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テレワークの勘所

新型コロナウイルスで多大な苦労をされている方々が多くいらっしゃると思います。僕の勤める地方企業でも試行錯誤しながらテレワークが始まりました。少しでもうまく回るよう、テレワーク導入のヒントを研究論文から漁ってみました。少しでもみなさんの参考になればうれしいです。

1.アフターコロナを考えて

僕はテレワークを初めて、3週間ほどが経ちました。考える系のことは誰にも遮られることがないので、思っていたより仕事が進みます。「意外にテレワーク大丈夫じゃん!」と感じている方も周りに多く、これまでの顔を突き合わせての面談・打合せは本当に価値あるものだけに許される特権・貴重なものになっていくんだなぁと感じています。
相手の貴重な時間を奪うだけでなく、ソーシャルディスタンスを考えてウェブ上での打ち合わせが一般的になっていき、会社で面と向かって同僚と仕事する回数も減っていくかもしれません。欧米の企業や日本でも先進的な企業はずいぶん前からテレワークを導入され、その知見をたくさん蓄積されているんだと思います。外部環境によって止む無くテレワークを導入し試行錯誤の企業がある中、これまでの研究をいくつか漁りテレワーク制度の導入に参考になりそうなものをまとめてみました。ヒントになればうれしいです。

2.テレワークに適する仕事/適さない仕事

全ての業務がテレワークに適しているとは言えません。現在の日本の技術や制度では宅配やレストランの配膳などは物理的にテレワークが難しいでしょう。
一方でテレワークに適するのは、アウトプットの測定が可能で、自ら業務をコントロール可能な職種です。具体的には管理、IT、金融、営業、マーケティング、知識労働者などが該当します。これまでの研究では業務指示書が明確になっている欧米系企業が多いので、日本にそのまま当てはめることは難しいかもしれません。既存業務の分析・テレワーク可否判断が求められると考えます。
他者と調整しながら補完しあって進める業務、新製品プロジェクトなどのイノベーションが必要な業務はテレワークだけではうまく回りません。対面とテレワークの適度なバランスが重要です。特にプロジェクトスタート時には積極的に対面で意思疎通を図ることで、テレワーク移行時でも成果が上がりやすいと研究されています。

3.テレワークのメリット

①従業員の仕事満足度が上がる
テレワークは週に15.1時間までであれば、従業員の仕事への満足度は上がりますが、それを超えると満足度が横ばいになります。個人にとってもテレワークと対面の適度なバランスが重要です。
テレワークをしていると家の人以外と話さない日がざらにあったりするので、満足度が下がるのかもしれません。

②従業員の満足度を上げる方法
単純にテレワークを導入すれば満足度を上げられるものではありません。満足度を上げる仕組みも必要になってきます。具体的には、
・会社の技術的・人的資源のサポートがある事
・上司がテレワーカーを信頼していること
・職場で他の人がテレワークに関する研修を受けていること
・勤務時間中に家族とのやり取りが少ないこと
注意が必要なのは、これまでの研究は「自らテレワークを行い、会社もテレワークを認めている」優秀な社員を対象にしたものです。彼らは自律的に仕事をする専門家で業績も良く、上司からの信頼はもともと持ち合わせていたのでしょう。顔を見合わせず業務を行う以上、部下に仕事を任せなければテレワークは回りません。上司が部下を全面的に信頼する腹づもりが必要といえるでしょう。

③テレワークと企業のパフォーマンスの関係
テレワークを導入した結果、企業のパフォーマンスは上がるでしょうか。パフォーマンスをイノベーション、労使関係、顧客関係、取引先との関係、生産性、満足度、離職可能性で見た研究では、必ずしも在宅でのテレワークが良い結果にはなっていません。
 スペインの企業を対象にした研究では、テレワーカーの割合が多い企業ほどパフォーマンスが良い結果となっています。中国を対象にした研究ではテレワークをしているコールセンター社員の方が生産性が高いとしています。
 医療事務を対象にしたテレワークでは、A.自宅とサテライト勤務を選べる、B.メインオフィス/自宅/サテライト勤務を選べる、C.メインオフィス勤務のみ、D.メインオフィス/自宅勤務を選べる、E.自宅勤務のみの5つのグループに分けたところ、もっともパフォーマンスが悪いのがE.自宅勤務のみのグループという結果になりました。また、C.,E.よりもA.B.の方がパフォーマンスが良い結果となりました。
 職種や国も違う対象のため、普遍的な事は言えませんが従業員自身が勤務する場所を選べることが企業パフォーマンスにとって最も良い結果をもたらすのかもしれません。

④そのほかのメリット
 在宅によるそのほかのメリットとしては、出社人数減少によるオフィス賃料の低減・光熱費の削減、企業の組織変革や柔軟性に役立つ、外注化の加速、クリエイティブ業務の生産性が11%~20%向上するといったものです。

