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東京五輪陸上競技1日目(7月30日)の振り返り(男子3000mSC予選 / 女子5000m予選 / 10000m決勝)

東京五輪の陸上競技が開幕し、日本勢では初日から男子3000mSCの三浦龍司が予選1組2着の日本新(8:09.92)で49年ぶりの予選突破という素晴らしい結果となった。

その他、中長距離種目では女子5000mで1組9着の廣中璃梨佳が自己新(14:55.87)で決勝進出。

陸上競技で最初の決勝種目の男子10000mではエチオピアのバレガが最後の1周を53.9でカバーしてシニアの世界大会で初優勝(27:43.22)。金メダルが期待されたウガンダのチェプテゲイが2位、キプリモが3位に入った。

また、日本勢では相澤晃が17位(28:18.37)伊藤達彦が22位(29:01.31)だった。

男子3000mSC予選:三浦が49年ぶりの決勝進出と日本人選手初の8分1けたをマーク

予選2組では青木涼真が8:24.82の組9着(ハイライト動画)3組では山口浩勢が8:31.27の組12着(ハイライト動画)でともに予選落ちの結果に終わった。

その前に行われた1組では日本記録保持者の三浦龍司が初のシニアの世界大会で快走をみせた。

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序盤から先頭集団の前方につけて先頭を脅かす印象的な走りをした三浦だったが、金メダル候補のエチオピアのギルマと遜色のない走りで組2位の通過。プラスでの予選通過ではなく、決勝でも期待が持てる内容だった。

三浦龍司 1組2着 8:09.92 日本新 / 決勝進出「最初の1000mが2分40秒と早かったのでどうなるかと思ったんですけど積極的にいくことが出来たのでラストの切れ味はもうちょっとかなと思うんですけど記録もついてきましたし目標の決勝進出も達成できたので3日後全力を出し切れるように調整していきたい」
「やっていることはいつも通りのレースだったのでそこに海外の選手につかせていただいて記録が出たという形なので満足はしていますが喜べる状態じゃないので決勝に残るというのはクリアしたのでそこで最後力を出し切れるようにしていきたい。中盤から少しずつ上げていって最後400m抜け出すという形はとれはしたんですけど抜け出せはしなかったのでそこが今までのレースとの大きな差かなとは思う。中盤から少しずつ上げていって最後400m抜け出すという形はとれはしたんですけど抜け出せはしなかったのでそこが今までのレースとの大きな差かなとは思う」
「決勝では2000mからパッと出るレース展開もありえるので色々なイメージをしながら対応できるようにしたいと思う。大学1年からの自分の成長ぶりはこのレースで実感することができたので自信をもっていきたい」     出典:フジテレビ陸上 Twitter

日本人選手が五輪の男子3000mSCで決勝に進出したのは49年ぶりである。また五輪のトラック種目(ロードやフィールド以外)において歴史上、日本人男子選手の個人種目でのメダル獲得は無い。つまり、三浦が決勝でメダルを獲得すれば、前人未到の領域に到達する。

これまでマラソン、競歩、リレーやフィールド種目で五輪メダルを獲得してきた日本人選手がトラックの個人種目でメダルを獲得する日がやってくるのか。そして、三浦は弱冠19歳にして日本陸上界のレジェンドになれるかどうか。

決勝のレースに注目が集まる。


女子5000m:予選通過ラインが14分台という過去最高水準に

女子5000mのプチ展望記事で「今回の予選通過ラインが14分台になる可能性がある」と書いたが、まさにその通りとなった。その背景にはどの中長距離種目でも今年の記録水準が過去最高水準である、という現実があるためだ。

つまり、これまでの記録を縮めても決勝に手が届かない、1組の萩谷楓、2組の田中希実にとってはそのようなレースとなってしまった。

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【1組】
日本の廣中が先頭を走って自分にとって無理のないペースを作り出す。後半からは先頭を譲ったが、結果的に無理のない14分台後半のレース展開を作れたことで、彼女はラスト勝負で完敗の1組9着だったもののプラスで決勝に残れた(決勝進出は2組5+5)

