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中長距離走の感覚重視のワークアウトその①:ダイアゴナルズ(Diagonals)とマルチレイヤーワークアウトとしてのファルトレク

中長距離走のワークアウトは、タイムトライアル、レペティション、ショート / ミドル / ロングインターバル、クルーズインターバル、テンポラン、ファルトレク、ロングランなど色々な種類がありますが、この中であなたはいくつのワークアウトで時計を見ずに練習をしているでしょうか。

今回紹介するのはダイアゴナルズ(Diagonals)とマルチレイヤーワークアウトとしてのファルトレク(Fartlek)です。一般的なファルトレクに関しては「中長距離走の感覚重視のワークアウトその②」で紹介します。

これらのワークアウトの特徴は、感覚重視で行うことです。

時計の数字をほとんど気にせず、自分のその時の体調やレベルに応じてワークアウトを遂行することができます。自分の体と対話することによって、良い動きの獲得、感覚を磨くことが重要な目的で、タイムの良さというのはハッキリ言ってどうでもいいのです。

この2つのワークアウトは、マイケル・サンドロック著の

「ランニングタフ」世界の名選手を育てたトレーニング75

には掲載されていないものになるので、これらのワークアウトについては日本語で発信されている情報はかなり少ないのでは無いかと思います。

ポイントとしては

・起伏のあるところ(山や坂など)、または不整地(芝生、土...etc)で走ることを意識する(ワークアウト中にトレーニング刺激を変えるため)

・度重なるペース変化によって、ワークアウト後半に“乳酸のエネルギー産出のための再利用能力の向上"を目指す。また、ある程度血中乳酸濃度が高い状態で“レースの後半”を意識したリラックスした“動きづくり”を目指す

・感覚重視。タイムや走行距離はフィードバックで重視するが、タイムはワークアウト中は(試合期や鍛練期を除いて)特に気にしなくて良い。動きの効率性を高めるために常に余裕のある動きを心がける。

私はこのような感覚重視のワークアウトが最近ではあまり重視されていないように感じています(というか日本であまり認知されていない...)。

例えば、感覚重視でないとすると、ダニエルズのランニングフォーミュラで、Eペースがどうとか、Mペースがどうとか、走る前や走っている時などにどれぐらいで走らないと...、と時計をチラチラ見ながらあれこれ考えすぎているのでは無いでしょうか。

私はジョグやロングランも感覚重視で行う練習だと思っていますが、そのフィードバックに例えばEペースで走れたかどうかとか、心拍数の推移がどうだったとか、という数値や指標を使うべきだと考えています。

だから、時計を見ずに走った結果が、これぐらいのペースだった、ということを後から数字を眺めながら評価していけば良いでしょう。

ジョグについては、以下の記事を書いていますが、こちらも何回かに分けて書きます。

例外としては、特異的なワークアウトやインターバルは設定ペースを見誤ると、トレーニング効果が落ちたりすることがあると思います。ですからペース設定をするときに数字や指標を事前に確認することが大切です。

しかし、この練習においてもやはり感覚を重視することは非常に大切です。特に、1人で練習している人はそうでしょう。

集団で練習していると設定ペースというのがあるので、どうしてもそのペースを基本に走らなければならない、という強迫観念のようなものがありますが、実際には個人個人の目標ペースや感覚というのは繊細で違いがあることを忘れてはいけません。

だから、このような感覚重視の個人練習でのファルトレクなどが大切になってくるのです。

ブラザーコルムとセントパトリック高校の「非ワークアウト」

あなたはケニア・イテンの陸上中長距離の名門校、セントパトリック高校をご存知でしょうか。といっても、私もイテンに行ったことは3回ありますが、セントパトリック高校の中に入ったことはありませんし、この高校でケニアの中長距離の全盛期を築いた宣教師のブラザーコルム(コルム・オコネル)コーチに会ったこともありません(彼の運転する車に出会したことはありますが)。

この名門校出身の選手は数多くの世界記録や世界大会での金メダル獲得という快挙を成し遂げているので、詳しく全ては書きませんが、

男子800m前世界記録(1:41.11)保持者:ウィルソン・キプケテル
男子800m現世界記録(1:40.91)保持者:デイビッド・ルディシャ
現10kmロード世界記録(26:24)保持者:ロネックス・キプルト
現15kmロードU20世界記録(42:00)保持者:マシュー・キメリ

