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初投稿 即興小説・9月1日、アイスクリーム、彼女は転校した

9月1日、アイスクリーム、彼女は転校した

1

 夏休みが終わり、久々に学校に行くために乗りたくも無い電車に乗る。取り立てて、たいした思い出もない夏休みだったが、これからまた学校が始まると思うと憂鬱になる。友人の彰彦は、休みがずっと続くと不安になるから学校早く始まんねーかなと言っていたが、僕にはまったく理解できない理由であった。休みが続くなら、それに越したことはない。勉強は面倒臭いし、体育の時間なんて地獄以外のなにものでもなかった。ウチの学校は基本、体育は球技しかやらないから、体育のある日はサービスデーみたいなもんだと彰彦は言っていた。バスケもバレーもサッカーも観る専門の自分は、顔面や腹や股間にボールがぶつかりまくるのをひたすら堪える時間である。ドッジボールでもないのに、なぜに自分はこんなにボールが激突するかが疑問であったが、ようするに運動神経が致命的に無いのである。あるいはボールに愛されているのかもしれない。僕が体育不要論を力説していたとき、彰彦は、でも夏場には水泳がある。女子の水着姿が見れるし、最高じゃないかよ!と反論したが、そもそも授業はプールを左右で二つに割り、男女別に行われるから、視力が低い僕は女子の水着姿などを見ようと思ってもろくに見えやしないし、なんとか見てやろうと凝視でもしていたら完全に変態扱いである。彰彦は運動神経も容姿も良いから、ちょっとくらい女子を眺めていても、別になんとも思われないどころか、むしろ喜ばれているんじゃないか?ただしイケメンに限るを地でいくのが彰彦というやつなのだ。僕なんか、クロールで泳いでいたら、なぜかいつのまにか女子のレーンにまで入り込んでいて、息苦しくなり、これは溺れるかもと近くにある物体を鷲掴みにしたら、それが学年一の巨体を誇る女子生徒白鳥華子さん(見た目はボストロールに似ている)の臀部で、僕は溺れかけていたのにもかかわらず白鳥さんにボコボコにされ、危うく溺死しかけるところだった。後に彰彦から聞いた話によると、気絶していた僕は、たっぷり吸い込んだ水により腹がマンボウのように膨れ上がり、腹を押し込むと水芸のように勢いよく口からピューと水を吐き出したらしい。申し訳ないけど、あれには爆笑しちまったよ、と悪びれもせずに彰彦は語るのだった。そんな対照的な僕と彰彦の間で一致したのがマラソンの存在意義である。あんなもんは24時間テレビの募金のために、芸人が走っていればいいんだよ、わざわざ苦しむ必要なんてなくね?体育大好きマンの彰彦が、珍しく存在を全否定したんで、でもあれってランナーズハイとかいう状況になると超気持ち良くなるんじゃなかったけ?と、僕は思わず、マラソンを擁護してしまった。ばーか、おれはそんなドMの領域にまでいける物好きじゃねーんだよ、と一蹴された。続けて、毎回ボールに激突していくおまえなら、あるいはその領域にまでいけんじゃねーの?と、悪戯っぽく笑うのだった。それは男の僕もどきっとしてしまうくらい、不思議と人を惹きつける笑顔だった。こんなんだから、彼が嫌いだというマラソンの授業でも、ゴール地点に辿り着いた彰彦の前には女子生徒たちが群がって彼をねぎらうのだった。僕がゴールしても、むさ苦しい体育教師が、諦めないでよくがんばった!と暑苦しい声を掛けてくれるだけである。こんなふたりが、なぜ仲が良いのかわからなかったが、とにかく僕と彰彦は親友とも言える間柄だったのだ。


2

 7時16分発の電車に乗り、彰彦と落ち合う。それが僕らのルーティンだったのだが、どういうわけか彰彦はいなかった。不思議に思っていると、スマホの通知音が鳴り、満員電車のなか、どうにか身体をひねってポケットからスマホを取り出して画面を見ると、「わりい、今日は1便遅れちまったわ、ファミマの前で待」というLINEのプッシュ通知が表示されていた。プッシュ通知なんで文章は途中で切れているが、意味はわかる。スマホを再びポケットに仕舞おうとすると、隣の香水臭いOLに痴漢と間違われる危険性があったので、そのままスマホを握りしめて、下車駅まで身体を固めて待つのであった。
 ファミマの前で、アイスを2本持ち待っていたら、彰彦がやって来た。彼にしては、めずらしく浮かない顔をしていた。彼も僕の夏休み明けの憂鬱な気分が理解できるようになったのだろうか。

