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五輪連覇を達成し今後はWMM全制覇を目指すエリウド・キプチョゲの最新ワークアウト

★サムネイルの写真は2018年のベルリンマラソンでキプチョゲがマラソンの世界新を出したレースで私が撮影した1枚(後ろの集団にW.キプサング)

今回はいかにも目を惹きそうなキャッチーなタイトルがをつけてみたが、それでもマラソンで五輪連覇を達成し、今度はWMM全制覇を掲げているキプチョゲのトレーニング内容は多くのランナーの気になるところだろう。

アイルランドのフリーのスポーツジャーナリストであるCathal Dennehyが自国のIrish Examinerに寄稿した2021年10月29日公開の以下の記事(Eliud Kipchoge: Inside the camp, and the mind, of the greatest marathon runner of all time)が世界中で話題となった。

最新トレーニング、といってもキプチョゲが東京五輪後1ヶ月のオフをとり、その後9月からWMM全制覇に向けて再始動し始めた際の基礎構築期のジョグ、ロングラン、インターバルの内容がこの記事に掲載されている。

その練習を10月中旬に実際に見学したのが本記事の筆者であるが、これまで彼が多くの取材で培った豊富な知識や経験がベースとなっていることはこの記事を読み進めればよくわかる。

本記事はこれまで私が読んだキプチョゲに関する記事の中で最もリアリティとユーモアに溢れている記事だと感じたので内容を抜粋しながら紹介していきたい。

五輪後にWMM全制覇を公言:残りは東京/ボストン/NYC

キプチョゲは東京五輪前にもランナーズワールドのインタビューで残りのWMM制覇について語っているが、東京五輪で五輪連覇を達成した後に、次なる目標として明確に東京、ボストン、ニューヨークへの出場を掲げた。

このことから来年3月6日の東京、もしくは4月18日のボストンどちらかへの出場が確実視されている。2年連続で日本でマラソンを走るか、2014年のシカゴで優勝した時以来7年半ぶりにアメリカのレースを走るかどうかは今後注目が集まる。

また、2024年のパリ五輪のマラソンについては現時点では出場する意向があるかの明言を避けている。


シューズ進化の最大の利点は“リカバリー”

現在36歳のキプチョゲが実際には40歳以上の年齢である、という話は今では有名であるが、彼のようにマスターズ世代の競技者がトレーニングを進めていくうえで抱える問題といえば、リカバリー能力や速筋線維の働きが衰える、という2点が挙がる。

“In this world technology and development go hand in hand and shoes cannot be different,” says Kipchoge. “It’s not really about the performance, it’s about recovery, that if you train really hard, then your muscles can recover faster.” 「ランニングの世界ではテクノロジーと開発は密接な関係性でありシューズも同様である」とキプチョゲは話す。「パフォーマンスが問題ではなくリカバリーこそが重要。(リカバリーが高ければ)ハードなトレーニングをしても筋肉はより早く回復することができる」。 

キプチョゲは陸上競技において技術開発は密接であり、シューズの開発も例外ではないとコメントしており、そこではパフォーマンスを上げるためのリカバリーの重要性を説いている。トレーニングとは練習をして、リカバリーをすることで完結するものであり、休養(やその質の向上)もトレーニングの一部として考える必要がある

そして、これまでのシューズの進化はリカバリーを高めるものであるとキプチョゲは感じている。

この記事内ではパフォーマンス向上薬(PED)についての“補足の記載”がある(ドーピングを推奨するのでなくPEDの働きとはどういうものかの記載)そこで、PEDの多くがリカバリー能力を高めるものであり、よりハードなトレーニングにはより高いリカバリーが必要である。

つまり、競技レベルが上がれば上がるほど、それまでよりも高強度、高負荷のトレーニングが必須となるが、それに耐えうる体やリカバリーが重要である(そのためにはマラソン選手であれば多くの走行距離と高い筋力レベル、良いマッサージや多くの睡眠、オーガニック食材の日常的な摂取などが大切である)

話を戻すと、この数年間でのシューズ開発の賜物はロングランや高強度練習、レースといった高負荷練習後の疲労感の少なさ、というところに行き着く。

その最たるメリットを受けるのがふくらはぎであるが、例えばカーボンシューズのテクノロジーがランナーの足関節をロックすること(スティフネス=剛性を高めること)によって下腿三頭筋(ふくらはぎ)の活動量が減少するといわれている。

これは単にパフォーマンス向上だけでなく、次の練習に向けて体にダメージを残さない、という点でこれまでよりも革新的であり、PEDのようにリカバリーを高めるという意味においても最近のシューズが一部のオールドファンから“ドーピングシューズ”と揶揄されるのはある意味では理にかなっているともいえる。


