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【映画感想】『ミッシング』

あらすじ

沙織里の娘・美羽が突然いなくなった。懸命な捜索も虚しく3カ月が過ぎ、沙織里は世間の関心が薄れていくことに焦りを感じていた。夫の豊とは事件に対する温度差からケンカが絶えず、唯一取材を続けてくれる地元テレビ局の記者・砂田を頼る日々。そんな中、沙織里が娘の失踪時にアイドルのライブに行っていたことが知られ、ネット上で育児放棄だと誹謗中傷の標的になってしまう。世間の好奇の目にさらされ続けたことで沙織里の言動は次第に過剰になり、いつしかメディアが求める“悲劇の母”を演じるように。一方、砂田は視聴率獲得を狙う局上層部の意向により、沙織里や彼女の弟・圭吾に対する世間の関心を煽るような取材を命じられてしまう。

https://eiga.com/movie/99212/

所感

アトロク2の課題映画だったので感想を送ったのですが、不採用となってしまったメールの紹介です。noteでお焚き上げです。

吉田恵輔作品は『ヒメアノ~ル』以降『BLUE/ブルー』を除いて全てなんだかんだで劇場で見てきました。映画作家の中には「常に新しいことにチャレンジするタイプ」と「同じテーマを一貫して描きつつブラッシュアップするタイプ」があると思いますが、吉田さんは間違いなく後者かなと思います。

採用には至りませんでしたが、『シークレット・サンシャイン』への言及があったのは嬉しかったですね。また吉田作品の一貫性については宇多丸師匠と重なる主張だと思っていて、宇多丸さんの評と自分の感想が重なる部分が多いと感じられたときはやっぱり嬉しいものです(といってもこれくらい誰でも思いつくことのような気もしますが)。

しかし「宇多丸氏の評論=正解」という思考はあんまりよろしくないですよね。そんなものは師匠も望んでいないでしょう。宇多丸さんと真反対の主張をしたとしても、自分なりに納得できるものが書ければそれはそれだと思っています。そういう文章が書けるように精進したいものです。

送ったメール全文


以下、作品の内容に触れています。

あまり事前情報を入れずに映画を鑑賞したい方は映画鑑賞後にご一読くださいませ。

『ミッシング』見てきました。吉田恵輔作品のエッセンスが絶妙にブレンドされた、大変見応えのある一本でした。しんどい作品なのは間違いないですが、人にカッコ付きで「面白かった!」とオススメできる映画だったのではないでしょうか。

「過酷な現実にどう折り合いをつけるのか」は吉田恵輔作品に一貫するテーマであり、本作でもそれは当然突きつけられてきます。しかし子どもが失踪したまま見つからず、「まだ希望はあるかもしれない」状態が延々続くため、折り合いのつけづらさでいえばあの傑作『空白』よりもさらにエゲツないと言えると思います。それためか、ちょっと不謹慎にも笑える要素が随所に見られ、バランスをとろうとしている意図があったのではないかと思います。

細かいディティールにまで言及するとキリがありません。石原さとみが「EVERYTHING WILL BE FINE」と書かれたTシャツをずっと着ているのが意地悪だなあとか、まったく中身のない口論をしている町の人々とか、笑っちゃいけないんだろうけどなんか笑えてくるという仕掛けが多々ありました。白眉はなんといってもロングインタビューのシーンで思わずカメラマンが発した「虎舞竜・・・?」ですね。

夫と妻、記者とカメラマン、姉と弟など、本作でペアとなる関係の人物たちの多くは、片方は「頭に浮かんだことをすぐ口に出すタイプ」で片方は「言いたいことを口に出せずに飲み込んでしまうタイプ」になっており、これも吉田恵輔作品の過去作にも見られるキャラクターづくりだと思いました。また意外な人物の意外な一言に「虚を突かれる」「救われる」というのも過去作に共通するエッセンスだと感じます。吉田監督のキャラクターづくりはいつも絶品だなと感服させられます。

メディアを通じて「盛る」ことの批評的視点は「神は見返りを求める」、SNSでの下世話な好奇心への批判的態度は「空白」、きょうだいの微妙な関係性は「犬猿」、とてつもないショックを受けたときに人間がやってしまう生理的反応(失禁)は「ヒメアノ〜ル」などなど、私が見てきた吉田作品のエッセンスがどことなく見え隠れする一本でした。

他にも過去作との類似点を挙げられる一本ですが、不思議なことにいわゆる「吉田作品の集大成」のような印象を受けませんでした。もちろん吉田監督がまだお若いのもその理由のひとつですが、今回は光を使った演出が見事でそれが「新しい」と思えたからかなと個人的に思っています。画面が美しいのはもちろんのこと、「希望の光」はまだ残っている、と示唆するエンディングもメッセージとして見事だったと思います。

石原さとみ演じる母親は、娘の失踪というあまりに受け入れがたい現実を前に何かにすがろうとする。それは「見なきゃいいのに見てしまうネットの掲示板」への反撃だったり、別のこどもの失踪事件への支援だったり、スクールボランティアだったりするわけですが、何にすがっても現実は変わらず娘は戻ってきません。「神も仏もいないのか」という残酷な現実の中で、しかしそれでも一筋の光が奇跡のように美しいと思える瞬間が彼女にも訪れます。こういった演出と、「こどもがある日突然いなくなった母親の物語」という点で、私はイ・チャンドン監督の大傑作「シークレット・サンシャイン」を想起しました。

安定して面白い作品を量産する吉田監督の凄さを感じつつも、まだまだ次はもっと面白い作品を作ってくれるに違いないと期待させられる、そんな映画体験でした。

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