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日記 2023/07/12


渋谷の紅茶の名店「ケニヤン」で暇を潰す。
私はランチの「自家製ハンバーグ」を平らげて、既に冷たくなりつつあるチャイミティーをちびちび飲みながら本を読んでいた。ずっと読みたいと思って書店で何度も手に取っていた、くどうれいんさんの『わたしを空腹にしないほうがいい』である。買うべき時に買うべき場所で購入できたので、満を持して読んでいる。あー、なんとお腹が空く文章!そしてなんと生きることの小さな煌めきを感じられる文章。先日ちょっとお腹を壊してまだ本調子じゃない中、ハンバーグをガツガツ食べてしまったもんだからちょっとお腹が痛くなったりしていたはずなのに。

くどうさんの言葉に涙を滲ませながら、足先が冷房に冷えてきたころ、隣に1人の女性がやってきた。彼女はLサイズのアイミティーと、もうひとつアイミティーを注文した。ウェイトレスの女性が「おふたりですか…?」と尋ねる。客の女性は声を小さくひそめながら「いえ、事情があって」と答えた。麦わら帽子に黒のワンピースの、美しい雰囲気を纏う人だった。彼女は落ち着きながらも、どこかそわそわした雰囲気で寂しげだった。外は猛暑だし喉が渇いているのだろうかと、わたしはぼんやり考えながら活字に目を落としていた。
隣に二つの飲み物が運ばれてくる。大きなもの、小さなもの。彼女は大きなものを自分の前に、小さなものをその向かいに並べた。まるで誰かと机を挟んで向き合っているかのように。はっとした。グラスの向こう側に置かれたストローを見て、想像だけど、あくまで想像だけど、私は状況を理解できた。そこにある祈りと想いが、何も知らない私にも刺さるように流れ込んできた。彼女は時折小さな、掌に収まるような溜息をつきながら、アイミティーを飲み干して帰っていった。
向かいに置かれた小さなグラスの中身は、残されたままだった。

店を出ると、16時半だというのにムッとした暑さが立ち込めていた。
ここ数日猛暑続きだ。痛いくらいの夏。平日だとかなんの関係もなく騒々しい街を歩く。鮮やかになる服の彩りの影に、確かに残るあの人の面影。私の生きる道と、ほかの人が生きる道の交差を思わずにはいられなくて、あまりにも意味をなさない私の祈りを白んだ空に放ってしまった。

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