基礎構築期が最も大事:“体全体”の土台を作る時期

彼がなぜ18年間もの長い間トップクラスでの競技力が維持できているか:それは18歳の頃にすでにベケレとエルゲルージをパリ世界選手権5000m決勝で破って金メダルを獲得した類稀なる才能と、コーチのパトリック・サングラによる指導陣が与えた計画的なリカバリーの2つが挙がるだろう。

もし年中、毎日ランニングの練習しているのに伸び悩んでいる、という人がいたらオフを設けて体を休めて英気を養い、体重を増やして栄養を溜め込むことをオススメする。

期分け(ピリオダイゼーション)において基礎構築期は最も時間をかけるフェーズであるが、家を建てるのにも日本の城やピラミッドを作る時も当然、土台を作ることに最も時間をかける。

キプチョゲは年2回のマラソンが終わると、1ヶ月程度のオフをとる。そして磯構築期に時間を最も割くことが、彼がマラソンを年間2本にとどめていることの最大の理由であるといえるだろう。

基礎構築期にキプチョゲは筋トレにも多くの時間をさき、最もジムでのトレーニングが多い時期でもあるが、この時期の筋トレの重要性をキプチョゲは感じている。

“Gym sessions are the foundation of my training cycle. It’s how I start the build up towards my next marathon. It really strengthens the muscles before we really put them to the test with running.” ジム練は私のトレーニングサイクルの基礎である。次のマラソンに向けての準備期間であり、ランニングの本格的な練習に入る前にジムで筋肉を強化する。

ここでまず体を作ることが、その先の本格的なランニングの練習の土台になっていること、そして彼の逞しい上半身は起伏の多い高地での練習(いろんな箇所の筋肉を使って走る)だけでなく、基礎構築期のジムトレーニングの賜物である。

東京五輪後に1ヶ月のオフをとったキプチョゲは10月末にはさらに上半身を逞しくして次の五輪が開催されるパリの街を駆け抜けた。

もちろん、基礎構築期に筋トレばかりしているわけではないが、ランニング以外にも筋トレやシューズの履き分けにも期分けがあり、トレーニングのフェーズに応じてそれぞれの配分を微妙に変えていくのがオーソドックスである。

簡単にいえば、レースが近くなってくれば特異的な(マラソンのレース内容に近いような)ロングランが入ってくるし、不整地ではなくロードのフラットなコースでの練習も増えてくる(だろうと想像する)。

そして、その時期には筋トレの比率は基礎構築期よりかは当然減っていて、その代わりにより高負荷なトレーニングとリカバリーを優先するような比率が増えているはずだ。


火木土曜日は80% / 月水金日曜日は50%

通常、16週間(4ヶ月)ほどに及ぶマラソン練習のトレーニングメニューの大まかな週間メニューの流れは以下である。

月曜:ジョグ
火曜:インターバル(土トラックで疾走区間の合計:15-16km)
水曜:ジョグ
木曜:ロングラン(起伏のある不整地で30-40km)
金曜:ジョグ
土曜:ファルトレク(疾走3分間 / 緩走1分間を50分間繰り返し)
日曜:オフか軽め(土曜午後から月曜の朝まで自宅で家族と過ごす)

・いずれの練習も高地で実施
・週に200-220km走行(その大半が赤土の柔らかい路面)
・週におよそ2回、60分間の筋トレ
・21時就寝、5時台に起床
・4-5種類のナイキのシューズを履き分ける

例外の週はあるだろうが、こうやってみると負荷が1日おきに変わっていくのでいわゆるセット練習はない。そして、負荷が高い練習でも80%に留めている。余裕を持って練習をこなすメリットは、故障が少なく息の長いキャリアを築いてきた彼自身が一番よくわかっているだろう。

土曜日のファルトレクは火曜日にトラック練習をしていることから、どちらかというとLT(マラソンペース)からLT2(OBLA:ハーフマラソンペース)程度の強度で疾走を走っているのではないかと思う(あくまで推測)。

補足:日本ではペース走を行うことが多いが、疾走がそこまで速くない30-60分程度のファルトレクでもLTの向上に効果的であることは案外見落とされている。その差を挙げるとしたらペース走はトラックやフラットなコースで行うことが多いかもしれないが(どちらかというと不整地ではない)ファルトレクは起伏のある不整地やクロカンコースなどを使うことによって乳酸シャトル(産生した乳酸をエネルギーとして再利用すること)といったトレーニング効果のメリットが高いと私は考えている(トラックではその効果を見込んで変化走で行うのだろうけども)

疾走時の余裕のある美しいフォームに見惚れてしまうが、特筆すべきはマラソン選手らしく、インターバルでのボリュームが多い。疾走の合計が15-16kmになるようにメニューが設計されており、40人程度が走り始めるが、最終的にこのメニューがこなせるのはキャンプでも4名程度だそう。