あたりでしょうか。みんな速すぎですね。。。

さて、彼らの高校時代のワークアウトの1つにダイアゴナルズ(Diagonals)というものがあります。ワークアウトと言いましたが、彼らにとってはいわゆるポイント練習にはカウントされず、練習後の流し、もしくは流しの連続のような感覚を40分ぐらい連続でやっているようです(だから、ポイント練習ではないらしい)。

Diagonalsとは“対角線”という意味です。長方形でも正方形でも四角形の角と角を結ぶ対角線というのがありますね。その対角線上に流しをするのがダイアゴナルズです。

※ダイアゴナルズのことをクロス(CROSS)と呼んだりもします。

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これはある400mトラックの中の芝生ですが、この斜めの区間の120mの流しの連続がダイアゴナルズです。リカバリーは横線の区間をかなりゆっくりジョグしてつなぎます。

ケニアではイギリス領であったことから、サッカーのプレミアリーグの人気が高く、ほとんどのランナーがサッカー、特にプレミアリーグを見るのが好きです。そのようなことから、サッカーはケニアでは人気のスポーツで、現にプレミアリーグに所属している選手もいましたし、ケニア北西部のヴィクトリア湖の湖畔の街のキスムではお金持ちの子供がサッカーをするのです。

さて、イテンでもフリーマーケットの横でサッカーコートがあって、サッカーの試合などが行われているのですが、大迫傑選手がインターバル走を行っていたトラックの脇でもサッカーをしている青年がたくさんいます。

ダイアゴナルズのワークアウトはこういったサッカーコートの中の四角形を使って通常行われます。そして、疾走区間にあたる斜めの対角線上は、彼らが何人もそのワークアウトをやっているので、トレイル(人が通ったり走ったりした跡 ※砧公園のクロカンコースのような轍)になっています。

このダイアゴナルズは不整地で行ってください。ロードでやると危ないです。

このワークアウトはブラザーコルムが開発したと言われていますが、イテンでは伝統的なワークアウトです。

ダイアゴナルズのやり方

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・400mトラックの内側の芝でやるなら
斜めの疾走区間は約120mで横のリカバリーは約60-70m(1周360-380m)
サブ3レベルなら120mを18-20秒ぐらい、サブ4レベルなら22-25秒ぐらいで走り、リカバリーを40-50秒ぐらいで。芝生か土のサッカーコートのような場所であればどこでも良い。タイムは目安であり、いちいち測らなくて良い。

・30-40分間の有酸素+解糖系ワークアウト
セントパトリック高校の事例
・15分程度のアップ
・序盤の疾走区間は100m16秒ペースで始まり、次第に14秒台に上がっていく(彼らの競技力は高い)
・疾走は最大努力ではなく、流し(90-95%)のように行う。
・この30-40’Diagonalsはポイント練習に含まれず、ポイント練習の中日に行われる(週に1回、多くて2回)
・サブ3ぐらいのランナーであればジョグはゆっくりで、リカバリーの60-70mを45秒でジョグ。120mを19秒からはじめて、17秒台まで上がる。
・疾走区間やリカバリーのタイムはあくまで目安であって、ハードエフォート(キツめの強度)で継続して行うことが重要である。
・セントパトリック高校のイアン・キプロノのコメント
「ハードなSpeed Enduarace Trainingのように、筋肉を疲労させることが目的ではなく、30-40分間走りきれる走速度で疾走することによって筋肉にその刺激を慣らすことが目的」(乳酸再利用の促進+解糖系ワークアウト)

(30分間で400mトラックの内側のサッカーコートでDiagonalsをやるなら14-15セット120mを疾走することになる=対角線の120mの疾走合計28-30回)

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↑実際にやると、GPSの跡は♾無限マークになります。ペースの変化、心拍数の変化も波状になります。流しの連続です(これは300mトラックの中のサッカーコートの芝生の上で走ったもので、40分間で60回ぐらい90mほどの疾走を繰り返している)。

【走行距離】※対角線の疾走距離が120mの場合
エリート選手
1セット2分、15-20セット(30-40分間)=5.7-7.6km

サブ3レベル
1セット2:05、14-19セット(30-40分間)=5.3-7.2km

1セットは無限マークを1周すること(120mの疾走×2回)


・裸足で行っても良い
芝生などの不整地でのワークアウトのため、裸足で行って接地の感覚を養うのも良い。

・流しとして行うやり方
トラックでジョグをすることがあるなら、ジョグの後にトラックでの流しではなく芝生で行うということでDiagonalsを取り入れても良い。
・流しのように週に1-2回、ジョグなどの後に計10分間行う(4-5セットぐらい)
1セット2分程度×5セット=1.8km程度(疾走区間120m、リカバリー60mなら)

