現在のトップレベルのトラックレースで選手が何のシューズを履いてるかは大変興味深い。その②

前回の記事はこちら。

前回は日本のトラックレース(現在はホクレン)を見ていると、5000mや10000mのトップはだいたいスパイクを着用している、ということを書いた。ホクレン網走大会でも、男子5000mで日本人トップの長谷川選手はスパイク着用(深川大会の日本人トップの松枝選手もスパイク着用)。これらはとても偶然のようには思えない(とはいえアルファフライを履いた選手が1位になることもあるだろう)。

男子10000mでも先頭のディク選手と自身初の27分台で走った服部勇馬選手はスパイク着用。また、女子10000mで今季世界最高記録をマークしたローズメリー・ワンジルもスパイク着用だった。

ちなみに、ケニアのIkaika Sports(アディダスがスポンサー)が日本の実業団に送り出しているケニア人選手(ローズメリー・ワンジル 、富士通のべナード・キメリ、中電工のアモス・クルガトなど)は総じてアディダスのシューズを着用しているので、彼らがロードであってもヴェイパーフライを履くことはない。

ちなみにビダン・カロキは深川大会の10000mではスパイクを履いていたが、網走大会はペーサーとして走り、ネクスト%を履いていた。一定のペースで走る中で疲労を残したくないということだろうか。

BTCから学ぶシューズの選び方

7/16現在の今年の男子5000mのパフォーマンスランキングは以下である。

スクリーンショット 2020-07-16 17.00.09

20位まで全てスパイク着用による記録であるが、注目すべきはBTCの選手が上位を独占している。もちろん女子5000mに関してもそうである。そして、彼らが履いていたスパイクは何だろうかに注目してみたい。

好記録が連発した2回のBTC記録会では、男女の参加者全員(16名)がスパイクを着用。

12:47.20の北米新をマークしたモー・アーメドと、全米9人目の12分台ランナーとなったロペス・ロモンはともに“ドラゴンフライ”を着用。

一方、プロ2年目の終わりに14:26.34をマークした女子のカリッサ・シュヴァイツァーは新型“ヴィクトリー”を着用、そして、北米新の14:23.92をマークしたBTC女子エースのシェルビー・フーリハンはヴィクトリーの旧型を着用していた。

今年発売された新作のスパイクがあるにも関わらず、彼女はこの旧型のスパイクを選んだ(そのスパイクにはZoom Xもエアユニットも入っていない)。つまり、これまでのスパイクと同じく、彼女の自力を伸ばして記録を更新した。

パイパフォーマンスの選手がレースで何を履いているかも興味深いが、もっと興味深いのは、彼らが練習の段階でどういった種類のシューズを履き分けているかである。

この好記録続出する前に、BTCはユタ州パークシティで高地合宿をしているが、1000mのインターバル走の様子を見ると、後半からスパイクに履き替えている選手が数名おり、後半はほとんどがスパイク着用である。

一般的に高地は平地に比べてインターバル走のタイムが遅くなるが、それでもレースに向けてスパイクを履き慣らしていることがわかる。もちろんこの練習はレースが近い時期の練習なので、彼らにとっては当たり前のことだろう。

2月の室内レースの前にも高地で似たようなインターバル走(1マイル×4本)をやっているが、この時はネクスト%を履いている選手が目立つ。

おそらく目的を持ってシューズを履き分けているのは間違いないだろうし、期分けの観点からこの時期はまだ室内レース前の最初の時期なので、7月のトラック練習よりもスパイクの着用選手が少ない(距離が1600mのインターバルというのも関係しているのかもしれない)。

このワークアウトは↑の1600mのインターバルよりも前の1月に行われているが(遠藤日向選手も参加)、メニューは6マイルと2マイルのテンポラン。後半の2マイルのほうが走速度は速いだろう。

ここで、わかるのは男子よりも女子のほうがネクスト%を履いている選手が多い。これはおそらく選手ごとの筋力レベルに比例しているのではないかと思う(そんな単純な話ではないかもしれないが...)。

女子でも5000mの走力が高い選手はスパイク(もしくはレーシングフラット)を履いているのがわかるし、10000m寄りの選手はネクスト%を履いている。

1番大切な事は、トップ選手がレースで何を履いているかではなく、どういう練習の組み合わせに対してどういうシューズを組み合わせているかである。

そして、これに関してはこのように練習動画が公開されない限りは(またはSNSなどで練習の写真が公開されない限りは)、明らかにならない。

トラックを専門にしている中長距離のトップ選手が、普段どういうシューズの履き分けをしているかを見ること、そしてなぜそうしているのかを考えることは重要なことである。


三村帝国の終わりと始まり

今年の1月の大阪国際女子マラソンで松田瑞生がミムラボのシューズを履いて優勝。その頃にはすでに厚底全盛期となっており、世界陸連がレギュレーションを改める前の時期だった。

それから日が経ち、昨日のホクレンディスタンスチャレンジ網走大会の10000mで彼女はネクスト%を履いていた。これまでのミムラボのシューズがどういった理由でネクスト%に変わったのかはわからない。

