どんなに優しい言葉でも、癒せない気持ちもある、多分。

なにを書くか決まってない、多分支離滅裂だし、オチもない。なんだか、こういうところに書くのは少し恥ずかしいというか、こしょばい気持ちになる。

自分は元気にしてる?って聞かれたとき元気だよとは言わない。あと近況報告の最初の一文は「生きてます」と言って生存報告をする。理由は特にない。なんかその方が自分らしい気がする。

最近はとても疲れている。なにをする気も起きなくて、恋愛なんてもってのほか。人付き合いも面倒になり、毎日の生活もなんだかいっぱいいっぱいな感じがする。体調もあまり優れなくて、ストレス過多。

もう無理と何回心の中で言って、気持ちばかりの気分転換にと思って何回大きく深呼吸するだろうか。

いくら考えても、結論が、自分はダメだなあって言う自責の念に駆られるのはヘルシーではないと思いつつ、どうしても何回いろんな道を回っても、この結論に辿りつく。

今は保育士をしている。最初の頃は、あれ、病むことなくなった!!なんで思ってたけど、そんなのはほんのひとときで、今や闇病みモンスターがしつこいほどに自分を追いかけ回してる。

仕事はしんどい。普通にありえない環境にいると思う。どんなに人気で繁盛してるラーメン屋よりも忙しく走り回って、一度に何個ものタスクを抱えて、瞬時に判断して、努めて優しい気持ちと言動で察しようと行動している。

自分のいる環境はとても特殊だ。加配児が多すぎる。部屋が狭すぎる。あまり書くと色々わかるから、あまり言えないが、とてもカオス。混沌としてる。無理。質なんかない。キャパオーバー。最低ラインギリギリで保育してる。間違いない。一人一人になんて丁寧に向き合えないし、うんわかったって言うだけでいっぱいいっぱいなの。そのくらい余裕ない。

インクルーシブ教育とか言いつつ、適応できてない。むしろお互いがお互いにいい環境で過ごした方がお互いにとっていいのでは…となる。みんな同じを求めるにもほどがある。保育士に専門性なんてない。ベテランの先生でも。力づくで保育してる。最悪だ。

他の人に相談したら、行政から指導が入ってもおかしくないなんて言われたこともある。親には見せられないほど保育の現場は戦場である。申し訳ない。ただもうキャパオーバーなの。

キャパオーバーって、そこでもう終了っていうイメージがある、終わりみたいな。でもキャパオーバーでも、まだ少し残ってる電池の力みたいに、地味に細々とでも続くからこれまたしんどいの。

今でさえキャパオーバーなのに、現場はなんの改善もせずに続いていくから。ベテランの先生なんか見本になるわけもなく、尊敬できる先生なんかいやしない。そして自分が自分でも嫌な保育士になってることを認識するのも嫌になる。最悪でしかない。なんのために保育士になったのかってなる。

毎日しんどい。

何か癒しになるかと思って、疲れてストレスでやられた荒れた気持ちを修復してくれる何かがあるかと思っだけど、どうすることもできない。優しい言葉も、労りの言葉もどんな言葉も慰めにはならなくて、本屋に並んでる優しく語りかけてくれる韓国のエッセイですら、響かない。

なにがこの気持ちを癒してくれるのかもわからず、また苦しくてしんどいまま過ごしていくんだと思う。

しんどいってしんどい。しんどいって、大変だけどまだできないことはないみたいな感じだから、もう少し頑張らないといけないというか、頑張ろうと無理やりにでもパワーをあげないといけない。いっそのこともう無理ってなってくれたらいいけど、意外と人間は丈夫だから、毎日行きたくない気持ちをバレないようにと隠しながらなんとか通ってる。

結局なにが言いたいかもよくわからないけど、多分外に出さないといけないと思って、少しでもモヤモヤが成仏されるかと思って書いてみた。

追伸
今の保育の環境に絶望して、保護者の多忙さを見て、あぁ自分は子供産まないな、余裕とゆとりを持って生きたいって思ってる。まじ、日本どうにかしないとやばいよ、きっと。

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