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2021年末の各メーカーの厚底カーボンプロトシューズやそれらの開発状況

2017年から2020年にかけてWMM(ワールドマラソンメジャーズ)の表彰台を独占していたのはナイキのシューズを履いた選手たちだった。

2021年は延期になった東京マラソンを除いてWMMの5レースが終了したが、以下のようにアディダスやアシックス、オンのシューズを履いた選手も表彰台に上がっていることがわかる。

ベルリンの女子3位(2:23:05)のヘレン・ベケレ・トラはオンのクラウドブームエコーを履いていたが、今年の春からオンと契約した選手であり2019年の東京マラソン2位(2:21:01)の選手である。

シューズが走るのではなく選手が走るということを考えると、強い選手はどのブランドのカーボンシューズを履いてもそこそこ走れるわけであって、ここで注目すべきはそれまでナイキ契約だったヘレン・ベケレ・トラと新たに契約したオンがトップ選手への投資を拡大しているという事実である。

また、アシックスも同じようにアフリカの選手への投資を拡大し、欧米でも契約選手を増やしていることは見逃せない。

そう考えると、ニューバランスやサッカニーなどのブランドはたとえ良いカーボンシューズを作ったとしても、マラソンにおける契約選手への投資を拡大しない限りは今後しばらくはWMMの表彰台に上がる選手が増える可能性は少ないだろう。

今後、長距離選手への投資に盛んな北米において注目すべきブランドはホカ、アンダーアーマー、アシックス、アディダス、プーマが挙がる。ナイキは良い選手を抱えている一方では、新たな選手への投資には2021年は慎重な姿勢を見せている。

とはいえ、日本も北米でも着用シューズに縛りがない選手の大半がナイキのシューズを履いてマラソンや駅伝を走っていることは今年も変わらない。

今後その勢力図が変わるかどうかはシューズの研究開発へのさらなる投資と、選手への投資(物品提供ではなくて金銭が発生する契約)への2点がキーポイントとなってくるが、今回は各ブランドの新たなカーボンシューズの開発にスポットをあててみる。

ナイキ

今年はヴェイパーフライネクスト%2が発売されたが、駅伝やマラソンを見ていると2021年以前に発売されたヴェイパーフライネクスト%を履いている選手も多くいるので、この新製品とヴェイパーフライネクスト%の性能に大差はない。

2020年3月にアルファフライが発売されたが、現在はアルファフライ2のプロトを履いている選手が何人か確認されている。

(キプチョゲが10月中旬の練習:インターバルとロングランで使用)

(BTCエリートのPeter Bromkaがボストンマラソンで着用

(アルファフライ開発チームの1人:Carrie Dimoffがシカゴマラソンで着用)

ゲーレン・ラップは東京五輪のマラソンでアルファフライを履いていたが、来年のユージン世界選手権までにアルファフライ2が完成していれば見所が増えるかもしれない。

また、ナイキは数年前からハーフマラソン以下の距離に特化したハイパーフライというプロトを開発していたが、2021年2月のRAKハーフ(開催される週に突如中止になった)の直前に“ストリークフライ”として世界陸連のリストに登録された。

こちらのシューズ(ストリークフライ)もアルファフライ2も日本の選手が履いているシーンはまだ確認されていないが、ストリークフライは来年春頃の発売が噂されている。

ストリークフライはアルファフライよりかは汎用性が高そうで、かつヴェイパーフライネクスト%よりかは捻れ(回内 / 回外)が抑えられていると思うので(安定性が高そうなので)トレーニング(おもに基礎構築期)で重宝できるモデルではないかと推測する。

プレートの硬さ(屈曲性)がどれぐらいなのかは知りたいところ。

※11/10更新↓

その他、ズームフライ、ボメロ、ペガサスなどのモデルは後継モデルが発売 / 開発されているが、アルファフライ2やストリークフライもそうだが、ヴェイパーフライ4%が公開された2017年、アルファフライが公開された2019年10月から2020年春にかけての社会現象とも呼べるほどの注目度ではない。


アディダス

日本の駅伝やWMMで存在感を出してきたアディダスのシューズであるが、そもそもアフリカ勢のアディダス契約選手は力のある選手が多い。

かつてはハイレ・ゲブレセラシェ、パトリック・マカウ、ウィルソン・キプサング、デニス・キメットと4人連続でマラソンの世界記録を更新した選手がアディダス契約であったことを考えると、アディダスはそもそも良い選手に投資している(スカウトしている)。

それが2017年から2020年の春ぐらいまでにかけてアディダス契約選手はヴェイパーフライ / ネクスト% / アルファフライに対してかつてのタクミセン / ○○ブースト / アディゼロプロで勝負をしていたわけだから、今考えるとアディダスアスリートには試練が多い時期だった。

