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各社の2022年中長距離プロトスパイク+α

(トップ写真:インスタグラム / Kevin Lópezより引用

2022年1月28日に更新された世界陸連の承認シューズリストに新たに多くのプロトスパイクが掲載されていたので以下にまとめる。

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これらのスパイクの多くがこの冬の欧米での室内大会に合わせて世界陸連に承認されている。つまり、各社にとって2022年のユージン世界選手権(アメリカでの初の陸上の世界選手権開催)に向けて室内シーズンで製品をテストし、今年にかけて製品化する狙いがある。

日本には駅伝やロードレースが盛んな冬季であるが、欧米では室内大会が盛り上がり、各社にとっては新たなスパイクを試すのに絶好の機会である。

ナイキ(プロトスパイク×1+α?)

ナイキといえば、ストリークフライが最近は少し話題となり、欧州やオセアニアで1月下旬に発売され日本では2月に発売予定。元々、ストリークフライは世界陸連の承認シューズリストでのプロト登録が今年の2月中旬までだったので、それまでに発売しておかなければならなかった。

ナイキの最新の中長距離用スパイクはドラゴンフライとエアズームヴィクトリーの2つが挙がるが、以下の承認シューズリストには“Dev46243”というコードネームのスパイクが登録されている。

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これが中長距離用スパイクなのかどうかはわからないが、2020年夏に承認されなかったViperflyの改良版ではないか、という噂がある(その場合は短距離スパイクになる)

こちらはドラゴンフライのクロカン用?というおそらく非公式っぽいスパイクであるが、ドラゴンフライをクロカンやその他の用途でカスタムすることにはそれなりの需要があると思う。

例えば以下。

耐水性があるマンバVのアッパーにZoomXミッドソール。プレートは3Dプリンターで作られたと思われる。

このようにカスタムやハイブリッド系のスパイクはプロトがいくつあるかもしれないし、スパイクフラット(ストリークLT 4+マトゥンボプレート)のようにハイブリッド型のスパイクで製品化されたものもある。

ナイキはストリークフライや今後発売されるであろうアルファフライ2で話題になるかもしれないが、スパイク開発の動向にも今後も注目したい。


オン(クラウドスパイク1500m / 10000m)

オンは2020年にコロラド州ボルダーを拠点とするOAC(オン・アスレチック・クラブ)を創設。ランニングシューズを販売している、特にランニングに特化しているスポーツブランドがトラック種目を専門とする選手たちのプロチームを創設するということは、スパイク開発に投資して開発を進めていくことを意味する。

2020年のOAC創設時に完成していたオンのスパイクが、中長距離用のクラウドスパイクシンカ↑と、短距離スパイクのクラウドスパイクトーカである(それぞれ一般発売されていない)

しかし、東京五輪への標準記録突破や東京五輪までは開発期間が短く、アスリートはそれらのスパイクのクオリティに満足していなかったのか、オンは選手たちの意見を尊重して他社のスパイクを履くことを許可していた。

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東京五輪が終わり、2021年12月には承認シューズリストに、
クラウドスパイクスプリント(短距離用)
・クラウドスパイク1500m(中距離用 / 800m-1マイル用?)
・クラウドスパイク10000m(長距離用 / 3000-10000m用?)
が新たに掲載。プロトスパイクは製品名が青く表示されているが、もうすでに開発を終えた完成品なのか?クラウドスパイク10000mはヒールの厚みが20-25mmと20mm未満のクラウドスパイク1500mよりも少し厚みがある。

1月29日に開催された世界室内グランプリシリーズの指定大会である米国でのミルローズゲームでOACの3選手が優勝。男子1マイル優勝のオリバー・ホアはオンのスパイクを履いていなかったが(※彼のサイズに合うオンのスパイクが用意できなかった模様)女子3000m優勝のアリシア・モンソンはクラウドスパイク10000m、男子3000m優勝のジョージ・ビーミッシュはクラウドスパイク1500mと思われるスパイクを履いていた。

(上と左下がモンソンが着用した20-25mm厚のクラウドスパイク10000m / 右下がビーミッシュが着用した20mm未満厚のクラウドスパイク1500m)

今後、オンはこの結果を受けてスパイクを発売するまでのプロセスでうまくプロモーションしていくだろう。OACの選手は5選手(クレッカー、ホア、マクドナルド、モンソン、コニエチェク)が東京五輪に出場するなどそもそも競技力の高い選手が所属しているチームであるが、今回のミルローズでの優勝によってオンのスパイクが注目されるキッカケになったのは間違い無いだろう。


アディダスとアシックスは?

