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'22日本選手権男子5000m優勝の遠藤日向はユージン世界選手権で決勝に進むことができるか?

第106回日本選手権5000mでこの種目の2連覇を達成した遠藤日向(住友電工、以下敬称略)はレースの前半に落ち着いており、20代半ば頃の大迫傑(Nike)のように後方から徐々に位置を上げていった。

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(遠藤はレース前半に後方から落ち着いてレースを進めていた)

それとは対照的に徐々に位置を下げていったのが佐藤圭汰(駒沢大:写真右)であったが、この辺りは調整過程も含めて国内シニアカテゴリの選手権におけるキャリアの浅さが影響してしまったのかもしれない。

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日本選手権の5000mでは毎年おおよそ3000mあたりで集団がばらけるが、遠藤はレースの中盤で先頭集団についていくまでは大集団の中に位置していた。

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先頭集団につくために位置を上げる時は急加速するのではなく、ジワジワと差を詰める。急加速するとエネルギーを多く使ってしまうからだろうか。

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レースはオープン参加の選手が先頭を引っ張っていたが、残り2周で遠藤が前に出た。すかさず、日本選手権優勝2回の経歴を持つ松枝博輝(富士通)が反応する。

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しかし、遠藤は急激にペースを上げるというよりかは少しペースを上げたまま最後の200mに備えているように見えるぐらい余裕があった。

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13:22.13で日本選手権2連覇。2位の松枝を8秒引き離す圧勝だった。

遠藤日向は5000m決勝に進むことができるか?

これまで、世界選手権の男子5000mで日本人選手が決勝に進出したことはない。最も惜しかったのが、北京世界選手権で1組7着だった大迫だった。

私は今年の日本選手権の11日前に遠藤の練習の様子を撮影し、インタビューを行なった(以下の動画)。

そこで印象的だったのは「僕は“1つ1つ段階をクリアしていく”と考えるタイプ」という言葉。誰しもが階段飛ばしではなく、一段一段と着実に力をつけていくものである。

この取材時に住友電工の渡辺康幸監督に世界選手権の予選突破についての見解をうかがっている(動画の終盤)。世界大会の予選では「ラスト1000mを2分30秒切り、かつラスト1周を55秒切りで走れれば決勝が見えてくる」と、渡辺監督は具体的なタイムを挙げている。

以下は、近5回の屋外での世界大会の5000m予選の結果である。通過記録やラストのタイムは予選でボーダー(ギリギリ通過)の選手のタイムである。

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予選は1組より2組が圧倒的に有利
→ 近5回の世界大会の男子5000m予選(2組5着+5 = 15名決勝進出)では2組のほうが+で拾われて決勝進出する選手が圧倒的に多い(女子はそうでもないが)。1組はラスト4-2周から5枠の争い、2組は1組の結果を見て最初の3000mを速く入り、ドーハ世界選手権を除き6-10着の選手が決勝進出している。

2組5着+5の15名の予選において1組に入った選手はラスト2000mを5:10切り、ラスト1000mを2:30切り、つまりラスト2000mを2:40前後 → 2:30切りでカバーできれば、というところ。北京世界選手権では大迫が1組7着だったがもし2組だったら決勝に進出する可能性が高かったのではないだろうか。

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大迫は5000mで日本記録をマークした競技力の高い時期に北京世界選手権とリオ五輪の5000m予選に臨んでいる。今年のGGNで13:10.69と大迫の日本記録に肉薄した遠藤は日本選手権やGGNのラップを見ていると、当時の大迫に匹敵するような競技力であることがわかる。

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遠藤が1組に入った場合、ラストの競り合い(ラスト2000mを2:40前後 → 2:30切り)に対応できそうな可能性はある。また、2組5着+5の条件の予選の場合、2組に入れば1組よりも有利であるが、次の項目で触れることを考慮する必要がある。


男子5000mの記録水準は年々向上している

先ほどの項目では北京世界選手権以降の屋外での近5回の世界大会の男子5000m予選の記録を挙げた。

次は、2015年以降の屋外の世界大会が開催された各年の1月〜6月末(標準記録有効期間内)に5000mでサブ13:00 / サブ13:10をマークした選手数を以下に挙げる。