それが、アディオスプロ / アディオスプロ2とシューズの性能が追いつき、アスリートの本来の実力が引き上げられWMMや駅伝で今のアディダスのシューズを履いている選手がそれなりに戦えているというところだろう。

現在、男子マラソン最強の選手といえばキプチョゲで満場一致であるが、男子ハーフマラソンはキビウォット・カンディエ(世界記録保持者)やロネックス・キプルト(10km世界記録保持者)女子マラソンでは東京五輪や今年のNYCを制したペレス・ジェプチルチル、今年のロンドンを制したジョイシリン・ジェプコスゲイといったアディダス契約選手が存在感を発揮している。

今年のレースを見ているとアディダスのサポート選手でアディオスプロ2を履いている選手もいれば昨年発売されたアディオスプロを履く選手もいる。

日本の学生駅伝や実業団駅伝ではアディオスプロ2を履いている選手のほうが多く感じるが、昨年発売されたアディオスプロの時は多くの学生や実業団選手に提供されている感じではなかったように感じた(アディオスプロとアディオスプロ2両方を持っている学生は値段が安くないことからそこまで多くないと思う)

(今年のボストンマラソンの男女優勝者はアディオスプロを着用)

しかし、海外のマラソンを見ていると、わりと多くのトップ選手が今でもアディオスプロを履いているので、選手によっては好みが分かれるようだ。

9月にドイツのアディダス本社で周回コースで行われたロードレースでタクミセン8の存在が明らかになったが、日本では出雲駅伝で東京国際大の宗像とヴィンセント、國學院大の平林が着用(平林は全日本でも着用)

このシューズは明治大や青山学院大といったアディダスがサポートしている大学の選手が今年の駅伝や箱根予選会で着用しているシーンがなかったのでヴェイパーフライやアルファフライほどのシューズでないのかもしれない。

出雲駅伝で3人が使用していたことを考えるとマラソンよりハーフマラソン以下の距離がよさそうであり、立ち位置はストリークフライと似ており高校駅伝の距離ではよさそうかもしれない。

今年12月頃の発売が噂されているが、アディダスはこのままカーボンプレートではなくカーボンロッドやグラスロッド搭載といったような独自路線で開発を続けていくのだろうか。


アシックス

今年最も飛躍したのがアシックスで、男子はモハメド・エル・アラビー(NYC2位)女子はエマ・ベイツ(シカゴ2位)サラ・ホール(シカゴ3位)の合計3人がWMMの表彰台に立った。

特に、ベイツ(右)とホール(左)はこのWMMの表彰台をもって来年のユージン世界選手権の代表選考で全米代表となる可能性が高い(あともう1人が東京五輪銅メダルのサイデル)

このようにアシックスアメリカの契約選手は特にマラソンで活躍しているが、アシックスヨーロッパも昨年と今年で契約選手を増やした印象がある。

アフリカでも選手への投資を拡大していることから、シンプルに契約選手を増やすことによって大会で選手やシューズの露出が増えるのであるが、アシックスはそれをこの1年間でやってのけた印象である。

スクリーンショット 2021-11-09 13.25.39

マドリードマラソンのインスタグラムより)

アシックスは来年を見据えて現在メタスピードスカイ2とメタスピードエッジ2を開発中であるが、一体どの時期にレースで本格的に使用されるかどうかは見ものである。

今年は大阪国際女子マラソンからびわ湖毎日マラソンの時期にかけてメタスピードスカイのプロトが注目されていたがこの秋の大会でチラホラとメタスピードスカイ 2のプロトがお披露目されている。


ブルックス

ボストンマラソンで終盤まで大逃げをしていたCJアルバートソンの走りが印象的だった今シーズンであるが、ハイペリオンエリート2以降はハイペリオンエリート3の開発に時間をかけているようだ。

DNA FLASH(ブルックス)やHyperburst(スケッチャーズ)は軽いのが特徴である反面、反発弾性が高いようなフワッと弾むような反発性をもっている素材ではないと感じている。

スケッチャーズもそうであるが、ミッドソール素材の改良を進めていかない限りは驚くような反発性というのはこのアルファフライのある時代においては容易に想像できない。

ちなみに阿見ACの選手(田母神、飯島、楠)は駅伝といったロードレースを走っていないため、中距離選手として今後もし1マイルのロードレース等に出るとしたらどのシューズを履くのだろうか?(薄底のハイペリオンか...?)


