"アナリスト in チーム"実務の一例(前編)

前編 >> 後編はこちら

はじめに

昨今、スポーツにおけるICTを活用した分析(アナリティクス)が存在感を高めつつあり、サッカーにおいても欧州の先端事例紹介、データスタジアム社等が展開する育成講座や、いわゆる戦術ブロガーの方々による分析情報の展開など、インターネットを通じて実に各種多様な情報に触れることができます。

一方で、グラスルーツカテゴリーのチームの一員としてアナリスト実務をこなした経験を持つ立場からは、アナリティクス領域で強調される情報と実務で力点を置いていたことの間に乖離を感じていました。”アナリスト”として分析をすること自体は変わらないのですが、”アナリスト in チーム”となると重要視されるものは明確に異なると認識しています。

今回は、トッププロの領域とは大きく性質は異なるものの自分自身が経験した「チームの一員としての」アナリストの実務について、前後編に分けて紹介したいと思います。前編では実務のルーティンを、後編ではアナリストを志す方々と機会を提供するチームに対して意識してほしいことを述べたいと思います。

"アナリスト in チーム"実務の前提条件

まずはじめに、実務の前提条件を述べます。

当方は2017年11月-2018年12月の約1年間、首都圏のグラスルーツカテゴリーのチーム(1種社会人:地域~都道府県リーグ)に所属し、”テクニカルスタッフ”というポジションの公式戦で対戦予定のあるチームの分析業務をこなしていました。

既にお気づきと思いますが、このカテゴリーで他チームの試合映像がインターネット経由で手に入るのは極めて稀なケースであり、多くの場合はアクセス難易度の高いサッカー場で行われる試合を自ら撮影しに行く必要があります。TOKYO FOOTBALLなどで公開されるハイライトも参考にしていましたが、チームの攻撃・守備の一般的なスタイルを知るにはハイライトでは不十分です。自ら足を運んで映像を手に入れなければならないという点が、DAZN等で配信されるトッププロの領域と既に大きく異なります。

恐らく今後アナリストを志す方々が実務の機会に恵まれるとしても、多くの場合は大学リーグや地域リーグなどのグラスルーツカテゴリーで実務をこなすことになるでしょう。トッププロの世界をイメージされている方々は、まずこの環境面の前提の違いを認識する必要があるかもしれません。

画像1

実務ルーティン:事前準備

まずは視察対象のチームを決め、そのチームの直近の試合のスケジュールを調査し視察順を決めます。リーグ戦(10チーム2回戦総当たり)の場合は次節対戦相手の視察を最優先に進めていましたが、対戦順の都合上「次節の相手vs次々節の相手」となることもあり、巡りあわせが良ければ複数試合の視察に行けるようスケジュールを組んでいました。

視察前であっても対象チームの情報はあらゆる手段を使って集めます。対象チームのホームページやSNSアカウントはもちろん、公式には投稿されていなくともファンの方が投稿した動画やツイート、過去に全国クラスの大会に出た選手を擁するチームであればその選手の特徴も必ず一度は情報に触れます。トーナメントでPK戦が予想される場合には、キッカー候補となる選手の過去の動画(全国高校サッカー選手権や高円宮杯など)もチェックしました。

言うまでもなく、これらの情報すべてが「当たり」というわけではありませんが、仮説を組み立てたうえで視察に臨むのとぶっつけ本番で視察するのではやはり考察のスピードとクオリティに大きな差が出るのは確かです。

実務ルーティン:移動/視察・撮影

当日の移動は車が中心でした。地域リーグ以下のクラスにおいて会場のアクセスは必ずしも良好ではなく、1ヶ所だけなら公共交通機関でも問題はないのですが、2ヶ所以上回るとなると車のほうが利便性は高いです。複数会場を1日に訪れた例として、

(例1) 埼玉スタジアム(さいたま市)→東京海上グラウンド(八王子市)→戸吹スポーツ公園(八王子市)→柳島スポーツ公園(茅ヶ崎市)
(例2) SAKURAグリーンフィールド2試合(さくら市)→作新学院大学(宇都宮市)→奥戸総合スポーツセンター(葛飾区)

という移動日程をこなしたこともあります。

このような過密日程の場合、フルマッチをおさえることはなかなか難しく、特定のチームを90分見たい特別な理由がない限りは「試合開始・前半を優先」していました。視察対象のチームにとって戦い方の基本となるのは前半であり、特に後半に大きく状況が変化している場合(退場者が出るなど)、そのチームの本来の姿を捉えられなくなる恐れがあったため、試合開始時間に間に合うことを優先していました。

試合会場に着いたらカメラをセットし、メモを片手にスタンバイします。観客向けにスターティングメンバ―が公表されるはずもなく、入場時に一列に並んだ選手の背番号を目視で確認してあらかじめ記録します。

その後、試合開始と同時にカメラを回し、両チームの陣形を確認して記録をスタートします。自分自身の役割として選手に分かりやすく視察対象のチームの特徴を伝えることが挙げられていたため、撮影とメモであれば撮影を優先していました(特に雨の場合)。撮影はフィールドの1/3~1/2を捉えられるほどのアングルを基本とし、ゴール前の局面に限ってズームすることで、チームの戦術的特徴と要注意選手のピックアップを両立できるように心がけました。メモは、わかりやすいイベント(得点・決定機・セットプレー・警告退場・選手交代等)以外にも、

