【小説】夜中の分身

 静まり返った深夜の住宅街。月明かりが薄暗く照らす公園には、誰一人としていないはずだった。しかし、公園の奥から微かな笑い声が響いてくる。
 一人の男が奇妙な動きをしながら、ブランコに乗っていた。まるで子供のように無邪気に、しかしどこか狂気じみた笑みを浮かべている。
 その男は、篠崎洋一(しのざき よういち)の分身だった。

「ぐぅぅぅぅ…。かぁぁぁぁぁ…」

 洋一自身は家のベッドでぐっすりと眠っている。彼には一つの特異な能力があった。それは、眠っている間に分身が現れ、その分身が好き勝手に動き回ることができるというものだった。
 問題は、洋一自身は分身を動かせないということと分身が行った全ての記憶が起きた時に洋一の脳内に戻ってくることだ。
 洋一はこの能力に悩まされていた。分身が夜中に奇行を繰り返し、その行動がどんどんエスカレートしていったからだ。
 公園での悪ふざけ、近所の家のポストにイタズラをするなど、その行動は日に日に大胆になっていた。
 その夜も、公園で遊び回っていた分身は、ふと目を向けると、住宅の明かりが一つ灯ったのを見つけた。
 好奇心に駆られた分身は、その家の前まで行き、窓から中を覗き込んだ。

「誰かいるのか?」
「わぁ! ビックリしたぁ!」

 突然の声に分身は驚き、逃げ出した。住宅の住人が目を覚まし、窓から外を見ていたのだ。分身は全速力で走り去り、何とか無事に洋一の家に戻った。そして、洋一の体の中に戻ると、すぐに目が覚めた。

「またやってしまった…」

 洋一は頭を抱え、分身の記憶を反芻した。いつもならばすぐに忘れることができるが、今夜のことは特に鮮明に覚えている。
 住人に見られたかもしれないという恐怖が、彼を冷や汗で濡らした。

「どうすればいいんだ…」

 洋一は思案に暮れた。これ以上分身の暴走を放置するわけにはいかない。だが、自分自身で制御できるわけでもない。
 このままでは、いつか大きな問題を引き起こしてしまうだろう。翌日、洋一は図書館に向かった。自身の能力について調べるためだ。
 書物の山を掻き分け、何時間も探し続けたが、特に有益な情報は見つからなかった。

「どうやったら分身を制御できるんだろう…」

 そのとき、一冊の古びた本が目に留まった。『夢と現実の狭間』と書かれたその本には、古代から伝わる様々な夢の力についての記述があった。

「これかもしれない…」

 洋一はその本を手に取り、熱心に読み始めた。ページをめくるたびに、新たな知識が彼の中に入り込んでくる。
 やがて、彼は一つの方法にたどり着いた。それは、自分の意識を分身に移し替えることで、完全にコントロールするというものだった。

「これなら…」

 洋一はその夜、意を決して試してみることにした。ベッドに横たわり、瞑想を始める。深呼吸を繰り返し、意識を集中させる。そして、ゆっくりと眠りに落ちていった。

「ん、ここはどこだ?」

 目を開けると、そこは公園だった。自分の体が、まるで自分のものでないかのように軽く感じられる。これが分身の体なのだと直感した。

「もしかして、成功した…」

 洋一は心の中で喜びながら、公園を見渡した。これで、分身が暴走することはない。彼は初めて、自分の能力をコントロールできるという安心感を覚えた。
 しかし、その瞬間、公園の外から誰かが駆け寄ってくる足音が聞こえた。昨夜の住人が、再び現れたのだ。

「おい、お前は何者だ!」

 住人は怒りに満ちた声で叫んだ。洋一はその場で立ちすくみ、どうするべきか迷った。だが、次の瞬間、自分の体に戻る感覚が訪れた。

「まさか…」

 意識が戻ると同時に、洋一は現実世界で目を覚ました。まだ夜中だった。だが、これで分身の暴走を止める方法が分かった。
 今後は、もっと慎重に行動することが必要だ。洋一は深呼吸をし、再び瞑想を始めた。彼の冒険は、まだ始まったばかりだ。
 そして、この能力をどう活かすか、それを見極めるための新たな挑戦が待ち受けているのだった。

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