「わりい、待たせたな」
「うん、ちょっと心配したよ。アイスおごるから、食べながら行こうよ」
 このコンビニで、朝食代わりの菓子パンやら唐揚げなどを買い、だべりながら登校するのがいつもの日常だった。
「あ、今日ちょっと食欲ねーんだ、おまえ2つ食っていいよ」
 え、ソフトクリーム2つを一気に、、、
 9月になったとはいえ、太陽の日差しも激しいから、溶けるのも早いし、胃ももたれそうだし、なかなかきついんですけど。
「自分で食べるのしんどいなら、誰かにやればいいだろ」
 そんなコミュ力があったら、彰彦に言われる前に実行してるよ。
「なあ、おまえB組の神田が夏休みの間に転校したって知ってた?」
 一個めのソフトクリームのコーン部分に噛み付いた瞬間、それまで黙っていた彰彦が唐突に口を開いた。神田和佳菜、僕と彰彦と同じ中学の出身で、去年は同じクラスだったが、2年になってからは別々になったのだった。そもそも女子生徒とまともに話せない僕だから、神田ともろくに話すらした事がない。だから、いきなり転校したと聞いても、ふーん、そうなんだね、とつまらないリアクションを彰彦に返すしかなかったのだ。それからも、彰彦は意気消沈したままだったので、僕は無事に二個のアイスクリームをたいらげることに成功したのだった。
 教室内に入る。髪の色や肌の色が夏休み前と変わっていた生徒もちらほらいたが、神田が転校したという話題は、このクラスではさほどバズる話題でもなかったのか、一部の女子からその名前が話題に上がるくらいであった。

3

 一限もそろそろ終わるという頃、猛烈な勢いで腹が痛くなってきたので、休み時間に突入すると同時にトイレに掛け込んだ。ソフトクリーム2個一気食いからの、エアコンの効きまくった教室での授業は僕の腹に致命的なダメージを与えるには申し分なかったようである。熱中症で倒れられて生徒の親からクレームが来たらたまらんという事で、エアコンの温度設定も生徒任せにしておいたのが仇になったな。下腹部の痛みと格闘しながら、そんなくだらないことを考えていたら、トイレ内の会話が聴こえてきた。
「B組の神田が転校したんだってよ」
「マジで!?なんで?」
「親の都合らしい、詳しくは知らんけど」
 刺激を与えるために、ウォシュレットのボタンを押そうと思っていた指が、空中で停止する。
「奥永が神田の事、好きだったらしいよ」
「そうなん? 意外だなー。あいつの好みってギャル系なんかと思ってた」
 彰彦の話題が出て、動揺してウォシュレットをおしりボタンではなく、ビデボタンを押してしまった!彰彦の苗字は奥永なのである。あ、玉が!玉に変な刺激が来て、逆に下腹部がまた痛くなってきたっ!
「おい、そろそろ二限はじまるぞ!いこうぜ!」
「そうだな」

 個室内に取り残された僕は、腹の中の老廃物を出し切るまで格闘するのだった。二限開始のチャイムを聴きながら、神田の事を思い出していた。肩まで伸ばした長い艶のある黒髪。化粧っ気はなかったが、確かに整った美しい目鼻立ちの顔。クラスの前面に出るような主張する強さはなかったが、優しい人柄で、理不尽な暴力に晒された者がいたら、さり気無く庇い立てるような強さをもっていた。中学のとき、どんくさい僕がドンガメ!ドンガメ!とクラスの男どもからバカにされていたとき、「おめーら、やめろよ!」と守ってくれたのは、いつも彰彦で、思い返せば、その側には神田もいて、僕のことを哀しい顔で見つめていたのだった。今になって、あのときの神田の表情が克明[こくめい]に思い出されるのは何故なんだろう。