スケッチャーズ

HyperburstはDNA FLASHと同じく今の時代においてはそこまで反発性が高くない素材である(従来のEVAに比べれば高反発ではあるが)

しっとりとしたこのHyperburstというミッドソールはお風呂マットのような硬さであるが、軽量かつ安定性が高いのでトレーニングでは重宝できる場面は多いと感じる。

スケッチャーズは日本も海外も契約選手 / 着用選手が少ないため開発状況があまり分からないが、ブルックスと同じくミッドソール素材の改良に投資しない限りは今の時代においてバンバン弾むようなシューズには差をつけられている。とはいえ、以前の薄底シューズをまだ履いているような人であればオススメしたいブランドでもある(スケッチャーズのジョグシューは厚底でいいのがある)


ニューバランス

ニューバランスは去年のフューエルセルRCエリートの発売時に、学生や実業団選手数名に手に持たせたSNSでの投稿がいくつかあったが、それらの選手が今はニューバランスのシューズを履いていないという悲惨な状況になっている。

市田兄弟だけでなく今では河合代二も中部実業団駅伝でナイキのシューズを履いているように厚底カーボンシューズというカテゴリにおいてはニューバランスはプロダクトで見劣りする(スパイクは良い製品を作っているが)

駅伝という距離においてはフューエルセル5280のほうが好みという選手も多く学生駅伝や実業団駅伝でRCエリート2ではなく5280を履く選手がこの秋に数名いた。

ニューバランスはこちらの超厚底シューズがリークされているが、前足部のアウトソールのグリップが弱そうなのでレース用ではなくトレーナーという印象を受ける。フューエルセルTCが結構重いので、こちらはどれぐらいの重さになっているかは注目である(結構重いように見える)

(上フューエルセルレベルv3 / 下SUPERCOMP PACER:通称SC PACER)

アンダーアーマー

今年の1月に以下のツイートをしたが、東京五輪でプーマ契約のモリー・サイデルが銅メダルを獲得したので、多少は的を得たツイートだったと思う。

この↑ラスベガスハーフでアンダーアーマー契約選手が履いているのはUAの厚底カーボンシューズであるベロシティエリートのプロトであるが、秋にかけてアップデートが加えられた。

アディダスのボストン10のようにミッドソールが二層になっているように見える。

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Christina Beardenのインスタグラムより引用)

アンダーアーマーはアメリカのフラッグスタッフにダークスカイディスタンスというプロチームを運営しており、女子には全米代表候補を狙える選手がいる。

しかし、日本ではそういった競技力の高いアンダーアーマー契約の長距離選手はおらず、日本で来年以降?にこの厚底カーボンシューズが発売されるのかは謎である。


プーマ

プーマは長距離において東京五輪でサイデルが銅メダルを獲得しただけでなく、アメリカのノースカロライナ州でコーチにアリステア・クラッグを迎えてプロチームを創設(サイデルはコーチのジョン・グリーンと共に別拠点)

選手への投資だけでなく、シューズへの開発にも投資しており、五輪で金メダルを獲得した短距離や跳躍選手だけでなく、プーマが長距離においても今後最も注目を集めるブランドとなる可能性がある。

Fast-R Nitro Elite↓と呼ばれるプロトシューズが11月にリークされたが、ソンドレ・モーエン(今は好きなシューズを履いて練習できる選手)がロングランでこのシューズを履いていたことから一気にリークされた。

ミッドソールは前足部にNITRO ELITE(NITRO PEBA)後足部にEVA。その間の中足部にカーボンプレートが丸出しになっている部分がある。今年はディビエイトニトロエリートレーサーがプーマのガチ用の厚底カーボンシューズであったが、今後も短距離用スパイクを含めてプーマの新製品の動向が気になるところ。

12月の福岡国際マラソンで設楽悠太や村山謙太が着用予定。


オン

オンは経営陣にプロテニス選手のロジャー・フェデラーを迎え、今年の9月にニューヨーク証券取引所に上場。2022年の春には原宿にアジア初の直営店がオープンする予定。

このようにグローバルでの展開を拡大しているオンは冒頭でも触れた通り、欧米やアフリカの長距離のトップ選手への投資も拡大させている。

東京五輪のマラソンにはオン契約の男子3選手:スイス代表のアブラハム・タデッセ、イギリス代表のクリストファー・トンプソン、アメリカ代表のジェイク・ライリーが出場。

トラック種目にもアメリカ・ボルダーのOACから5名が五輪に出場した。

(OACからは男子3名、女子2名が東京五輪に出場)

このようにオンは五輪レベルの選手へのサポート(投資)を積極的に進めているブランドであり、そういった意味では今後も大きな大会での選手 / シューズの露出など期待が持てる。