今週末の室内大会を見ていると、アディダスやアシックスの契約選手のスパイクは、ナイキの選手と同じように去年と同じスパイクを使用していた。アディダスがサポートするティンマンエリートの選手のスパイクがゴールドのティンマンエリートモデル(アバンチTYO)だったりはするが、アディダスは他社の新スパイク開発の流れに乗れず、この室内シーズンまでに新しいプロトを用意できていない。

また、昨年1500mで3:34.49の自己新をマークしたアシックスの契約選手の1人であるジョン・グレゴリックはメタスピードLD 0でこの室内大会に出場していた。私もこのスパイクを持っていて履いたことがあるが、中距離用に設計されていないので、正直言ってカーブのきつい室内トラックではグリップが足りないとも思う(特にバンクになっていないキャメルシティなどのフラット200mトラックなら尚更)アシックスは新しい中距離スパイクの開発ができていないので、1500m以下の距離では少し厳しいと感じている。

アシックス契約選手のモー・カティルとエイリッシュ・マッコルガンは去年のブリュッセルDLでメタスピードLD 0のグリップが不足していたことからか特別にナイキのスパイクを着用することが許された。このようなことはメーカーとしては好ましい状況でなく、契約選手に良いスパイクを用意できていないということである。

また、アシックスとともにかつては日本の中長距離選手の足元を支えたミズノは現在、中長距離用のスパイク開発については話題にすらならない(短距離用スパイクはSprint Spike Xというプロトスパイクを開発している)忖度なく正直にいうと、日本のブランドは厚底カーボンシューズや現在のクオリティにある新スパイクの開発スピードがあまり早くないと感じている。


ブルックス(ワイヤー8-R1 / ELMN8 7-R1)

ブルックスはアシックスとは違ってワイヤー7 / ELMN8 6が2021年6月に発売されたばかりであるが、すでにワイヤー8-R1 / ELMN8 7-R1の世界陸連へのプロト登録を済ませている。

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ワイヤー8-R1はワイヤー7と同じ20-25mm厚のスパイクである。昨年末に、2024年11月より20-25mm厚のスパイクはエリートレベルの選手の公認競技会において使用できないという世界陸連のプレスリリースがあった。ブルックスがこの1年間でワイヤー7からワイヤー8-R1まで用意できている状況を考えると(1つのスパイクに3年も開発期間をかけないと考えると)2024年11月まであと3年弱もあれば20-25mm厚のスパイクが姿を消すことは容易に想像できる(そういう条件で再開発できる時間とリソースがある)

ブルックスの契約選手ではシアトルのブルックスビースツに所属するジョッシュ・カーが東京五輪1500mで銅メダルを獲得したが、彼もオンの選手と同じように他社のスパイクを履いていた。

今季の室内大会ではブルックスのワイヤー8-R1のプロトスパイクを履いていたので、少なくとも前作のワイヤー7よりかは良いスパイクに仕上がっているはずである。

しかし、他のブルックスビースツの選手が他社のスパイクを履いていたりしたので、まだ選手全員のサイズのプロトが用意できていない可能性がある。コロナ禍では工場の生産スピードが落ちており、プロトの各サイズが用意するまでに時間がかかっている可能性も考えられる。


NB(SCフューエルセルMDX v3×3タイプ)

ニューバランスの去年発売の新しいスパイクは、
・フューエルセルPWR-X(8本固定ピン / 短距離用)
・フューエルセルSD-X(8本固定ピン / 短距離用)
・フューエルセルMD-X(6本固定ピン / 中距離用も汎用性高い)
・フューエルセルLD-X(4本固定ピン / 長距離用で20-25mm厚)
の4種類が発売されたが、PWR-X、SD-X、LD-Xは汎用性の高いMD-Xを元にしてそれぞれの種目にカスタマイズしていったように思う。

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今年になってMD-Xのv3がプロト登録されているが、元々MD-Xは少なくとも2019年から開発されていて改良を重ねているが、コロナ禍でうまく生産できなかったので、その影響もあってすでにもう3代目にまで進んでいる。3タイプを用意するのはメタスピードスカイ / エッジのプロトが4種類ぐらいプロト申請されていたように、アッパーかアウトソールのパターンがいくつかあり、おそらく前作からのマイナーアップデートだとは思う。

ニューバランス契約の中距離選手は日本の田中希実やアメリカにはボストンには女子の中距離チームがあるのでこれからの試合でスパイクを注視していきたい。また、昨年はニューバランス契約の短距離選手(ブロメルやマクラフリンなどや400mHやマイルの選手)もMD-Xを着用していたので、それらの選手が何を履いているかは注目する価値がある。


プーマ(エヴォスピードディスタンスニトロエリート+)

プーマはこの1年の中長距離シューズ、スパイク開発、世界中のエリートレベルの中長距離選手との契約で最も投資をしているブランドであるが、現在はエヴォスピードディスタンスニトロエリート+というプロトスパイクを開発中である。