4.テレワークのデメリット

 テレワークも必ずしも良いことばかりではありません。デメリットとしては、仕事上の孤立が挙げられます。日々上司や同僚と顔を合わせていないので、大事な情報が入ってこない不安感、同僚とは異なる評価をされるのではないかという疑心暗鬼などが出てきます。これを払拭するためにも、定期的な対面での面談や、チームでのウェブ会議などを開催する必要があるでしょう。加えて、評価の仕組みも在宅/非在宅で不公平が出ないような形に変えていく必要があるといえます。
 また、ルーチンや単純業務を在宅で行うと、生産性が落ちる研究結果もあります。テレワークの導入を契機に、単純業務の外注化も併せて検討することがトータルでパフォーマンスを上げていく結果になるのかもしれません。

5.テレワーク導入の意思決定

 自社の業務は在宅ワークに適さないと考えられる企業、上司もいらっしゃると思います。在宅を採用するか否かの動機を調査した研究では、87の企業・組織のうち、「人材のニーズにこたえる」、「生産性・品質の向上」、「オフィスのスペース改善と事業規模に応じた拡大・縮小の両立を可能にする」といったポジティブな意味合いで導入を決定しています。また、92%の組織が特定の従業員のニーズに合わせて制度を導入しています。今後、多くの企業でテレワークが当たり前になった場合、優秀な社員を引き留める手段としてテレワークの導入が必要になるかもしれません。
 導入しない理由としては、「職種が適さない」、「管理に懸念」、「セキュリティや責任問題」を上げています。2002年の研究結果と現在導入が難しい理由として巷で言われている内容が非常に似ています。20年近くたって、Zoomを含め様々な技術革新が行われていることを考えると、ソフトウェアを使うことで克服できる事が多くあるように考えられます。
 また、テレワークを導入する組織は、ICTを積極活用し、社員へICT研修、研究開発やイノベーションへの投資に積極的な傾向があります。いまだに紙文化の根強い日本企業にとって、ITリテラシーの低さが一つの壁になっているのかもしれません。

6.導入のプロセスと必要な評価

 従業員だけ、一部の管理職だけでテレワークの導入をするのではなく経営陣がテレワークを指示・表明する事が最も重要です。対面での業務を重要視している企業の場合、それまでと異なる文化を受容し対応をしていかなくてはなりません。文化の変革はオペレーションではなく経営陣しか変革することができないためです。
 指示の上で、テレワークルール、モニタリングと共通の評価項目を策定して全社的に運用を行う事が必要です。ルール作りでは、テレワークをしない・できない従業員も必ず加えて設計することが必要です。「自分(達)はテレワークできないのにずるい」という気持ちにならないよう、オフィスで働く人にも納得感のある設計を心掛けねばなりません。同僚の間でテレワーカーに関する不満があると、テレワーカーが責任をもって仕事に取り組むことができなくなってしまいます(仕事に対するコミットメントが低下する)。
 テレワークの評価項目としてKPMGでは「仕事量・生産量」、「在宅勤務者の満足度」、「顧客満足度」、「同僚・チームの満足度」、「同僚・チームへの影響」、「仕事の質」、「業務プロセスの再設計」、「勤怠・時間厳守」、「モラル・忠誠心」、「離職率」、「採用」、「広報」、「キャリア開発」の内、最低一つは導入する必要があるとしています。

7.新型コロナウイルスに前後してテレワークを導入した日本企業

 一橋大学の調査によれば2020年4月8日の緊急事態宣言以降、約70%の企業がテレワークを導入しています。また多くの企業が在宅ワークの負の影響として、「従業員への意思伝達が難しくなった」、「仕事上でのストレスを抱える従業員が増えた」、「部署間の連携がとりにくくなった」、「従業員同士の意思疎通が難しくなった」と回答をしています。これまでに紹介していた欧米の企業を対象にした研究と近しい現状があるのだと思います。

8.終わりに

 本格的なテレワークがスタートして約1か月。少しずつ課題も浮き彫りになり、今後会社としてどのようにルール作りをしていくか考え始める必要が出てきています。過去の研究から見出された課題や正攻法をもとに、各社に合った仕組みづくりが進む一助になれば幸いです。

参考文献
Allen, T. D., Golden, T. D., & Shockley, K. M. 2015. How Effective Is Telecommuting? Assessing the Status of Our Scientific Findings. Psychological Science in the Public Interest, 16(2): 40-68.

Bailey, D. E. & Kurland, N. B. 2002. A review of telework research: findings, new directions, and lessons for the study of modern work. Journal of Organizational Behavior, 23: 383-400.

Dutcher, E. G. 2012. The effects of telecommuting on productivity: An experimental examination. The role of dull and creative tasks. Journal of Economic Behavior & Organization, 84(1): 355-63.

Martinez-Sanchez, A., Perez-Perez, M., De-Luis-Carnicer, P., & Vela-Jimenez, M. J. 2007. Telework, human resource flexibility and firm performance. New Technology Work and Employment, 22(3): 208-23.

Yu, R. R., Burke, M., & Raad, N. 2019. Exploring impact of future flexible working model evolution on urban environment, economy and planning. Journal of Urban Management, 8(3): 447-57.

原康史 他(2020) 「新型コロナウイルス感染症への組織対応緊急調査:第一報」 一橋大学イノベーション研究センター ワーキングペーパー

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