4

 二限も半分を過ぎたところで、果てしなく続くかと思われていた便意との戦いを終えた僕は、スニーキングミッションよろしく廊下にへばりつき、教室内の様子を伺う。話が脱線する事で有名な社会科教師が今日も、あの政党は信用できない、あの政治家は偽物だ、などといつもの政治持論に熱中していた。この様子なら、こっそり忍び込んで、教師に気付かれないように自分の席に戻る事もできる。僕は、ミッション成功を確信し、暗殺者のごとく忍び足で、教室の後方ドアから潜入する。自席まで、あと少しというところで、教師の動きが止まる。
「侵入者あり!私は授業を妨害する者とは、断固闘う決意を辞さぬ者である!だがぁ、しかし!私は敵であろうとも、対話を試みる高潔な精神をけっして忘れはしない!侵入者である君よ!質問に回答したまえ!正解なら、私は日本海のような広い心を持って君を許すだろう!」
「は、はあ」
 あっさり見つかったと思ったら、変な流れになった。
「質問! 明治15年4月6日、岐阜の中教院での演説会中、暴漢に刺された板垣退助が放った言葉とは!?」
「板垣死すとも自由は死せず!」
「正解!君は自由だ!さあ、速やかに席に戻りたまえ、私は何も見なかったことにする。皆もよろしいな!」
 謎のクイズタイムを終え、芝居がかった口調で教師が生徒たちをうながす。この、なんだかわからないノリに圧倒されたクラスメイトは僕に向かって拍手で迎えるのだった。下痢でトイレから出れなくなったと思ったら、次はこの仕打ちか。なんなんだ今日は。厄日かな。
「おまえ、頭よかったんだなあ」
 少しは元気になったのだろうか、自席に着いたら後方の彰彦が気の抜けた声を掛けてきた。
「んなわきゃあないよ」
 板垣退助の有名な言葉なんて、あれしかないじゃん。


 昼休み。
「なあ、今日は屋上で食べねぇ? ま、ちょっと話したい事があってな」
 と、提案してきた彰彦。了承した僕に向かって、
「今度はおれがおごるよ、ソフトクリームでいい? はは、冗談だよ、焼きそばパンでいいか? じゃ、売り切れる前に購買までダッシュだ!」
 と言い終わる前に走り出していた。


5

 屋上。
 僕は、タピオカパンを口にしながら、彰彦の様子をうかがっていた。わりいわりい、焼きそばパンは売り切れだってよ!と笑顔でタピオカパンを手渡してくる彰彦はすっかり通常営業に戻ったようだったが、それでもトイレの中で聞いた噂話の件がある。僕が、彰彦のようなさっぱりした性格だったら「神田のこと、好きだったんだって?」と軽いノリで聞けたのだろうか。彰彦は、焼きそばパンを美味そうに頬張りながら、どこか遠い目をしながら空を眺めていた。聞けない。これは僕からは聞けない。
 話し掛けることもできないので、僕も彰彦がしているように空を眺めてみる。
 雲ひとつもない、真っ青な空がどこまでもどこまでも広がっていた。今まで、意識して空なんか見たことなかったけど、なかなか、これは、うん。なんて言ったらいいのか、わからないけど。すごい。きれいだ。語彙力。ーーと、自身の文学センスの無さを悲観していたら彰彦が口をひらいた。
「これ、言おうか言うまいか、悩んでたんだけどな。やっぱ言うわ! 神田の事なんだけどな、神田、、、」
 遂にこのときが来たか! 僕は、彰彦の勇気を称え、傷心の彼を精一杯励ましてやろうと誓うのだった。
「神田さ、あいつ、おまえの事が好きだったんだぜ?」
 僕の脳内には、ネットでよく見かける猫が「????」の表情を浮かべている、あの画像が浮かんでいた。次に口内のタピオカパンを吐き出しながら叫んでいた。
「ぶ、ぶべぁっ!! なんですとーー!!」
「あーあ、その様子じゃあ、おまえ全く気付いてなかったんだな」
「え、僕は彰彦が、神田のことを、、、」
 僕はすっかり混乱していた。
「はあ? ま、まあ、確かに昔は、あいつの事好きだったし、別に今でも、、、」
 そう言いながら、ばつの悪そうな顔をする彰彦。
「なあ、おまえ、おれと仲良くなったときのこと覚えてるか?」
 彰彦と仲良くなったときのこと? そういえば、気付いたらいつの間にか仲良くなってたけど、いつぐらいからだったっけ? 僕は思い出していた、、、