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サブ13:00(PB12分台)の選手は「メダル候補」の選手。サブ13:10は「決勝進出候補」の選手。特にサブ13:10の選手が今年はなんと42名(エチオピアとアメリカが最多の9名、ケニアが6名)。

これが何を意味しているかというと、5000mにおいて年々記録水準が向上しているということと、それによって世界大会の予選突破のラインが少し引き上がるのではないかということ。

そして、先ほど挙げた世界大会の予選でのデータがあてにならない、ということが起こる可能性がある。

実際に近5回の世界大会の予選のボーダーの選手(ギリギリ決勝に進出できた選手)の中では、東京五輪の予選1組のボーダーの選手が最もラスト2000mが速い(5:04 → 2:37+2:26)。ユージン世界選手権の予選1組のラスト2000mがこの5:04よりも速くなる可能性も考えられる。


ターゲットナンバー42名中40名が標準突破

2015年以降の世界大会の男子5000mの出場人数は以下。

【世界大会:男子5000m予選の出場者数】
2015年北京:1組19名出場 / 2組21名出場 合計40名
2016年リオ:1組25名出場 / 2組26名出場 合計51名
2017年ロンドン:1組21名出場 / 2組19名出場 合計40名
2019年ドーハ:1組20名出場 / 2組19名出場 合計39名
2021年東京五輪:1組20名出場 / 2組18名出場 合計38名
2022年ユージン:1組21名出場 / 2組21名出場?

今回のユージン世界選手権のターゲットナンバー(出場予定枠)は42で、欠場者が出なければそれぞれの組に21名が出場する予定である。ここで注目すべきは、今回の42枠中の40名が参加標準記録(13:13.50)突破選手であり、それらの選手がフルエントリーすれば予選通過のボーダーラインが高くなる可能性が高い。

【2022年6月29日更新】東京五輪入賞者2名を含む出場辞退。ターゲットナンバー42に対して、標準突破者が34名、大陸別選手権優勝者が1名、それ以外の世界ランキング上位7名の出場が決定。

特に、スローペースになりやすい1組よりかは、2組の6-10着の+で決勝に進出するであろう選手たちのボーダーラインの水準が高くなる可能性がある。このことから、遠藤にとっては、予選で1組に入っても2組に入っても例年よりかは厳しい戦いになる可能性が十分に考えられる。


今回はエチオピア勢が4人まで出場可

世界選手権は五輪とは違って前回優勝者、または前年のダイヤモンドリーグ優勝者にはワイルドカードが付与され、それらの選手の国は最大4名の出場が可能となる。男子5000mはエチオピアのエドリスが2連覇中であり、エチオピアは今回も4名の選手が出場する。

【エチオピア勢の世界大会:男子5000m予選の結果】
2015年北京:1組2名通過 / 2組1名通過(合計3名出場)
2017年ロンドン:1組2名通過 / 2組1名通過1名欠場(合計3名出場)
2019年ドーハ:1組2名通過 / 2組1名通過1名予選落ち(合計4名出場)
2022年ユージン:合計4名出場(前回王者エドリス、バレガ、アレガウィ、ケジェルチャ)

4名をエントリーする場合、通常は1組2組どちらにもエチオピアの選手が2名ずつ入るだろう。仮にエチオピア以外のメダル候補の選手(ヤコブ、チェプテゲイ、アーメド、12分台のケニア勢3名)のうち数名が1組に入ることになれば、決勝進出を目標としている選手にとっては予選通過はとても厳しい戦いになるだろう。


今年はケニア勢が過去最速クラス

今年のダイヤモンドリーグローマ大会の5000mではケニアの2選手がケニア歴代2位(キメリ:12:46.33)歴代4位(クロップ:12:46.79)のワンツー。

【ケニア勢の世界大会:男子5000m予選の結果
2015年北京:1組1名通過1名予選落ち / 2組2名通過(合計4名出場)
2017年ロンドン:1組1名予選落ち / 2組1名通過1名予選落ち(合計3名出場)
2019年ドーハ:1組1名通過 / 2組1名通過(合計2名出場)
2022年ユージン:12分台3名が出場(キメリ、クロップ、シミウ)

