアングリーンシータートル ハワイ島

帰国後、独学で写真を学び、水中写真をメインとしたカメラマンになり、ダイビングの雑誌社で3年間働いたが、体調を崩し退社。フリーのネイチャー・カメラマンとして、世界70か国以上を回って写真を撮ってきた。旅や世界を見る楽しさを知り、やりたいことをやっていいんだという考えに変わっていった。

ハワイアングリーンシータートル マウイ島

そんなふうに生き始めたら、自分の目の前に、次々と面白いことがやってくるようになった。「ほら、面白いだろう?」と知らせてくるのだ。一連の流れの後で“そういえば小さい頃からこんなことに興味があったよな”と気づく。見えないレールが初めからあり、その通りに何かを経験させられていたようだ。

マンタ マウイ島

ダイビングを始めて、オーストラリアでの海の中のカラフルさに驚いたのを皮切りに、海の中には見れば見るほど形や生き方が不思議な生物が多い、と驚き続ける日々が始まった。海の中から、海辺の生物、海と陸の関係、陸上の生物へと興味は広がり、自然の不思議さは、僕の頭の中で増殖する一方だった。

ドルフィン・ジャンプ ハワイ島

動物や植物の不思議に出合い、おもしろいと騒いでいるが、ほかの生物から見たら、人間のほうがはるかにおもしろいのかもしれない。空気を詰めたボンベを背負い、水中カメラを抱えて、海に潜る。ドラマチックな瞬間を求め、時には危険に身をさらして写真を撮る。潜るたびに感動し、不思議だと頭を捻る。

ザトウクジラ ハワイ島

24年前、雑誌の取材で初めてハワイに行った。吹いてくる風が気持ちよく、音楽やウクレレの音色が体にしっとりと染み込んできた。数年後にはハワイに通うようになっていた。
2000年の夏、家族でひと月、マウイ島に滞在した時、現地の友人がカイポ・カネアクアさんを紹介してくれた。

カイポ・カネアクアさん

カイポさんは、あるときフラッと友人の家にやってきて、在宅介護中の父を薬草やロミロミなどで治療するようになった。医者の治療では良くならなかった病状が少しずつ回復に向かったらしい。眼光鋭く、渋くカッコいいハワイアンで、波打ち際の海草や手前の草をつまんでは、それが特定の病気に効くこと、何がどの病気の予防になるかを教えてくれた。

滝 ハワイ島

翌日はイアオ渓谷で薬草による治療法を教えてくれた。体調不良の妻の脚に薬草を巻いてくれ、乾燥させた海草とノニの実を持たせてくれた。僕は弟子入りを志願する気持ちで「明日も教えてください」とお願いし、カイポさんのところに通った。病気の多くは、その人の持つ感情が引き金になっているという。

キンノジコ ハワイ島

しかし、心の動きは本人にもなかなか操れないので、優しく話を聞きながら、症状に合った薬草やロミロミで緩和してあげるのだという。実際に僕の体をロミロミしてくれたが、指についた特殊な目で、僕には見えないものを見ながら、血流やエネルギーの流れに優しく語りかけるかのように、施術していった。

ブンチョウ マウイ島

患者さんが訪れると、まず丁寧に話を聞き、静かにロミロミを始める。最後に薬草を処方し、しっかりとハグをして帰す。「自分を蔑んだり、許せなくて、病を引き起こしている人も多い。まず、誠心誠意のアロハ(LOVE)を与えること。人間は互いに助け合い、アロハを分かち合い、アロハを学ぶことが大切だ」

ブンチョウ マウイ島

僕が頭をひねっている疑問のひとつ、この世にいろんな生き物がいる不思議さについてカイポさんに質問してみた。
「それぞれの生き物は、それぞれの役目をもって、この世に生を受けている。植物は酸素を作り出すほか、他の生き物に食べられて栄養や薬となる役割をもつ」

ハワイアングリーンシータートル カウアイ島

「人間には、動物や植物がバランスを取りながら暮らしていけるよう、全体を見守っていく役目があるんだよ」
ハワイ州のモットーはUa mau ke ea o ka 'āina i ka pono=大地の生命は、人の高潔さの中に保たれる。
ハワイアンは太古の昔から、母なる大地を守ることを人間の役目として捉えてきていたのだ。

プルメリア カウアイ島

「ジュンジ、夜に出る虹を知っているか? ナイトレインボーは、満月の光が雨に当たって現れる珍しいもので、ハワイでは“この世の最高の祝福”と言われているんだ」
そんな神秘的な虹があるなら、ぜひ見てみたいものだと心から思った。
3日後、満月が昇るシーンを狙いに、西マウイの北側に出かけた。

夜のビーチ ハワイ島

撮影はうまくいかず、カアナパリまで来たところで急に雨が降り出した。後部座席の友人が「あっ、あれ虹じゃない?」と叫んだ。「もしかして、カイポさんが言っていた夜の虹?」。
外に出ると、雨が落ちてくる夜空に、白っぽいアーチが、大きく孤を描いているではないか! 反対側には満月が輝いている。

月光の反射 ハワイ島

虹が消えてしまわないことを祈りつつ、近くの海辺まで大急ぎで移動した。夜の虹に、僕のカメラは完璧な位置で対峙した。予期しないときに、予想をはるかに超えた、大自然が微笑みかけてくれる瞬間。自然からの最高の贈り物。夜の虹は、目をつむった心の中に虹が現れているような、不思議な光景だった。

ナイト・レインボー マウイ島

夜の虹をもう一度見たいという想いが強くなり、翌年、カウアイ島に滞在。夕方、あてもなく車で出かけたが、来る日も来る日も空振りばかり。しかし、月に照らされたビーチや山々の風景がいかに美しいか、その上にまたたく無数の星々がどんなに神秘的かを知っていった。

星とヤシ ハワイ島

ある夜、いつものようにガッカリしてコンドミニアムに戻り、ごろ寝しようと思ったとき、「今、ビーチに行かなければ!」という想いが湧いてきた。近くのビーチに出て車を降りると雨が降ってきた。やがて雲間から大きな月が姿を現した。月の光は雨のスクリーンに達し、大きな虹を描いてくれたのだった。

ナイト・レインボー カウアイ島

2度目に夜の虹に出合えた後、夜の虹の写真集の出版を成し遂げたいと思うようになった。カウアイ島のハワイアンにハワイ島の火山活動の撮影を勧められ、午後遅くハワイ島入り。流れ続ける溶岩の撮影を深夜2時に終えて、ヒロの空港に向かうと雨が降り出した。地平線の彼方が少しだけ明るくなっている。半月に照らされた虹だ!

ナイト・レインボー ハワイ島

『Tales from the Night Rainbow』は、1816年生まれの女性ハワイアンによる口述をまとめた本。家族やコミュニティの大切さ、長老や智恵者、自然と人の繋がりなどが、先祖からの声のように綴られている。夜の虹は、この世の最高の祝福であり、祖先の霊が智恵や癒しを与えるために現れると記されている。

『Tales from the Night Rainbow』

ハワイ島滞在中、夢で夜のワイオピ渓谷に虹が架かったシーンを見た。その夜、ワイオピの展望台へ行き渓谷を覗きこむと、夢で見たのと同じ場所に虹が現れていた。探してもなかなか出合えないのに、何度か奇蹟的に僕の前に現れては消えたナイトレインボー。写真集『night rainbow』は無事出来上がった。

ナイト・レインボー ハワイ島

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