また、2019年1月の箱根駅伝(前々回)でニューバランスはハンゾーを推していたが、今ではもうそのシューズをレースで見る事はほとんどなくなった。

ソーティシリーズ、タクミシリーズ、ハンゾー、そしてカスタムシューズ。残念ながら三村帝国はもう絶滅状態にあり、そこに忖度は無い。アスリートは正直である。自分が勝ちたかったら、速く走りたかったら、あらゆる手段を模索してベストを見つけようとするからだ。

ただ、それはあくまでレースの場だけであると思っている。先ほど触れたように、レースで履くシューズと練習で履き分けるためのシューズのバリエーションは人それぞれ違う。

ジョグやテンポ走、不整地でのクロカンなどで履くシューズは人によって様々だろう。そこにはまだ三村製のシューズの残された道があるだろう。

確かに、三村さんのいうように、薄いシューズで走り込んだ方が「脚を鍛えられる」という意見には私も賛成である。でも、今はシューズの履きわけが重要であり、「脚を鍛えられる」という目的一辺倒では無い。

リカバリー用のシューズ、トレーニング用のシューズ、パフォーマンスを上げるためのシューズ、不整地を走るためのシューズ、4足ぐらいは最低、シューズのバリエーションを持っておきたい。

その「パフォーマンスを上げるためのシューズ」が三村製のシューズでなくなっているだけであって(おおよそみんなヴェイパー系に変えている)、ただ、「トレーニング用のシューズ」として三村製のシューズ(タクミ、ハンゾー、カスタム...etc)は絶滅しないと私は考えている。

1996年のアトランタ五輪、2000年のシドニー五輪、2004年のアテネ五輪。その全て女子マラソンのメダリストが三村シューズを着用し、黄金のシューズは全盛期を築いていたが(ソーティジャパンとか)、今ではもうその輝きはほとんど無い。

だから、三村帝国の終わりと始まり、つまり、レース用のシューズとしては終わりを見せているけど、トレーニング用のシューズとしてはもっと価値が再考されてもいいのでは無いかと思う(値段もそこまで高く無いし)。


時代は日本規格のシューズからグローバル規格のシューズへ

アシックスやミズノ といった日本の企業は、日本規格のシューズが日本で流通するのは当然として、海外規格のものが海外だけで流通している事はあまり有名でない(例えばアシックスのPiranhaなどのシリーズ。ミズノもそういう類の製品が海外のみで流通しているのがある)。

そのようにナイキやアディダス 、ニューバランスにも、日本発の商品とグローバル規格のものがある。アディダスだと、タクミシリーズが日本発、ブーストシリーズはドイツ発、それらを組み合わせたのがセンブーストであった。

ナイキであればヴェイパーフライはアメリカ発であるし、ニューバランスだと最近のフューエルセルシリーズは日本発の製品ではない。

ヴェイパーフライが席巻する数年前までは、世界中のロードレースで上位を占めるエリート選手が着用していたものでは、日本発のシューズの需要が高かったが、今はもうそのような状況では無い。

いわゆるカーボン入りで高ドロップのシューズ、という最近のトレンドのものはグローバル規格のもので、それらは軒並み評価が高い。

そのような状況を考えると、日本発のシューズはトレーニングシューズ、グローバル規格のシューズはレース用や高強度練習での定番のシューズとなっているのでは無いだろうか。


グローバル規格 Vs. 中華版ヴェイパー

結局、コンビニのコーヒーだって、すぐパクられる。

どこのコンビニもセブンカフェのコーヒーをすぐにパクって、一斉に日本中のコンビニにコーヒーマシンが導入された。このように、トレンドが全国で普及するサイクルは一昔前よりも格段と早い。

このようなことが実際にレース用のランニングシューズの分野で起こっているのが「中国のランニング市場」である。

現在、中国の5,6社が一斉にこぞって厚底のカーボンシューズをリリースする動きがある。その中にはバスケに強いスポーツブランドもあったりして、いきなりランニング業界に爆弾投下、いう企業もある。

日本の市場とは違って新製品投入のサイクルが非常に速い。あり得ないぐらいの速さで、あり得ないことが次々と起こっているのが中国市場である。これについては、違う記事で書いていきたいが、ナイキのヴェイパーシリーズに真剣に勝負できるのは中国の企業ではないかと私は真剣に考えている。

ただ、彼らは中国の熾烈なマーケットでシェアを取ることにしか興味がないので、これらの製品が中国以外に流通する日はあまり近くない。ただ、その技術力は我々の想像の域を軽く超えている。このような市場サイクルの早さには脱帽するばかりであるが、中国のロードレースで選手が履いているシューズを観察するのはとても楽しい。

私自身も中国ヴェイパーを何足か持っているので、その良さを実際に体感しているし(冗談抜きでかなり良い)、今後中国のトップ選手のロードでの競技成績が良くなるようなことがあれば、それは注目に値することだと思う。

実際には、日本のほぼ99.9999%の選手がナイキのシューズを履けるので、中国のシューズを試そうとするトップ選手は現時点ではほぼいないと思う(現時点ではまだネクスト%やアルファフライの方が完成度は高い)。

ただ、企業の成長速度や技術力の向上のベクトルを見れば、中国企業はランニング業界だけでなく、家電、ガジェット、スマホといった幅広いジャンルにおいて、世界中で存在感を発揮しているのはいうまでもないだろう。


サポートをいただける方の存在はとても大きく、それがモチベーションになるので、もっと良い記事を書こうとポジティブになります。