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2020年の陸上中長距離種目の好記録続出について分析するのは大変興味深い。その①

2020年はコロナ禍で練習環境が制限され、大会開催が減少してしまった。

しかし、陸上競技会が再開されると、男女中長距離種目で好記録が続出。

一体、何が起こっているというのだろうか?

今年記録された男女中長距離種目の各カテゴリの日本歴代10傑入りを果たした選手と記録のリスト一覧とともに、何が起こっているのかを分析していきたい。

男子トラック

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(要拡大)

男子中距離は若い世代のカテゴリ別歴代記録が軒並み更新されたが、基本的にはジュニア世代の選手がシニア選手との競走で好記録に繋がった。8月に開催されたセイコーGPは例年5月開催であり、5月の時期に仕上げるのは難しい。また、インターハイが開催されていれば、高校生にとってはホクレンで仕上げるということも例年では難しいことである。

つまり今年は、レースに対してのスケジュールに余裕があった1年であったといえる(基礎構築期間 = ベースアップの期間を長くとれた)。

例年であれば大学生は春からの連戦が続き、ホクレンではピーキングが難しいこともあり、ホクレンでは概ね毎年実業団選手が健闘している。

男子5000mの日本高校記録とU20日本記録の更新は、新しい世代の活躍を印象付け、日本人初の5000m12分台を目指すための第1歩となるだろうか。

3000mSCは実業団所属のケニア人選手との競り合いも含めて好記録が連発。確実にレベルが上がっている。

今年もし、東京五輪が開催されていれば、男子のトラック中長距離種目ではこの3000mSCが1番決勝進出に近かったのではないだろうか。

この2年間の世界ランク、または2014-2015、2007-2008、2003-2004年の世界ランクとの比較ではそこまで大きな差は見られない。

ただ、傾向としては、
① DLの3000mSC削減のため、今年の世界の3000mSCのレベルが高くない。
② トラックからロードに早くして転向するアフリカの選手がこの10年で増えた
③ 1990-2000年代はEPO全盛期であったので、世界のトラック中長距離の記録水準は高かった。現在とあまりランクが変わっていないことを考えると、EPO使用者がごっそり抜けて低下するであろう穴を、全体的に何かの要素が補完しているのかもしれない。


男子ロードレース

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(要拡大)

昨シーズン行われた駅伝の成績を見ると、好記録が続出している事は一目瞭然であるが、今年も同様にロードレースにおける好記録続出の波が激しい。

ハーフとマラソンで好記録が続出したが、注目すべきはリストの右側。これらの記録が、18年前や13年前に出ていれば、世界ランクで何位だったか、というところである。

これも一目瞭然で、簡単に言えばロードレースの記録のインフレ化(記録水準の向上)が激しい。その要因は読者の想像にお任せするが、トラックよりも記録のインフレ化の傾向が強いので、明らかに何らかのバイアスがかかっている。

ロードレースで出た記録に関しては、たとえそれが区間新であったとしても、速い記録ではあるが、強い選手による記録だったかどうかは吟味が必要であるといえる。その点では、相対的な順位を見れば良い。

例えば、駅伝で区間新で走ったとしても、区間6位であれば6番目である。

歴代の記録としては速いのであるが、区間6位は果たして強いといえるのだろうか?

同じ事はマラソンやハーフでもいえる。

ハーフマラソンの日本人サブ61:00は、2011年1月までに歴代で2人しか達成していない偉業であったが、2020年は丸亀ハーフと、全日本実業団ハーフのたった2レースだけで12人もの日本人選手がサブ61:00を達成した。

現在のハーフマラソンの日本記録の60:00は、2001-2002年の2年間では世界4位の好記録であったが、この2年間だと世界49位の記録である。

同じようにマラソンの日本歴代4位の2:06:45という記録は、2001-2002年の2年間では世界6位の好記録であったが、この2年間だと世界78位の記録である。

そういったことを考えると、東京五輪マラソン代表選手の服部優馬が掲げている「2時間3分台」という目標は、マラソンにおいて日本人選手が世界大会で健闘していた20年ほど前の「2時間6分台」に近い目標ではないかと感じている。


【男子】2020年シーズン
・日本記録×2(小椋、大迫)
・日本歴代2位×2(三浦、藤本)
・U20日本記録×2(吉居、三浦)
・日本学生記録×1(三浦)
・日本高校記録×1(石田)


女子トラック・ロードレース

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こちらも男子同様にトラックはこの10-20年での世界ランクの大きな変動はないが、一方ではロードレースで明らかに何か大きなバイアスがかかっている。