廣中は去年から2年連続で14分台を記録していること、自己新を続けていることが評価できる。また、萩谷も自己新であったことでまだまだ若い20歳の2人には期待が持てそうだ。夜とはいえ、高温多湿の条件下での自己新は価値がある。

萩谷楓 1組12着 15:04.95 PB「今回このような貴重な経験をすることができ今後につながるレースは出来たかなと思うんですけどやはり世界のレベルの違いというのを痛感させられたので、今日出てしまった弱さというのを強化できるようにまた練習していきたい」
「日本国内のレースでは味わうことができない感覚を得ることができたので本当に自分自身大きくなれたかなと思います。楽しみな気持ちでスタートラインに立つことができてそういう気持ちになれたというのは今までの準備がしっかりできていたおかげかなと思うのでサポートしてくれた方々に心からお礼を言いたいです」  出典:フジテレビ陸上 Twitter
廣中璃梨佳 1組9着 14:55.87 PB / 決勝進出「まずはこのレースに笑顔で立てたこと本当にたくさんの方の支えもありながらこれまでやってこれたので感謝の気持ちでいっぱいです。初めての五輪で怖いもの知らずということで積極的に思い切りいこうと走りました」
「もう一段階ギアを上げたかったですけど まずは自己ベストをこの舞台で出せたことはすごく今後につながるレースになりました。自国大会ということもあり特別な大会だなと肌で感じました」

廣中が決勝でさらに自己新を更新して日本記録を更新して日本人初の14分40秒台に突入できるかどうかは見所である。

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【2組】
全体のリザルトでは田中は6着入線であるが、5着入線したニヨンサバがインレーン走行で失格となってしまったため、田中は7番目にフィニッシュした。

1500mで日本記録を更新し、日本ではラストのスピードのあると定評のある田中だったが、昨夜の5000mではラスト200mの競り合いから脱落。そのラスト200mだけで6人に3-4秒も引き離されたことは、今の現実と今後の課題を大きく感じたことだろう。

注目したいのはこの組で3着に入ったのが田中と同い年のイタリアの選手。彼女の自己記録は1500m 4:09.38 / 3000m 8:54.91 (ともに2021年)

これが何を意味しているかというと、おそらく“ピーキング”の差ではないだろうか。このイタリアの選手が田中ほどの1500mや3000mの記録を今年出していないが、5000mのラスト200mで田中を4秒引き離した、という事実がある。

田中はまだ21歳と若く、この後も1500m予選に出場するので今後も経験を重ねてさらに成長してくれるだろう。

田中希実 2組6着 14:59.93 PB 「ラストの流れに全然対応できなかったのは悔しいですけどドーハ世界陸上の時よりは15分切れたというのは収穫の部分はあるかなと思いました。やっぱり世界なのでラストの上がりだけ勝負するつもりなのかなと思ってそこで日本人は飛び出すことが多いんですけど逆に今までやってきたラストがどこまで通用するのかというのを確認したかったので今の現状を知れて良かったんじゃないかなと思います」
「15分を切れば決勝進出の可能性は高いと思っていたんですけど、そこまで世界のレベルが上がっているのでもう一回出直してきたいなと思います。1500mでも自己ベストを狙っていきたい」

また2組では5着入線のニヨンサバ(ブルンジ)がインレーン走行で失格に。ニヨンサバといえば、リオ五輪の800mで銀メダルを獲得した選手。しかし、テストステロン値の高い彼女を含めた女子選手はその後、薬の服用で既定のテストステロン値に下げない限りは、400-1マイルまでの競技に出場できないこととなった。

しかし、ニヨンサバは2021年に5000 / 10000mでともに五輪の参加標準を突破。リオ五輪で出場した800mの6倍以上の距離の種目で今回の五輪に臨んだが、失格に終わってしまった。

