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映像感想文『ラーゲリより愛を込めて』

シベリア抑留の実話を元にした作品で、主演は二宮和也。
前半の演技、特に好きだった。僕は、二宮くんの演技好きで戦争映画の中で普通の人を演じる時、すごく胸にグッと来てしまう。普通の人があんな所で戦ってたんだと言うことをまざまざと見せられて苦しくなる。

「硫黄島からの手紙」でのパン屋の演技も良かった。戦地に来る前は普通のパン屋として、普通の青年として、戦地に行っても尚、普通の感覚を捨てきらなかった。

「ラーゲリより愛を込めて」の中でもそうだった。
彼の演じる山本は、人間を捨てさせる戦争の中で、人間であることを辞めず、人間として生きて、亡くなった。
普通では無い状況下で、普通の感覚を維持することはどれだけ大変だったろうか。そう強く感じる程に抑留生活は厳しいものに見えた。

他の俳優陣も良い演技だったと思う。
桐谷健太は、嫌な役どころだったと思うが、とても相沢という男をうまく演じていた。ラスト、山本の妻に遺書を届けるが、相沢が妻宛の遺書を持ってくるなんて、たまたまかもしれないが、あの時の原の采配は素晴らしいと思う。
安田顕の演じる原も良かった。安田さんって変態っぽい演技も上手いけど、こういう役もハマるなと思ってしまった。
みんな素晴らしかった。

作中で歌われる「愛しのクレメンタイン」そして時々語られる、ロシア文学。
ロシア文学が好きだった山本、何度も読んで憧れていたと。戦争が終わってなお、抑留される日々に「この機会にソ連という国をしっかりこの目で見ておこうと思って」と言えるのはすごいことだと思った。あの環境下で、こんなにも正気で居られるなんて、なんて人だ。

何度も営倉と言われる箱の様な南京虫の蔓延る独房に入れられても、山本は希望を失わない。
そして営倉から戻ってきて「愛しのクレメンタイン」を歌う。

「なんでアメリカの歌なんですか?ロシアが好きなんじゃ無いんですか?」

同じく抑留生活をする仲間にこう質問され

「美しい歌に、アメリカもロシアもありません」

と言う。
こういう人が多ければ、あんな悲しい戦争なんて起きないんだろうなと少し思った。
文学も音楽も、ありのまま、感じたまま、楽しんでいた山本はあの時代では珍しい人だったろうと思う。

戦争映画を観るといつも思うけど、現代に生まれて来た僕は幸せだなと。僕は今でもこんなんなのに、あの時代に生まれて、僕は山本のように生きることが出来ただろうか。
人間として、希望を失わず、絶望の淵にあっても、取り乱すことなく、未来のために、書いていた。あのノートの中身を知ることは叶わないが、彼の書いた遺書は残っている。内容は、希望があり、未来があり、とても前向きなものだった。
もう、帰国は出来ない、愛する人達に会うことも叶わない。
その中で、感謝を伝え、明るい未来を、その人の幸福を、あんな風に伝えられるだろうか。


〝最後に勝つものは道義であり、誠であり、まごころである。友だちと交際する場合にも、社会的に活動する場合にも、生活のあらゆる部面において、この言葉を片時も忘れてはならぬぞ。
 人の世話にはつとめてならず、人に対する世話は進んでせよ。但し無意味な虚栄はよせ。人間は結局自分一人の他に頼るべきものが無い−−−といふ覚悟で、強い能力のある人間になれ。自分を鍛へて行け! 精神も肉体も鍛へて、健康にすることだ。強くなれ。自覚ある立派な人間になれ。〟


子供たちへの遺書の一文がとても心に刺さる。
こういう精神で、山本は生きていたのかと。だから、あんな環境下でも(実際はもっと劣悪で酷かったと思うが)仲間を思い、愛する家族を思い、愛する祖国を思い、ラーゲリで出会った仲間に希望を与え、皆が変わっていったのだろうと思う。
相沢が山本が嫌いだと言いながらも、山本の遺書を記憶し、届ける場面は、人には人を変える力は無いと思っていたけれど、山本のような精神があり、行動を続ければ、周りの意識が変わっていくこともあることを知り、生き方の大切さを痛感した。

「道義、誠、まごころ」

こういうのを見ると、わがままで生きた方が楽だから、わがままになりたいという気持ちがあるけど、やっぱり、人の為に生きたいと思ってしまう。
しかし、自己犠牲だけではなく、自らの幸福があって、その上で、人の為になれたらと。難しいけれど、自分の中にあるそういう部分は、無くさないで大切にしていきたい。

「人の世話にはつとめてならず、人に対する世話は進んでせよ」

こういう優しい人間になりたい。
権利を主張する前に義務を果たす人間でありたい。

書きながら何度も映画の様々なシーンを思い出す。いつも、山本はかっこよかった。人間として、本当に本当に素晴らしい人だったと思う。彼だから、遺書がこうやって遺されたのも解る。
結局は、遺書の通りなのだ。
その様に生きたからこそ、今に繋がっている。
ラーゲリに居た皆の記憶に、家族に。
そして、ひとつの作品となり、これからも繋がっていく。


とても、切なくて、苦しくて、悲しい話だった。
これが事実に基づく話であることは、現代に生まれた僕には信じ難いくらいの光景だった。
それでも、観てよかったと思える。
こういうことは、絶対に忘れてはならない。


人間は愚かなので、戦争はこの先も無くならないだろう。戦争がどんなに悲惨な結果を生んで、後悔する人達がたくさんいたとしても、戦争を辞めず、今も世界で戦争が起きている。

だからこそ、僕は戦争で起きた悲劇を忘れたくない。

シベリア抑留の事を「戦後の混乱で起きた悲しい出来事のひとつ」と山本は言っていたが、そんな言葉で片付けていい話では無い。今となってはそうかもしれないが、そこで命を落とした人々、十年という長い月日をそこで過ごした人々。その人達を思うと、シベリア抑留だけでも、何万もの人々の人生のストーリーがあったこと、戦争を体験したことの無い世代が増えた現代でも忘れないでいたい。

いつか、僕が、僕の子孫が、こういうことを覚えていて、繋いでいけば、世界の悲しい出来事が減るんじゃないかという希望の為に。


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