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(12分間ダイアゴナルズ、100m×18本、リカバリー短め)

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このワークアウトはリディアードシステムでいうところのシャープナー(50/50)に近い動きですが、不整地の上でやるということが違います。また、♾無限マークのように対角線を疾走せずに、サッカーコートの周り(長方形)の直線を疾走して、リカバリーをしての連続でも行えますが、対角線を走るよりも疾走の区間は短くなります。


ダイアゴナルズのメリットとデメリット

メリット
・不整地でのスピードの出し方、接地の仕方、地面を押すことを養う
・感覚重視の走り方が身に付く
・レースに近い走速度で、レースの中間走や後半の疲労度に近い動きが体感できる
・乳酸の再利用を促す
・スパイクを履かない解糖系ワークアウトができる(脚に優しい)

デメリット
・慣れてないと普通にキツい(笑)
・サッカーコートで走れるところがあんまりない...^^;

どちらかというと、メリットの方が多いと思いますが、学校のトラックの中であればサッカー部が練習していない時などにやるのが良さそうですね...

富士通の長距離もこのワークアウトを行っています。チームにはべナード・キメリというケニアのイテンで競技を練習を積んだ選手が所属しているので、もしかしたら彼から伝授されたのかもしれません。

にしても、こんな広大な芝生で練習したい!(またケニア行きたい...!)


「マルチレイヤーワークアウト」としてのファルトレク

Diagonalsの次は「マルチレイヤーワークアウト」(Multi-layered workouts)としてのファルトレクを紹介します。

ファルトレクといえば、スピードプレイとも言いますが、10×3'on/1'offといった一定時間の疾走と緩走の繰り返しのワークアウトで、時計を見るよりも自分の走りの感覚に基づいて走っていくことを重視します。

また、不整地や起伏のあるところで行うことを意識します。これは、ペース変化を与えつつも、路面や起伏の変化によってもトレーニングの刺激が変わることを意味します。つまりは、ペースを変えるか何らかの方法で、疾走しながら強度が微妙に変わってくるのです。

インターバル走との違いは、タイムをほとんど気にしなくて良い、ということです(試合期や鍛錬期はあながちそうでもないけど)。

マルチレイヤーというのは何層にもなって重なっているという立体的なイメージで、例えば商業ビルのフロアを俯瞰してマップで見てみたり、ケーキが何層にもなって重なっていたりと、平面的ではなく、その構造を立体的にみていくのです。

ランニングのワークアウトが何層に分かれているか、というのは例えばファルトレクの中でペース変化が何種類あるかということに置き換えられます。

私が参考にしているトム・シュワルツコーチのクラシックワークアウトにこのようなロングランがあるのですが、ロングランの中で後半がファルトレクになる80分程度ワークアウトを指します。

ここで、重要なのは彼の提唱するCVペース(90%VO2Max=10000mレースペース)をどのようにこのワークアウトに組み込むか、です。

この走速度のワークアウト(CVインターバルなど)の目的は、速筋線維のTypeIIa(中間筋)に刺激を与えるものですが、そこまで高くない努力度のため、故障の予防や、心理的なメリットがあります。

ティンマンのマルチワークアウトでは、このCVペースもしくはテンポペース(Threshold=閾値ペース)での3分間走を30-40程度の遅くないジョグの後に組み込み、その後、150-180mほどの※坂ダッシュ(800mペースぐらい)、100mのスプリントという組み合わせのロングランを行います。
※150-180mの30秒間のリピートは、故障を防止することと、接地の良い感覚を養うために上り坂でやることをオススメします

【コーチ・ティンマンのマルチレイヤーワークアウト】

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ロングランという練習の中に、ジョグペース、CVまたはTペース、流しのペース×2種類を組み込んでいくので、何層にも渡ってロングランを構成しているということになります(途中でリカバリーを取りすぎないで全てを流れで連続的にやることを意識してください)。

この練習の目的は乳酸再利用能力の向上(乳酸をエネルギーとして再利用する能力)、血中乳酸濃度をジワジワ高めていき、レース後半の疲労状態に近い状態で速い走速度に上げていく。感覚重視で時計を見ない。良い動きを獲得するために「動きが綺麗でしなやかになっていく感覚」を得るために自分の感覚に基づいてペース設定できる。