 あれは中学一年の頃だったろうか。
 どんくさくて、運動も勉強も苦手だった僕は、昔からいじめられることには慣れっこで、ストレスを溜め込みつつも、反撃することもせず、受け流していた。争ったり、憎しみ合うこと自体が、ばかばかしいと子供ながらに気付いていたんだ。
 でも、自分に向けられる悪意を他人に向けられたとき、僕はそれを許せなかったんだ。
 あの頃、神田和佳菜は、僕の隣の席に座っていた。ある日、彼女がなにかの授業の教科書を忘れてきた事があった。机の中を何度もガサガサと探し、次に鞄の中をゴソゴソと探す神田の姿を見て、僕はああ、これは教科書を忘れてきたんだなあと察した。自分と同じく、口数も少なくおとなしめな神田に勝手ながらシンパシーを感じていた僕は、数センチ間離れていた机と机の間を、ピッチリと密着させ、自分の教科書を互いの机の真ん中に置いて開いた。ほら、こうすれば大丈夫だよ! 僕は神田に向かって微笑んだ。彼女は、コクリと黙って頷いた。それから授業中は教科書の方を凝視して、僕のほうを見る事はなかった。
 授業後、クラスのガキ大将的なやつが神田に絡み始めた。「おまえ、さっき、教科書忘れてきたんだろ? 仲良く席くっつけちゃって、アツいねー!この!この!」
 神田は、顔を真っ赤にしながらうつむいていた。なんて言えばいいのかわからない、そんな様子で身体を震わせていた。僕は腹が立った。おまえなんか教科書忘れてきても、平然と授業受けてるじゃないかよ。むしろ、教科書持ってきてても、授業なんか真面目に受けてないじゃないか!
「違うよ! 教科書を忘れてきたのは僕だよ! 真面目な神田さんが教科書を忘れてくるはずなんて、ないじゃないか!」
 ガキ大将に向かって、「なんだとー!」と歯向かうほどの漢気はない僕だったが、このくらいの機転を効かすことはできる。隣の神田をみると、(ええ、、、?)とでも言いたげな青ざめた表情をしていた。今はきみのことを庇ってあげてるんだから、そこはうまく察してほしい。「だよね?」と、同意を促すように僕は、言葉を重ねた。
「う、……うん」申し訳なさそうな顔で、神田は頷いた。
「んだよ、、紛らわしいことしやがって!」
「なんか揉めてるみたいだけど、なんかあったん?」
 いつのまにか、僕と神田とガキ大将のトラブルに、クラスの人気者の奥永が乱入してきていた。
「お、奥永、、な、なんでもねえよ!」
 奥永とやり合ったらクラスの女子大半を敵に回すことを知っているガキ大将は、あっさりと去っていった。

6

「って事があったなあ」
「仲嶋のやつ、部室で煙草吸ってんのがバレて停学だってよ、あいつのおかげで三高は甲子園の夢を絶たれたってよ、バカだよなあ」
 彰彦の話を聞いて、ガキ大将の名前が仲嶋だった事を思い出した。どうも僕は人の名前を覚えるのが苦手らしい。
「おれ、神田が教科書忘れてたの気付いてたんだよな。なんかソワソワしてるから、どうしたんだろうって見てたら、ありゃ教科書忘れたんだろうなあ、珍しいなあと思ってるうちに、おまえが机をくっつけはじめて自分の教科書を見せ始めたから、正直びびったんだよ。おまえ、普段は全然やる気がないくせに、たまにすげえ大胆なことやるよな。さっきの授業ボイコットもそうだけど」
 あれは、アイス2個一気食いが腹にこたえたんだから仕方ないだろ? せっかく、彰彦のために買ってやったのにいらねーって言うから。
「おれ、あの頃から神田のことが好きだったから、、、だから、おまえのあのときの行動見て、焦ってさ。あれから、すぐ後に神田に告白したんだよ」
 唐突な恋話展開に、どうリアクションをしていいかわからない僕は、ただ空を眺めていた。
「神田、なんて言ったと思う? ごめんなさい、あなたの気持ちには答えられません、だってよ! はは、わりと即答だったよ。あれには、さすがにショックだったなあ」
 こんな寂し気な彰彦の声を聞いたのは、はじめてかもしれなかった。
「その後、わたしには好きな人がいるからって言われてさ。自分の想いには、まったく気付いていないだろう。でも、それでいい。その後、神田はその好きなやつのことを、訥々[とつとつ]と語り始めたんだ」
「ふーん」
「そのひとは、弱いようで強い。そのひとは、人を差別しない、区別もしない、裏表もない。誰かのありのままを受け入れることができて、みずからもありのままであろうとしている。つらいことがあっても、逃げないで耐えることができる。でも、そのひとは不器用だから。だから、、、」
 そのひとが本当に、神田が思うような立派な人間かなんてわからないじゃないか。そう思いつつも、僕の身体の中を、胸を込み上げるようななにかが通り抜けていくのを感じていた。
「だから?」
「器用なあなたが友達になってあげてほしい。って、真顔で言ってのけたんだよ。おれも、さすがに一瞬意味がわからなくてさ。なんで、フラれた相手が好きな男の友達にならなきゃいけないんだよ。馬鹿にしてんのかと思って、神田のほうを見たら本当に懇願するような顔で、おれを見つめてきてさ。ああ、こいつはマジで言ってるんだと思ったよ」
「ふうん」
 どこか他人事のように、僕は呟いた。
「だからさ、おまえと友達になったのは、打算だったんだよ。神田の願いを聞いてやりゃあ、いつかあいつはおれの方を振り向いてくれんじゃないかと、そんな狡賢い思惑があったってわけ。でも、おまえ、神田が言ってたとおり、本当にいいやつでよ。周りのやつが、誰がすごい誰がだめだの、くだらないマウントの取り合いしてるなか、おまえは我関せずと、ひとりでも生きててよ。おれのように、周りの様子をうかがって生きてんのがなんか恥ずかしくなってきてな。そう思ったら、もう神田の事は関係なく、おまえと友達になろうと思ったんだ」
 僕はなにも考えてないだけだ。彰彦のように周りを見て動ける方が立派だよ。
「神田のやつ、最後に会ったのが夏休み前の学校の廊下だったんだけど、そういえば、おまえのことを「ありがとう、、これからも、よろしくね」とか言ってたんだよな。……なんで、なにも言わずに黙って転校してったんだよ! おれにも、おまえにも!」
 神田がなにを考えて、転校していったのか?
 それは僕にはわからない。
 他人が、何を考えているかなんて、本当のことなんか、わかりゃしないんだ。……でも、
「ちっくしょー!! 神田のばかやろー!!」
 泣きながら空に向かって叫ぶ彰彦の姿を見て、僕は思った。
ーーでも、今僕の隣りにいる半ベソで鼻水を垂らしているやつが、いいやつで、そして僕の友達なのは確かなことだった。