彼女は5着で予選通過したとレース後に確信していたが、ミックスゾーンで報道陣から失格の知らせを聞いて表情が激変したそう。

この日の夜には混合リレーでアメリカチームが失格になった後に、抗議が認められてアメリカは決勝に進出。しかし、ニヨンサバの失格は今日現在では覆っていない。

ニヨンサバ本人はインレーン走行については「記憶にない」としている。リレーでアメリカの抗議が認められたものの、この5000m2組の失格の件に関してはジャッジが厳しい印象である。

ニヨンサバは10000mにも出場するが、そちらで「ベストを尽くす」と気持ちを切り替えているだろう。


男子10000m決勝:エチオピアの新たな皇帝の始まり

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エチオピアのセレモン・バレガがラスト1周を53.9(ラスト1000m2:25)でカバーしてシニアの世界大会で初タイトルを獲得。五輪での金メダルは彼にとっても、エチオピアという長距離大国にとっても大きな勝利だった。

エチオピアの男子選手が10000mで五輪のタイトルを再び手に入れたのは北京五輪のベケレ以来13年ぶり。

世界選手権は通常2年に1回開催されるが、やはり五輪のタイトルはケニアやウガンダとの長距離最強国争いの中で最も重要な位置付けにあるようだ。エチオピアにとってベケレの5000 / 10000mの世界記録が昨年ウガンダのチェプテゲイに塗り替えられたこともあって、この1戦は落とせないレースだっただろう。

世界陸連のこの記事によれば、バレガはエチオピア南部のグラゲ出身で、そのエリアにはトラックが1つもなく、ランナーはほぼいないそうだ。

彼の両親はスポーツではなく勉強することを勧めたが彼が世界大会でメダルを取った時あたりからスポーツをすることを認めたという。

トラックが1つもなく、陸上をする人がいない地域から五輪王者が誕生した。

本人の努力はもちろんのこと、彼の才能を見ぬいた人もすごい。

今ではこのエチオピア南部のグラゲに第二のバレガを目指して陸上に取り組むランナーがいるそうだ。バレガにとってのヒーローがベケレであるように、バレガに憧れて陸上を始めるエチオピア人がこれからも増えるだろう。

レースはウガンダのキッサが飛び出したが、ドーハ世界選手権でチェプテゲイが優勝した時のようにペーサーの役割をする予定だったそう。しかし、レース後に「アキレス腱の故障に今季苦しんでいた」と話したチェプテゲイが日本の高温多湿のコンディションも相まってキッサについていくことはしなかった。

その結果、キッサは5000mを14:08.6で通過した後に途中棄権。後続の集団も14:10あたりで5000mを通過するスローな展開だった。

我々は日本に生活しているので、日本の夏の蒸し暑さは体験済みであるが、これが日本の夏の滞在経験のないほとんどの選手にとっては想像以上にタフだったようだ。

このレースで印象的だったのが、世界のレースで涼しい顔をしているアフリカ勢のトップクラスの選手たちの額に光る汗。それだけ厳しいコンディションであったことは画面越しに伝わってきたし、それがスローペースになった理由の1つだろう。

レースが大きく動いたのはラスト4周から。64.04 / 63.01 / 60.47 / 53.94のラスト1600m 4:01.46でレースは締め括られたが、そこで先頭集団をプッシュしていたのがチェプテゲイとアーメド。

ここで不気味だったのがそれまで1度も先頭に出ていなかったキプリモ。調子が良くなかったのか、虎視淡々とラストにかけていたのかはわからないが、いつもは涼しい顔で走っている彼も昨夜はタフなレースに苦戦していたように見えた。

とはいえ、バレガ、チェプテゲイ、キプリモと実力のある選手が力を出し切ったレースだった。他の選手もこの厳しい気象条件だっただけに、これ以上を望むのは仕方ない、といった感じでフィニッシュ後は多くの選手が倒れ込んだ。

