スクリーンショット_2020-01-16_12

果たして厚底シューズは規制されるのか?①

2019年1月15日未明にイギリスのデイリー・メール紙が「ヴェイパーフライネクスト%、αFLY(キプチョゲがINEOS 1:59で履いていたプロトタイプ)、ナイキのプロトスパイク(エアユニット内蔵+カーボン3枚!)が禁止される見込み」と報道した。

同時刻に同じくイギリスのザ・タイムズ紙が同内容の報道をし、それを受けてイギリスのザ・サン、テレグラフ、ランナーズワールドUKは同内容の報道をした。

イギリスのメディアでは唯一ガーディアン紙の記者Sean Ingleが中立的な見解を述べている。

このようにイギリスのメディアを中心に報道され、ケニアや日本でもその様子が伝えられたが、アメリカをはじめとするジャーナリスト(もしくはそれに近しい者)の一定層が揃ってデイリー・メールらの報道に対して「根拠のないフェイクニュースだ!」とバッサリ切っているのが実に興味深い。

今月末にはVFの調査団が調査結果を発表するとデイリー・メールの記事にはあるが、テレグラフ紙には、1/15に調査団がミーティングを行ったとの記載がある。


公平な競技性を維持するために

マラソン競技においてはこの3年間の上位記録が「これまでの歴代150傑の半数を占めている」という事態が起きている(その150傑の半数のうち、大半がこの対象となっているナイキのシューズによってもたらされている)。

駅伝やマラソンの結果を見れば競技水準の向上は明らかであるが、それ自体は良いことである

しかし、今年はオリンピックイヤーである。世界最高の国際大会において、極端に言えば、シューズの性能差によって競技結果に大きな隔たりができてしまうことは、果たして公平に競技性が保てている状況だといえるのだろうか?

今回の箱根駅伝はナイキのシェアが84.3%(210人中177人)で選手はほぼ自由にシューズを選択できる状況にあった。それは公平な条件での競争である。

しかし、このような市場の日本ではあまりピンとこないのかもしれないが、実業団がないほとんどの国ではナイキ以外のメーカーの契約選手がたくさんいる。もちろん彼らはそのメーカーのシューズを履いてレースに出場している(もちろんトップレベルの選手はオリンピックにも出場する)。

しかし、彼らがあっさりとナイキのシューズに乗り換えるということはできない(=契約破棄)。なぜならサラリー(月給...または年俸)がなくなるからだ。

そんな選手たちは転職(失職)してまでヴェイパーフライを履く覚悟はあるだろうか?

あなたは今の仕事を辞めたらヴェイパーフライがやっと履ける、という境遇になった時にそれができますか?(さらに、転職できる保証はない)

日本の実業団は給料を会社が出しているので、シューズを変えようと特に稼ぎにダメージはない(競技成績が良くなればもっと稼げるだろうけど)。そして、シューズを変えようが、競技成績が著しく悪くない限りは転職しなくても良い(これ自体は良いシステムである)。

そして、青山学院大がアディダス契約にも関わらず、レースでアディダスの靴を履くことがない、ということが許容される日本はかなり特殊な市場である

メーカー縛りによって、シューズの性能で結果に差が出ているのであれば(控えめにいっても現状そうであるが...........)、そういった不均衡をある程度コントロールしなければいけないと世界陸連が判断すれば、シューズが規制される可能性があるだろう

でもこれは、何もメーカー縛りだけに限った話ではない。

公平に競技性が保てているのかどうかについては、現にリオオリンピックの時にそのような事例が起こってしまっている。

優勝したキプチョゲやその他上位選手にはヴェイパーフライのプロトタイプであるメイフライが支給されていたが、日本の選手や上位に入れなかった選手にはそもそも配布されていなかった。

スクリーンショット 2020-01-16 12.17.32

(出典:https://twitter.com/olympicchannel/status/767372921060950016)

「オリンピックの場で限られた選手だけが、VFのテクノロジーを享受できていた

これは明らかに不公平である。

メイフライがVFのプロトタイプのシューズであったことを差し引いても、今これだけ多くの選手がVFを履いていることを考えると、リオオリンピックという最高カテゴリーの大会において、このシューズを履いていた選手たちに明らかなアドバンテージがあったことは問題視すべき点である。