トラックの世界大会で入賞や決勝進出をイメージするとなると、この世界ランクで最低でも20位以内、そして1けたにつけておきたい。そういった点で言えば、高橋尚子も野口みずきも速さと強さを両方兼ね備えた選手であったといえる。

トラックでは日本記録が軒並み更新され、5000mは日本記録の更新が間近である。

しかし、日本人選手がトラックで入賞争いをするとなると、レース戦術やレース慣れが必要なので、欧州の大会を転戦するといったことが大切ある。

そういった意味ではロードレース以外の、トラックにおいてレベルの高いレース(例えばダイヤモンドリーグか、日本開催以外のコンチネンタルカップゴールドラベル大会)へコミットしてくれるWA公認代理人との契約が必要であるといえるのではないだろうか(逆にいうと、そこが課題)。


【女子】
・日本記録×3(田中×2、新谷)
・日本歴代2位×1(新谷)
・日本歴代3位×2(萩谷、廣中)


男子3000m世界歴代10傑の更新

日本以外の世界での好記録はこの2年間で目立っているが、2020年に出た好記録を以下に挙げる。

① 男子5000m
・ジョシュア・チェプテゲイ(ウガンダ)
12:35.36(世界新記録)
・モー・アーメド(カナダ)
12:47.20(北米新記録・世界歴代11位)
・ヤコブ・キプリモ(ウガンダ)
12:48.63(世界歴代12位)
・ニコラス・キメリ(ケニア)
12:51.78(2013年以降のケニア人選手の最高記録)

世界新に、北米新、そしてケニア人選手で2013年以降での最高記録が出た事は注目に値する事である。

② 女子5000m
・シェルビー・フーリハン(アメリカ)
14:23.92(北米新記録・世界歴代12位)
・カリッサ・シュヴァイツァー(アメリカ)
14:26.34(北米歴代2位・世界歴代14位)
・ローラ・ウェイトマン(イギリス)
14:35.44(英国歴代2位)
・ジェシカ・ハル(オーストラリア)
14:43.80(豪州新記録)
・アメリカの選手5名(14:45-14:51)

ドーハ世界選手権の入賞ラインの選手が記録を伸ばしているということは、その入賞ラインを目指す日本人選手がいるとしたら、少なくとも14:35-14:45の記録は持っておきたい。


③ 男子3000m

今年のトラック中長距離種目で出た好記録で一番注目すべきは男子3000mの世界歴代8、9位の好記録である。この種目は世界室内選手権や全米学生室内選手権の正式種目であるが、傾向としては1500mと5000mの専門の選手が対決するということである(H. ゲブレセラシェを除いて)。

今年はJ. キプリモとJ. インゲブリクトセンが世界歴代8(7:26.64)、9位(7:27.05)の快記録を出したが、以下の世界歴代10傑の選手はそうそうたるメンバーであるのは一目瞭然である。

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そのほとんどが、
① 世界大会で優勝または2位
② 世界記録を持っている(いた)
という選手である。

しかし、2人のヤコブがまだトラックのシニアの世界大会でメダルを獲得したことがないことを考えると(キプリモは世界クロカン🥈)、彼らが今後トラックもしくはロードにおいて
① 世界大会でメダルを獲得する
② 世界記録に手が届く
という可能性を感じることができる。

しかし、上のリストにある選手はどの選手も全盛期に出している記録であることを考えると(あのベケレでさえ、世界歴代6位)、19歳の2人のヤコブが今年、この快記録を出したことは注目に値する。

また、キプリモの7:26.64という記録はこの12年間の男子3000mの記録で1番良い記録である。

この12年間では男子マラソンの世界記録は合計6回更新されたが、男子3000mは7:26.64より速い記録は1度も出ていない(3000mは開催頻度が少ないけども)。

この2人のヤコブ、彼らは将来、偉大な選手になるだろうが、現時点ではベケレ、コーメン、エルゲルージ、ハイレ、モルセリ、キプタヌイのように世界選手権を連覇したり、世界記録を出すようなレベルの選手とまではいえない。

2020年のトラックでの好記録の連発、ここにも何らかのバイアスがかかっているはずだ。

10月にはロンドンマラソンでベケレとキプチョゲのドリームマッチ(他の選手も強いが)が開催される(先頭集団の設定ペースは2:01:30-2:01:45)。

また、その後はバレンシアでチェプテゲイが10000mでベケレの世界記録更新に挑戦し、12月にもバレンシアでハーフの世界記録更新レースが計画されている。

これら全てで世界記録が更新される可能性は大いにあるだろう。

今後も陸上中長距離種目の好記録の動向に注視していきたい。


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