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見た目はドラゴンフライのような20mm未満厚の汎用性の高そうな印象を受けるが、中距離選手の中にはこのプロトスパイクを履いていない選手もいるので、どういうスパイクかどうかは気になるところである。

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(インスタグラム / Kevin Lópezより引用

プーマは厚底カーボンシューズの開発もかなりのスピードで新製品をいくつも開発 / 発売しているので、プロトスパイクももう1種類、中距離に特化したようなエアズームヴィクトリーのようなものが出てくると面白そうであるが、プーマの会社としてのポテンシャルを考えるとありそうな話でもある。

しかし、一方では昨年F-1のメルセデスAMGとプーマは共同開発でファスター+シリーズのスパイクを開発。東京五輪400mH決勝で驚異的な世界新で制したカーステン・ワーホルムが着用していた以下のスパイクがメチャクチャ剛性の高い板のようなスパイク。

これは明らかに、マックスフライやエアズームヴィクトリーとは別路線のスパイクであり(アディダスのプライムSPやナイキのスーパーフライエリート2のような感じ?)プーマがドラゴンフライのようなスパイクを作ったとしても、エアズームヴィクトリーのようなスパイクを作るかどうかは微妙なところである。


その他(ホカ / アンダーアーマー / サッカニー)

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ホカは3000-10000m用の長距離用のシエロX LDと、800m-1マイル用の中距離用のシエロX MDを昨年に発売したが、もうすでに次のバージョン(シエロX LD 2 / シエロX MD 2)の開発に取り組んでおり、ブルックスやニューバランスと同じような状況である。そして、現在の室内大会ではホカ契約選手がそれらのプロトを着用している。

サッカニーは昨年の五輪前からエンドルフィントラックとエンドルフィン3マックスの2種類のプロトスパイクを開発しているが、いまだに製品化されていない。エンドルフィントラックは20-25mm厚のため、3000-10000m用の長距離用スパイクだと思われる。

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アンダーアーマーも室内シーズンに合わせて20mm未満のプロトスパイクのホバーシェイクダウンエリートを開発してきて室内大会での着用者がいた。

しかし、日本では現在ホカ、サッカニー、アンダーアーマー契約の選手がいないため、これらのスパイクを今年に日本のエリート選手が着用することはおそらく無いだろう。


おまけ:厚底カーボンシューズのプロト

ここまでは2022年1月下旬現在時点での中長距離用プロトスパイクについて紹介してきたが、おまけで1つだけ厚底カーボンシューズのプロトを紹介する。

現在の世界陸連の承認シューズリストには
・メタスピードスカイ2 / エッジ2(アシックス)
・ファストRニトロエリート(プーマ / 設楽悠太が着用)
・RL-40(ミズノ / 今年の箱根駅伝3区で話題に)
・カーボンX3(ホカ / 今年春発売予定)
・アルファフライ2(ナイキ / 今年発売予定)
といったプロトシューズが登録されているが、今回新たにデカトロン / キプランのKD900Xがリストに掲載された。

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デカトロンはフランス発のスポーツブランドで簡単にいえばユニクロのように安価で品質の良いスポーツブランドである。とはいえ、店舗がコストコのように広いのが特徴で、日本には海浜幕張と西宮の2店舗しかない。オンラインでも販売されているが品揃えが良く基本的に安い。

そのデカトロンのランニング部門には、パフォーマンス部門のキプランとそれ以外のランニング部門のカレンジという名前のブランドの2つがある(正確には競歩用シューズのニューフィールというブランドもある)キプランはケニアのカレンジン語で「走ることはあなたのライフスタイル」という意味があり、今回KD900Xという厚底カーボンシューズを開発した。

キプランは今年から3000mSC 8:12の自己記録を持つヨアン・コバル(フランス)と契約。彼はトラックでのキャリアを終えてロード(マラソン)で地元パリ五輪を目指す選手だ。

KD900Xはそれほど特別な厚底カーボンシューズには見えないが、デカトロンの中のキプランというパフォーマンスブランドがこういう商品を開発したということに意味があり、パリ五輪に向けて気合が入っているのがよくわかる。そういった意味では、日本の東京五輪が終わり、今後日本のスポーツメーカーのロードランニングやトラックアンドフィールドの新製品への開発投資にどれぐらいの予算を出して、どのような開発が行われていくのかは興味がある。

陸上中長距離におけるプーマやオンの選手や新製品への投資は凄まじいものがあるが、今後は日本のブランドが陸上というカテゴリにおいて衰退していくか、生き残るかの瀬戸際であると思うので、今後も引き続き注視していきたい。


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