"チームが主導権を握って意図的に進めたい攻撃の形"

"守備時・切替時のアンバランスな対応"

は、時間とともに必ず記録するようにしていました。

当然のこととして、試合の撮影や視察そのものについて会場責任者の指示や大会主催者が定めるルールに従うことは絶対です。幸いにして特段のトラブルなく活動することができましたが、実務にあたっては十分に留意する必要があります。

実務ルーティン:分析・抽出/編集/協議

視察が終わったら、撮影した映像をもとに監督・コーチ及び選手に向けたプレゼンテーションの映像を作成します。ここはいろいろなやり方が考えられると思いますが、自分の場合は最終的に以下の形に落ち着きました。

画像2

攻撃については大きく、後方から確実性の高い手段でボールを運ぶチームか、ロングボール等で50;50の確率に賭けてボールを運ぶかで大別できます。対戦しているチーム同士の力関係も加味しつつ、対象チームがどのようにしてボールを運びたいのか意図を探ることを最重視していました。実際にはいざ自チームと対戦すると反対のスタイルを採用されてしまうことも稀にありましたが、複数の試合を視察したチームについては概ねスタイルは予測の範囲内に収まっていたと思います。どのような形にしても、まずはそのチームが約束事としているスタイルを、再現性の高さも加味しながら分析して傾向に落とし込むというのが優先的な作業でした。

もちろん、単に再現性の高い攻撃を読み解くだけでは不十分で、事実どのような形で得点や決定機を多く迎えているか、スピードや高さ、配球面のコントロールなど特徴的な強みを持っている選手など、一般的に監督・コーチ及び選手が欲しがる情報についてもピックアップしていました。

守備面についても考え方は基本的に同じで、基本形と実際を併せて紹介する方式をとっています。守備の形については対象チームの相手の出方によって変化する部分もあるので、これも複数試合を見ることで自チームとの対戦におけるスタイルの予測精度が高まります。また、自チームの攻撃面におけるストロングポイントと対象チームの守備面の弱点が重なる場合は、特に強調するためにその弱点がわかるシーンの抽出を心掛けました。

このため、一つの試合のハイライトを時系列で提供するということはあまりなく、組み立てたストーリーに沿ってシーンを構成し、伝えたいことを強調できる構成に仕上げました。1シーンの長さは10秒~20秒ぐらいで、これ以上長いとみているうちに集中が途切れる傾向にあったので、テンポとメリハリはかなり気をつけて構成しました。

これに相手の攻撃時・守備時の配置と特徴を一覧にした文字情報を1画面にまとめて、5分~10分程度の映像にまとめればひとまず完成となります。以下は映像の冒頭に載せていたサマリーパートです(内容は伏せています)。

画像3

映像が完成した段階で監督・コーチと協議し、内容の妥当性を検証します。基本的に監督・コーチの承認を得ない限り選手に対しては情報を開示しない形をとってきました。この辺りはチームの運営方針や制約事項に依存するので必ずしも一つの形が正しいと断言することはできませんが、当時所属していたチームは平日に数回+週末に短時間しか集まることができないため、自チームの課題や戦術の落とし込みを優先するとなると、どうしても相手チームの分析情報のインプットは優先順位が下がります。このため、分析担当としては情報を短くコンパクトにまとめることに注力し、伝えるときのバランスについては監督・コーチの判断に従うようにしていました。

実務ルーティン:公開・会議

当時のチームでは試合(=日曜日)の前日(=土曜日)にミーティングが設けられることが多く、ここで選手に対して映像を公開する方式が一般的に取られていました。あらかじめ監督・コーチと時間枠を約束し、決められた時間枠の中で映像を用いながら伝えきることを意識していました。

Jリーグのクラブでアナリストを務めた方から聞いた話で共感できたのは、この会議の準備が結構大事ということ。というより、グダグダな運営にならないように機器接続や投影準備、進行の段取りはしっかり決めておかないと、選手に対して不要なストレスを与えてしまうことになります。グラスルーツの環境だと必ずしもすべてがきれいに整った会議環境が約束されているわけではないので、予備の機器の準備や不測の事態に備えたアクションは徹底しました。

公開方法についてはいろいろな方法があると考えています。全員対象ではなく個別の選手に対してマッチアップする相手の情報を提供したいときは、個別に映像をアップロードしたURLを送る、という対応も考えられるでしょう。また、タイミングについてもバス移動を伴うチームであれば、バスの中で会議してしまう、というやり方も選択肢に入るかもしれません。

******

以上が実務のルーティンとなります。後編ではこの運用に対するアナリティクス側面からの簡単な自己評価と、今後アナリスト実務に挑む方々、またはアナリスト候補に機会を提供する予定のチームに対し、十分に話し合ってもらいたいことを述べたいと思います。

前編 >> 後編はこちら

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?