7

 隣で転げ回りながら青春の痛みとやらを謳歌している彰彦を横目にしながら、僕は考えていた。


 そのひとは、弱いようで強い。
 そのひとは、人を差別しない、区別もしない、裏表もない。
 誰かのありのままを受け入れることができて、みずからもありのままであろうとしている。
 つらいことがあっても、逃げないで耐えることができる。
 でも、そのひとは不器用だから。
だから、、、

 いつか、神田が彰彦に向かって語っていたという言葉だった。僕の想像の中の中学時代の神田が、僕に向かって再び語ってくれていた。

 僕は、そんな大それた人間じゃないよ。
 君がいなかったら、きっと友達すらできなかったにちがいない。
 今でも、相変わらず、だらしのない生活で、夏休みは退屈を持て余し、体育の授業じゃボールが激突しまくる始末だ。
 弱くて、不器用で、どうしようもなくて、、、


 でも、でも、
 こんな僕でも、見てくれている人がいたんだ。
 ありがとう。

 ありがとう。
 僕も、君を、、、





 放課後。
「あれから考えたんだけどさ、神田さんに手紙を書こうと思うんだ」
「はあ?またアナログだなあ。LINEとか、まあ、おれも知らんから、誰かに聞くとかすればいいんじゃないのか」
「そこは神田さんのキャラ的に、直筆の手紙が合うと思うんだよ。宛先は、まあ、とりあえず書いてから考えよう」
「おまえにしてはやけに積極的だなあ。ま、いい事だと思うぜ。ポジティブなのは」
「うん、僕も神田さんの事を好きになったんだ」
「今になって! おまえ、本当に鈍感だな、そんなんだから神田も何も言わずに転校していくんだよ」
「モテないやつはモテなさすぎて、そういうのに鈍感になるんだよ! 仕方ないだろ?」
「はあ、まあ、頑張れよ」
「だって、このまま一生会えなくなって、永遠のせつなさとやらに悶え苦しむのなんて嫌だろう?」
「それも、そうだな、ファイトだ、友よ、ってな、ははっ」
 ふたり、笑いながら、歩いていた。





 拝啓。
 神田さん、元気ですか?
 女の子に手紙なんて書いた事ないから、なにを書けばいいのか、正直検討がつかないけど、そこは目を瞑ってやってください。
 まずは、ありがとうと言わせてください。
 君のおかげで、僕は今もこうやって元気に学校生活を送れているよ。僕の側には、いつも彰彦がいて、毎日楽しくやってるよ。
 彰彦は、僕の友達だ。
 今なら、堂々と言える気がするんだ。
 彰彦は、僕の大事な大事な友達で、、、
 心の底から親友といえる、いいやつなんだよ。



 ここまで、書いて、後は何を書けばいいのか、僕にはさっぱりわからなくなってしまった。
 でも、神田さんはまだ生きていて、僕には頼りになる親友もいる。夜が明けたら、明日が来て、人生はまだまだ続いていく。手紙はじっくり書けばいい。最高に感動させる手紙を書いて、神田さんを泣かせてやるんだ。そう思いながら、僕は一旦筆を置いた。


 了

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