上のダイアゴナルズと似ていますが、ロングランなので、80分程度走るというところが根本的に違いますし、全体を通して解糖系のワークアウトではないです(有酸素代謝が全体のメインになります)。

マルチレイヤーワークアウトとしてのファルトレクはレナート・カノーバコーチのファルトレクでも良く使われるのですが、彼のメニューの場合はどちらかというと特定のペース(例えばレースペースやラストスパートのペース)での動きやペースの持続を重視しているように感じます。

例【ティンマン】トータル17-21km程度(65-90分間)
・30-40分間ジョグ
・ → 3分間走×5-7本(CV-閾値ペース)R1'
・ → 30秒間上り坂走×5-7本(800m-マイルペース)R30"-1'10
・ → 15秒間走×5-7本(全力ではない)R'30
※夏期は給水などのために(あとは移動のジョグなどで)セット間に数分間のリカバリーを設けるが、基本的には連続的に行うことを意識する

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(ティンマンのマルチレイヤーワークアウトでの心拍数の推移。↑3分間走は起伏のあるコースで行ったのでハーフマラソンペースで実行)

例【カノーバ】トータル16-21km程度(60-90分間)
・ウォーミングアップ(15-20分程度)
・ → 3分間走×8-10本(ペースはその時で様々)R1'
・ → 30秒間走×8-10本(ペースはその時で様々)R30"
・ → 15秒間走×8-10本(ペースはその時で様々)R'15
※専門種目にもよるが、期分けの後期ではレースペースを意識する(=疾走時間が調整される)。セット間のリカバリーはその時々で減らしたり増やしたりと調整される。

【補足】
どちらもあくまで一例なので、この通りのメニューを行わなくてはならないわけではない。専門種目や競技レベル、性別、年齢などでメニュー内容は調整される。


集中しているとすぐ終わるのが良い

私はこのロングランを月に1回、最近計3回行いました。後半からは集中しなければいけないので、すぐに終わります。私の最近好きなワークアウトの1つですが、動きを重視するのでとても重要な練習だと思っていますし、様々な走速度で走るのですが、理想はどの走速度でも同じようなフォームで走れるようになることです。

よく、ジョグと流し、ジョグとレースが同じような動きで走れていると良いと言いますが、このワークアウトではまさにそれを感じることができます。後半はペースが上がるので、そこそこ走速度を上げれるシューズで行うのが良いでしょう。

Diagonalsも同じで、タイムを出すことが目的ではないので、厚底シューズを履いてこれらのワークアウトをやるのは、レースが近くなってきている時以外は本来の目的からは逸れます。最近だとウェーブデュエルネオ、メタレーサー、アディゼロプロといった中厚底ぐらいのクッションと反発性ぐらいがちょうど良いのではないでしょうか(元祖ブースト系もオススメ)。
※この記事は2020年7月に書いています。

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心拍数はダイアゴナルズやファルトレクと同じように変動していきますが、マルチレイヤーワークアウトは何層にも渡って、様々な走速度の練習を連続的に行うので(これ大事!!)、
・40分ジョグ
・1000m×7本 R1' 
・流し200m×7本、100m×7本
という練習ではありません。これを休みをほとんど挟まず継続していくので、ロングランとして扱いますし、大事なのは区間ごとの走破タイムではなく、良い走りの感覚を養うことと全体の平均ペースになります。

例えば、今日私が行ったこのワークアウトは21.4km, ave.4:05/km 1:27:33でしたが、これが同じメニューでトータル22.5kmになったり、ave.3:55/kmとかになってくると調子が良くなった証でしょう(秋冬にはもちろんそうなるのですが)。

同じメニューのファルトレクを年間通してやるときは、トータルの走行距離や、走速度の平均が速くなってればクオリティが高いのかもしれませんが、1番大切なことは動きのクオリティです(主観的でもいいし、コーチが見ているなら客観的にも動きのクオリティを捉えてください)。

あなたが余裕のある動きで、どれだけで長く走り続けることができるか、ということを試すには最適のワークアウトです。

そして、いつ何時も時計を見ないようにしましょう。ケニア人がいつもそうしているようにペースは適当でいいのです。ポーラ・ラドクリフもエリウド・キプチョゲもデイビッド・ルディシャも、時計を見ずに感覚的に走ることを重視しています。

あなたの体のおもむくままに、時計を見ずに自分の体と向き合ってください。

【自分の走動作の主観について】

次回は中長距離走の感覚重視のワークアウトその②として、ファルトレクのバリエーションと、それぞれの目的について書いていきたいと思います。

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