同じようなことは東京オリンピックでも起こる可能性がある。そうなる前に、そういった事態を防ぐこと、つまりはテクニカルドーピングと呼ばれる戦略を事前に防ぐことがとても重要である。

それを防ぐためには、各メーカープロトタイプの使用を禁じたり、設計図の事前の開示が求められたり、と細い規定が近未来的にできる可能性はある。

同様のケースはドーハ世界選手権のトラック種目でのナイキのプロトスパイクにも見られ、ドーハは好記録ラッシュに沸いた。

今はたまたま「ナイキのシューズが規制される」という見出しとなっているが、何かが突出して市場が不均衡な状況にある時、(主催者は)それをコントロールするために、何かを(競技規則を)改定するということは不自然なことではない。

今回は世界陸連がミッドソールの厚さ(スタックハイトの幅)の規制を設けるのではないか、という点が注目されている。

ナイキのプロトタイプ(αFLYやプロトスパイク)によるテクニカルドーピングを防ぐためには、33〜36mm程度のミッドソールの厚さ以上または、カーボンプレートが2or3枚以上内蔵されているシューズは使用できない、といった具体的な項目が競技規定に新たに追加されるのではないかと思う。

ちなみにVFネクスト%については市販されているので、規制される可能性はかなり低いと思う。仮に万が一、このシューズ(VFネクスト%)が規制されるようであれば、大会(WMMや世界大会など)や選手のレベル(エリート選手のみ等)を限定したものになると私は考えている。


歴史は繰り返す

さて、今回のVFの規制の報道に関しては軒並み記録が向上されていることから、競泳のレーザーレーサーの例がよく挙がるが、陸上競技の歴史で見るなら、以下のサクラメントブラッシュスパイクの事例をみる方が良い。

スクリーンショット 2020-01-16 10.51.04

出典:The forbidden Shoe - PUMA CATch up

陸上競技の歴史上で、新しいシューズによって記録水準が軒並み向上した例は1960年代に遡る。当時、タータントラックの普及とともにスパイクシューズの使用が本格化。そこでプーマが、長さわずか4mmのピン×68本『サクラメントブラッシュスパイク↑』を開発したが、その“ブラシスパイク”によって短距離種目の記録水準が向上していった(その中には当時の世界記録も含まれている)。

しかし、1968年メキシコシティ五輪の2週間前に、国際陸連(当時のIAAF)は突如このシューズの使用を禁止し、世界記録を含むこのシューズでの全ての記録を抹消した。

陸上競技にはこのような歴史があるが、この話はスパイクの開発競争以前に“タータントラックの普及”という、陸上競技においての大きな変化が前提にあったことを忘れてはいけいない。

・タータントラックが世界中で普及する
→ スパイクを履くことが一般化する
→ スパイクの開発競争が高まる
→ サクラメントブラッシュスパイクが開発される
→ 記録が軒並み出る
→ IAAFによって規制される
→ 新しいルールができる(スパイクのピンは11本まで長さ9mmまで)

競技規則143条4項・5項
スパイクのピンは11本以内かつ9mm以内(走高跳・やり投は12㎜以内)、靴底の厚さは走高跳・走幅跳のみ 13mm以内(走高跳のかかとは19mm以内)

スクリーンショット 2020-01-16 10.57.50

スクリーンショット 2020-01-16 10.58.05

サクラメントブラッシュスパイクが禁止されていなければ、今頃68本のブラシスパイクが普及していて100mの9秒台がもっと出ていて、スパイクのピンは11本以内かつ9mm以内というルールもなく、コール時にシューズチェックする必要すらなかったのかもしれない。

短距離種目をやったことがないのであまり詳しくないが、短距離のスパイクで各メーカーにあまり大差がないように感じるのは、このルールの影響も考えられる(間違っていたら教えてください)。

それでも、このルールがなければ今頃とんでもない短距離用スパイクが世に出回っていただろう。ある程度の秩序や公平性を保つことは陸上競技というシンプルな競技ゆえにとても大切なことだと思う


しかし、私は世界陸連によってVFのプロトタイプ等が規制されない可能性もなきにしもあらずと考えている。

理由はリオオリンピックでのケースが見過ごされ、Breaking2でVFエリートが発表され、その後にVF4%が発売されたが、すでにVFはその時点で各大会で結果を出していたにも関わらず、特に規制されることはなかった点にある。

プーマのサクラメントブラッシュスパイクが規制されて、VF4%やVFエリートが規制されなかった理由はなんだろうか?