日本では今のところトップ選手への投資はそこまで大きく行われていないが、先日の九州実業団駅伝で西鉄の河東寛大がクラウドブームエコーを着用していた。

また、クリーンクラウドという環境配慮のEVA成型技術(排気ガスに含まれる二酸化酸素を使用)を開発し石油系資源からの脱却を図る。

また、サブスク型販売方式で話題となったサイクロンは2種類の存在がリークされており、環境配慮型シューズとして知られるがこちらは下のモデルは見た目が厚底シューズとなっている。

その他にもシューズブランドの環境配慮へのアプローチとしては、サイクロンと同じく植物由来素材を使用したリーボックのフォーエバーフロートライドグローやリサイクル素材を使用したナイキのアルファフライネイチャー、アディダスのRun for the Oceans(海洋プラスチック汚染に対するキャンペーン)などが挙がる。


ホカ

ホカはリンコンやクリフトン、クリフトンエッジ、ボンダイXやカーボンXなどアップデートや新製品の開発サイクルが早いと感じるが、日本においては名の知れた長距離の契約選手がいないこともあり新製品が出るたびにインフルエンサーにバラまいてPRというやり方をしている(ナイキやオンのマーケティングとは対照的である)

これまでラバライズドEVAフォームを中心に作られてきたホカのレーシングシューズであるが、↑のツイートによれば現在はまた別のフォームの開発をしているようだ。

今ではメジャーとなったゆりかご状のメタロッカー方式のシューズを昔から作っていたのはホカであるし、そろそろまた新しいのイノベーションや新しいミッドソール素材の登場に期待したい。

2022年春に発売されると噂されるマッハスーパーソニックやカーボンX3には新しいフォームが使用されている。


ミズノ

ミズノはアシックスとともに10年ほど前までは長距離選手にとって欠かせない存在であり、レースで使用されるシューズが薄底シューズだった時代の象徴でもあった。それが今では「本気の反撃」と気合を入れて作ったウェーブデュエルネオがナイキにそこまで反撃できず、昨年の箱根駅伝前にPRされた厚底のウェーブデュエルネオSPも空振りに終わった。

ミズノエナジーといった新素材の開発に力を入れているが、製品開発に投資する以外でアシックスに大きく差をつけられた部分が日本以外の選手への投資である。アシックスが欧州、アフリカ、北米と契約選手の数を増やしたのに対して、ミズノは名の知れたトップレベルの国内外の長距離契約選手が10名以上いるという状況ではない。

開発投資のスピード感も必要ではあるが、あまりにも選手へのアプローチが後手に回ってしまっている感じは否めない。誇大広告を打つよりも、水面下で1つ1つ積み上げることは今の時代においてもとても重要なことであり、エリート〜準エリートレベルの長距離選手のミズノ離れが進んでしまったのには原因がある。

今年の夏に発売されたウエーブデュエルネオ2エリートはより軽量になり「トラック公認レースでも履ける」という売りであるが、実際には今年の公認トラックレースの中長距離のレースではナイキのスパイクを履いている選手が大半であり、ミズノの目論み通りに進んだとはいえない。


サッカニー

エンドルフィンプロプラス発売を記念した10kmロードレースがドイツで秋に開催されたが、ナイキのBreaking2やアディダスのロードレースほどの盛り上がりを見せたわけではなかった(単にサッカニー契約選手の数が限られているので)

しかし、日本では今年の全日本大学女子駅伝や実業団駅伝でサッカニーのシューズの着用者がいたこともありジワジワと普及している。

サッカニージャパンのランニングシューズの日本展開やSNSの運営は零細であるが、それゆえにサッカニーの公式アカウントへのDMにも丁寧かつ迅速に答えてくれる(そういった小さな積み重ねはとても重要である)

販売価格が日本では比較的抑えられていることからお財布には優しいブランドではあるが、日本ではナイキやアディダスとは違ってまだまだ契約選手(無償提供のサポート選手も含む)が少なく、営業網を築くのはまだまだこれからのブランドである。

エンドルフィンスピードは2020年発売のランニングシューズではパフォーマンス性能だけでなく、コスパや汎用性を含めた総合点でトップ3に入るクオリティのシューズだと感じている。

ナイキ、アディダス 、アシックス 、プーマといった大手スポーツブランドとは違って会社規模がそこまで大きくないことから研究開発や選手への投資のリソースが限られているが、日本ではジワジワとファンを増やしているようにも見える。

エンドルフィンプロ+が発売されたばかりであるが、次作のエンドルフィンプロ3 ↓は後足部が39.5mmの厚さということでさらなる厚底化がはかられているが、他社の厚底カーボンシューズのアップデート同様にミッドソールをくりぬいている部分があったりして重さは前作よりも軽くなっている。

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