どちらかというと、ペース変化の多い練習をしているというよりかは、ロングランでも起伏に飛んだ不整地中心のコースを取れるということで、コース形態が不規則であり、それによってその都度かかる負荷が微妙に変化しているということが考えられる。↑の土トラックは微妙に起伏のある380mの土トラックだと。

ロングランなので当然最初はゆっくり入る(だろう)。そしてだんだんペースが上がっていき、それで起伏のある不整地中心の標高2,700mのコースで3:16/km平均で30kmを走り終える(からすごい)

この後にも記載するが、キプチョゲは5時台に起床してから食事はしない。生理学的にいえば、体内の糖が少ない状態で走り、その状態でロングランをすることによって脂質酸化能力(脂質を糖質よりもエネルギー源として優位に使う能力)を高める最高のトレーニングをしている。

ケニアやウガンダの選手は基本的に朝や午前中に本練習を終えることが大半であり、その食生活や練習スタイルは長距離走においての効率的な有酸素エネルギー代謝の面では理にかなっている。

マラソンの基本は、レース前に糖を多く貯蔵したうえで脂質酸化能力の高い状態をキープしていることであるが、ミトコンドリアの働きや脂質酸化能力を高めようとするならば“糖が少ない状態で走り出す”という状態を習慣化できる範囲で自然に作り出すことが重要である。

これが朝練のメリットである。


食生活の内容:サプリメント摂取や飲酒は一切なし

世界的な名コーチのレナート・カノーバはサプリメント摂取に否定的な発言をしており、あくまでサプリメントは補助にすぎず、食事で基本的な栄養をとることを推奨している。

そして、彼が指導している選手が食事以外で補助的なものを摂るとしたら練習時の給水以外ではジェル(マルチデキストリン)やモルテンといった、いわゆる“糖質”である。

糖が長距離走においてキーポイントになることは先ほども述べたが、マラソンでは糖の貯蔵量を事前に増やしておくことや(カーボローディングや普段の練習後の糖の摂取)モルテンやジェルといったレース中に糖を摂取することも重要である。

キプチョゲはモルテンの広告塔ともいえる存在であるが、練習中以外ではサプリメントの摂取はないそう。そもそも添加物の多い日本を含めた経済国と、ケニアのようなオーガニック食材の地産食では普段の食環境に差があり、どちらが良いかといえば日本の方が食事に気を使う場面が多いのではないかと思う。

記事からのキプチョゲの食事に関する引用は以下。

He drinks about three litres of water each day, and his diet is basic but healthy: small amounts of meat with lots of local vegetables and homemade, fortified bread, which he helps to bake. The one big change a nutritionist made when observing the group a few years ago was to increase their protein intake, which was well below par. 毎日3ℓの水を飲み基本的なことではあるが健康的な食生活を送っている:少量の肉とたくさんの地産の野菜、キプチョゲも料理を手伝う栄養面に配慮した自家製パン。数年前に栄養士がキャンプを訪問してからはタンパク質の摂取量を増やした。
Kipchoge’s favourite food is ugali, a stiff maize flour porridge, and during his end-of-season break he’ll reward himself with pizza or chips, which are off the menu again once he’s back in camp. キプチョゲの好物はウガリ(トウモロコシ粉の固いお粥)オフ期間中にはピザやチップスを食べるが、キャンプに戻ってからはそれらは食べない。
He never eats breakfast before his first run of the day at 6am, whether it’s an easy 20km or a hard 40km, saying “it’s good to make your stomach conducive to running empty”. 朝夕の2部練習の1回目となる朝練では、それが20kmのイージーランでも、40kmのハードなロングランでも朝食を食べない。「空腹で走れるように胃腸の調子を整えるのにそれが良い」

※生理学的には糖が少ない状態でロングランをするメリットが高いが、キプチョゲ自身は胃腸の状態を整えるのに空腹で走ることを好んでいる(というかケニアで練習しているケニア人がほとんどそうだと思う)

車もそうだが、マラソンのような長い距離を走ろうとしたら体内に貯蔵するのが限られた糖(脂肪のように体内に多く貯蔵できない糖=車でいえば限られた量のガソリン)に対して燃費が良いエコな有酸素エネルギー代謝を目指すことがトレーニングの柱となる。

それらの大半は大量のイージーラン(ジョグ)とロングランやロングジョグであることはマラソン選手のメニューを見れば明らかである。

少ないエネルギーで多くの距離を速く走れるようになることが長距離走のトレーニングの目指すところであるが、糖は貯蔵量が限られている貴重な存在なので、糖の貯蔵量を増やすことと(マラソンの終盤の落込みを減らすこと)や脂質酸化能力を高める / LTを上げる(燃費を上げること)は期分けの中で計画的に時間をかけて行っていくことが重要である。

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久々に夜に寝ずにnoteを書いてみたが、こうやって書き綴っていくとキプチョゲというかケニアのカプタガト周辺にある練習環境や彼らのトレーニングや食事の内容がスラスラと頭に入った。

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