5000m予選において決勝進出を目標としている選手のうち、同じ組にエチオピア勢とケニア勢が2名ずつ出場する組に入ってしまうと、なかなか厳しい戦いになる可能性がある。今年の男子5000mの勢力図は以下である。

【決勝進出候補 = PB12分台の選手】
★ 1500mとの2種目出場予定者
・ヤコブ 🇳🇴(5000m欧州記録保持者)

★ 10000mとの2種目出場予定者
・M.アーメド 🇨🇦(ドーハ世界選手権3位 / 東京五輪2位)
・G.フィッシャー 🇺🇸(室内全米記録保持者 / '22全米選考会優勝)
・J.チェプテゲイ 🇺🇬(東京五輪優勝)
・S.バレガ  🇪🇹('22世界室内3000m優勝 / '22 DLパリ優勝)
・B.アレガウィ 🇪🇹('22 DLユージン優勝 / '21DL年間王者)

★ 5000mのみの出場予定者
・M.エドリス 🇪🇹('17-'19世界選手権連覇)
・Y.ケジェルチャ🇪🇹('22 DLローマ3位)
・N.キメリ🇰🇪(東京五輪4位 / '22ケニア選考会優勝)
・J.クロップ 🇰🇪('22世界室内3000m4位 / '22 DLローマ2位)
・D.シミウ 🇰🇪('22世界室内3000m4位 / '22 DLユージン3位)
・W.キンケイド 🇺🇸(東京五輪14位 / '22全米選手権2位)
・M.スコット🇬🇧('22世界室内3000m3位 / '22英国選手権優勝)
・T.ディクウィナヨ 🇧🇮('22 DLパリ2位)
以上が14名のPB12分台選手。

例年通りであれば、予選通過人数は15名。特に1組が例年通りスローペースになると5枠を巡っての厳しいレースとなる可能性が高い。↑の14名のうち、1組に入った選手の中で予選落ちする選手が2-3名は出る可能性がある。


遠藤にとってのポジティブなポイント

ここまで、ユージン世界選手権の5000m予選がどのような戦いになるかの大まかな展望をしたが、エントリー選手や組分けが確定するまでは詳しいレース展望ができない。

それでは、遠藤日向にとって今回の戦いでのポジティブなポイントはどのようなところかを考えてみたい。

5000mだけでなく1500mの自己記録も伸ばしている
遠藤は今年の4月に1500mで3:36.69の日本歴代3位の好記録をマーク。金栗記念ではGGNのようにラスト400m手前で先頭に立ってから主導権を握ったが最後は三浦龍司(順大)に差されて僅差の2位。とはいえ、ラスト1周のキレは1500mも5000mも素晴らしく、GGNの5000mでは55.6と日本の実業団所属のケニア勢を一蹴した。

例年の傾向だと世界大会の予選1組はスローになるので、展開としては1組のほうが遠藤に向くかもしれない。しかし、予選1組は決勝進出者が5枠のみになる可能性高い。2組にまわると、序盤がスローにならない可能性があるので、中間走を乗り切ってラスト1周の時点で先頭集団にいれば、十分に決勝進出が見えてくる。

アメリカでのレース経験、長い滞在経験がある
遠藤はアメリカのオレゴン州ポートランド(ビーバートン)を拠点とするバウワーマントラッククラブで数年間トレーニングを積んでおり、大迫のようにアメリカでの経験値がある。これは、本番に向けての調整ではプラスに働く可能性がある。

5000m予選では当然、BTC所属の選手(スコット、アーメド、フィッシャー、キンケイド、タンティヴェイト)のうち数名が遠藤と対決することになることが予想されるが、彼らと切磋琢磨してきた経験がこのユージンでの舞台で発揮されるかもしれない。

「日本人初の世界選手権男子5000m決勝進出」という快挙に向けて、現地時間7月21日(日本時間7月22日午前)に男子5000m予選が行われる。


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