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『ロイヤルホテル』は監督の手腕が輝く一品!そして地獄にまつわるシビアな現実が見えてくる【映画感想】

あらすじ

ハンナと親友リブはオーストラリア旅行中にお金に困り、荒野に建つ古いパブ「ロイヤルホテル」に住み込みでバーテンダーとして働くことに。しかし彼女たちを待ち受けていたのは、飲んだくれの店長や粗野な客たちが起こすパワハラやセクハラ、女性差別の連続だった。楽観的なリブは次第に店に溶け込んでいくが、真面目なハンナは孤立して精神的に追い込まれ、2人の友情は崩壊していく。

https://eiga.com/movie/101577/

レビュー

TBSラジオ『アフター6ジャンクション2』の人気コーナー【週間映画時評 ムービーウォッチメン】課題映画になったので感想メールを送りました。このレビューはそのメールの全文です(若干の加筆修正あり)。

以下、作品の内容に触れています。あまり事前情報を入れずに映画を鑑賞したい方は映画鑑賞後にご一読くださいませ。 


キティ・グリーン監督おそるべし!


『ロイヤルホテル』見ました。

前作『アシスタント』で培った方法論を、キティ・グリーン監督の故郷であるオーストラリアに持ち込んだ結果、えげつない生き地獄となけなしの爽快感を観客に体感させる作品になっていました。監督の進化を感じさせる一本でした。

前作『アシスタント』と一貫するメソッド


前作と共通する方法論とは、ある種のジャンル・ムービー的な枠組みを活用しながら、ハラスメントや搾取の構造を、直接的な描写を回避しながらも確実に観客に体感させることです。そしてその搾取構造に最初は「適応」しようとするものの、コップの水がいつのまにか溢れてしまったときのように、気がついたときにはもう限界を超えていた、手遅れだった。そんな作風が前作と今作に共通して見られると思います。

前作『アシスタント』は『プラダを着た悪魔』のような「お仕事映画」的なメソッドでキラキラした世界を見せることも可能な設定ですが、特に女性が味わうケースが多いであろう地味な嫌がらせや過酷な労働環境になんとか「適応」しようとする人物が主人公でした。

本作も「旅先で若者が大変な目に遭う物語」という部分だけだと手垢のつきまくった映画になりそうですが、トーカッターもイモータン・ジョーも出てこないのに、オーストラリアの田舎にある粗暴なコミュニティと酒場そのものが、主人公たちに他の映画ではなかなか味わえない恐怖を与えていて、そこが斬新だと思いました。

地獄にあなたは適応する?適応しない?


本作では親友のリブ(ジェシカ・ヘンウィック)は異常な環境になるべく馴染もうとするアプローチで「適応」しようとします。対してハンナ(ジュリア・ガーナー)は「適応しない」というスタンスでは一貫していますが、何も変化を起こせない無力感を味わうことになります。

この作品が突きつける最も残酷な現実は「適応」を選んでも「適応しない」を選んでも環境が地獄なら地獄であることに変わりない、ということでしょう。

キティ・グリーン監督は比較的短い上映時間の中、観客の感情をコントロールする手腕に長けており、クライマックス直前で「地獄のドン底」をしっかり見せつけてくれます。『アシスタント』ではようやく決意した主人公が人事部に掛け合ったときのやりとり、『ロイヤルホテル』では親友のリブと決定的な仲違いをしてしまう瞬間、など、「異常事態が少しは改善するかも・・・」と予感させたあとにきっちりドン底に落としてくる、という演出が非常に見事だと思います。

あまりにもつらすぎる結末の『アシスタント』に対し、『テルマ&ルイーズ』のようなブッ飛ばして終わるラストは賛否がわかれているようですが私は肯定派です。あのあと二人は荒野を彷徨うことになると思うと決して完全なハッピーエンドとは言えないでしょうし、仮に故郷に戻れてもまた別の地獄を見つけるだけかもしれません。しかし奴らが少しでも痛い目をみてもらわないと納得できないという多くの人々のために、それこそジャンル映画的なやり方でスカッとさせてくれるのはアリだと私は思います。

この路線で三部作になりそうだということなので、次の作品も非常に楽しみです。

※あとがき※


本作では酒場で酔った野郎どもがいかに制御不能かを示すシーンで溢れていますね。多くの映画で「飲酒」は悪しき行為として描かれているのですが、私は某メーカーにて「アルコール飲料」を製造することで生計を立てており、このような描写がある映画を見るといつも居心地が悪くなります(だからといって映画の評価を下げるなんてしませんが)。

私も職場で大変なストレスを抱えたとき、マッチを一本擦ったらすべて終わるのか・・・と思うことはありますが、ダメです。絶対にダメです。映画では余裕で脱出していましたが、おそらくウォッカほどの度数があれば逃げる余裕なんてないですよ。

でも、こういうことが成立してしまうのが映画の魅力ですよね。

「お酒」は動物としての「ヒト」と、文明を築いてきた「人間」の違いを感じられる重要な文化だと本気で思っています。お酒に飲まれてダメになってしまう「業」はとても人間的で、人間って単なる動物じゃないよね(≒人間なめんな!)って個人的には思うのです。そして「いや、お酒に飲まれちゃダメじゃん」と自制心が働くのもまた「人間らしさ」ではないですか。

重要な文化だからこそ、飲めない人に無理やり飲ませるとか、イッキ飲みのような野蛮な行為はよくないし、劇中の人物たちのような振る舞いはよろしくないのです。

それはそれとして、お酒が起爆剤になって映画の登場人物に極端な行動を促したり、景気よく何かを大爆発させたりするのは私個人としては全然アリです!もちろん映画の中だけの話ですが・・・。


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