相澤晃 17位 28:18.37 「スローペースでレースが進んだんですけど後半ペースアップしたところについていく終盤まで余裕がありませんでした。想定していたより涼しかったのである程度余裕は持てるかなと思ったんですけど湿度は結構あって体力が持ちませんでした。やっぱりまだまだ日本の男子の長距離界は世界との差が大きいと実感したのでもちろんもっと勝負できる種目に転向してやるのも良いんですけどしっかり自分がやれるところまで10000m極めて勝負できるように頑張りたいなと思います」
「レースに臨む姿勢というか、すごく海外の選手は楽しんでいるように見えたので自分も次は楽しんでレースに参加できるように準備をしていきたいなと思います。次はどの種目になるかわからないですがもっと世界と戦える力をつけて戻ってきたい」
伊藤達彦 22位 29:01.31「結構スローペースだったので余裕を持っていきたかったんですけど暑さとペースの上げ下げというので自分が体験したことないキツさだったのでそれに上手く対応できなかったのが悔しいなと思います。入賞絶対取ってやるぞという思いで相澤選手には負けたくないと思ったんですけど、だいぶ差をつけられてしまって世界ともすごく差があって本当に情けないなという走りをしてしまったので次走る時は絶対に借りを返せるようにまた一から頑張りたい」
「3日前は全然緊張して無くて無観客ですし記録会のつもりで心を落ち着かせて走るつもりだったんですけど、いざ当日になってみたら全然お昼も寝れなかったし、ずっと落ち着かなくてこれがオリンピックなんだなと強く実感しました。今回の経験をオリンピックと来年には世界選手権があるのでそれに備えてまた一から頑張りたいと思います」

日本の2選手にとっては日本のレースでは感じることのできない大きな壁を感じたことだろう。それでも、大迫傑でさえがリオ五輪の10000m決勝で17位だったことを考えると、今回17位の相澤の順位は悪くない。

日本人選手が今後アフリカ勢と戦うためのヒントは5位に入ったアメリカのグラント・フィッシャーの走り。彼は今年の2月に初めて10000mを走り(27.11.29)3回目の10000mとなった今回、世界5位となった。

アメリカ人の五輪男子10000mでの入賞はこの半世紀でフランク・ショーター、ゲーレン・ラップ、そしてこのフィッシャーの3人しかいない。そして、フィッシャーの10000mの自己記録は27:11.29と、相澤や伊藤といった日本人選手とそこまで大きく変わらない。

では何が違うのか?

今回スローペースになったことで10000mの経験が少ないフィッシャーに展開が向いた一面もあるが、ここでフィッシャーが健闘したことの1つに彼の5000mPBが12分台に近い13:02.53ということが1つ挙がるだろう。

ラップがロンドン五輪で銀メダルを取った時も、ラップは5000mで12:58.90の記録を五輪の2ヶ月前に出していた。

フィッシャーの3000mPBは7:37.21 / 1500mPBは3:36.23
ラップの2012-2013年当時の3000mPBは7:30.16 / 1500mPBは3:34.75

10000mでも世界大会の決勝ともなると、より上位に入るためには高い持久力はもちろんのこと、日本記録相当の1500 / 3000 / 5000mの走力が必要だろう。

それらを兼ね備えている選手が現在の世界の10000mで戦えるという印象を持った昨夜のレースだった。

かつては大迫傑がトラックで日本記録を塗り替えていたときはそういった選手であったと記憶しているが、5000 / 10000mがメインの選手が大迫の3000 / 5000mの日本記録を塗り替えるような時が来れば、それは三浦のようなインパクトを残す可能性に期待できるかもしれない。

相澤も伊藤も2人ともまだ社会人2年目の選手。これから一歩一歩経験を重ねることで、日本人初の26分台や世界大会でのさらなる好順位がみえてくるだろう。


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