これには何か特別な理由があったことが推測できるが、同様の理由で今回規制されない可能性はある(憶測になるので詳細は書きません)。


セブ・コーの功績

世界陸連会長のセバスチャン・コー会長は選手時代も世界1の実績を持っていたし(1500mオリンピック2大会連続制覇)、母国イギリスでも政治家として活躍した人物。2012年ロンドンオリンピック招致委員会の委員長を務め、大会期間中はロンドンオリンピック組織委員会会長を務めた。

彼は2007年からIAAFの副会長を務め、2015年に会長に就任。そこからIAAFの改革に務めたわけだが、4年間で以下の改革を進めた。

① AIUの独立化(ドーピング取締強化)
IAAFのドーピング取締部門を切り離して独立させ、ATHLETICS INTEGRITY UNITを設立。「ドーピング撲滅」は彼がIAAF会長に就任した時からのテーマであったが、きちんと予算を配分し、結果的に多くのドーピング選手の摘発に繋がっている(リスト)。

ドーピングスキャンダルが明るみになること自体は悲しいことであるが、AIUがきちんと機能しているということは、上に述べた陸上競技の公平性を保つうえで非常に重要なことである。

現状、ドーピング選手、もしくはルール違反者が続出しているのは単にこの数年でドーピングを新規で始めたものが増えているのではなく、検査機関が機能しているということである(今まではそこが課題だった)。


② DLの改革(種目削減)
陸上のダイヤモンドリーグは世界最高のリーグであるが、2020年からはワンダが大型スポンサーとなり、ワンダ・ダイヤモンドリーグに名前を変える。そして、200m、3000mSC、円盤投、三段跳の4種目は公式種目から削除され、5000mは3000mに短縮されて開催される。

これについては賛否両論(というかほぼ批判だったと思う...)あったが、私は改革を進めているコー会長のこういった判断は素晴らしいものだと思う。現状に固執することで、陸上競技が魔法のように人気になることはない、というのは青山学院大の原監督が好きそうなフレーズだろう。

興味のある方は私が翻訳した以下の記事を参照してください。


③ ロードレースのラベリング見直しと、トラックからの移行
この数年で10000mはダイヤモンドリーグから姿を消し、10000mの歴代13傑の記録はこの13年で更新されていない。その一方でロードでは世界新記録が10km、15km、ハーフ、マラソンと軒並みこの10年で更新されてきた。

これは単にこれまでトラックの10000mを走っていた選手がロードレースに流れていることにあり、オリンピックや世界選手権、各大陸や各国の選手権を除いて10000mのトラックレースが持つ意味が薄れてきていることを表している。

一方、ロードレースはWMMが東京を加えて6大会になり、ロードレースは世界中の各地区において気軽に一般のランナーが参加できる場となった。そうなれば、その価値を上げていくために、2008年にラベル(格付け)制度が施行され、2020年からはプラチナラベルが新設され、いくつかのゴールドラベルの大会がプラチナラベルに昇格するなど、ラベル制度のグレードアップが図られている。

興味のある方は以下の私のブログを参照してください。


他にもコー会長が改革を進めた項目はいくつかあるだろうが、コー会長が陸上競技という「文化や性別や年齢や宗教や貧富の差などに縛られないシンプルなスポーツ」をより良い方向に導いてくれることを今後も望んでいる。

今回のシューズ規制の例は世界陸連にとって試金石であるといえるが、もし今回ナイキのシューズが規制されたとしても、長い目で見ればそれは必要なことであったと、何年後かに思える、そういった建設的な出来事であって欲しい。

と、ここまでつらつらと戯言を重ねてきましたが、世界陸連の本件に関する公式発表を心待ちにしています。

続き:果たして厚底シューズは規制されるのか?②


#ヴェイパーフライ #ナイキ #厚底シューズ #マラソン

サポートをいただける方の存在はとても大きく、それがモチベーションになるので、もっと良い記事を書こうとポジティブになります。