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【連載小説】アナザー・ガール アナザー・プラネット #47.0

PCの電源を切り、外に出る準備をした。外食することを告げておかないと後で面倒なことになるので母親に夕食は不要だとメッセージを残した。

どこにでもあると言いながら、その中華そば屋は、実は僕の家の周辺にはなかったので、僕らは学校のある駅まで戻ることにした。駅前に店があることも知っているし、ドレラもそのまま帰れるので、悪い選択ではない。
僕らは駅に向かって歩きだした。街は夕暮れを受け入れ、夜が来るのを準備していた。結果として制服のままでいたのは良かったかもしれない。私服と制服で歩く二人はちぐはぐな印象を与えそうだから。ドレラは嬉しさを身体で表現しながら歩いている。

「そんなに好きなの、ラーメン」

「うん、大好き。あのもやしとメンマとスープが奏でるハーモニー」

「いや、そこは普通、麺とスープでしょ」

「ううん、麺はオマケ。なくてもいいくらい、とにかくもやしとメンマ」

「そ、そうですか。まぁいいや、俺もラーメン好きだし」

「ほんと、良かった」

「そういえば僕、メンマって子供の頃、使い終わった割り箸をスープに浸して作ってると思ってた」

「あはは。確かに割り箸っぽいけど。だとしても人が使ったのを食べるのイヤすぎるでしょ」

「ほら、子供だからそのへんは気にならないというか」

「あれ?じゃあメンマって何でできてるの?」

「へ?いや、タケノコでしょ」

「え、そうなの?」

世界の真理を知ってしまったかのように驚きの声を上げる。

「知らないで食べててたの?しかも好きなのに」

「いや、なんかメンマはメンマとして認識していたというか、元が何かとか考えないで食べてた」

「ちょっと失敗したな。割り箸でできてるっていうのを信じさせればよかった」

「新品の割り箸って言ったら信じたかも」

「割り箸で割り箸食べるみたいになっちゃうけどね」

そんな、どうでもいい話をしているうちに駅に到着した。話をしているうちに頭も舌もラーメンに支配されてしまった僕らは、一刻も早く食べたい気持ちになっていた。急いで電車に乗り、学校のある駅に到着する。僕たちは少し小走りに中華そば屋を目指すと、1分もかからず店の前に着いた。

ドアを開け、店に入ろうとした瞬間、後ろからドレラを呼ぶ声がした。振り返るとそこの立っていたのはキミオ君だった。ちょうど部活が終わったところらしい。僕がキミオくんだとわかったのは、手に竹刀を入れていると思しき長い入れ物が見えたからだ。さすがにギターケースでないことは僕にもわかる。

「あれ、キミオ、どうしたの珍しい」

「いや、普通に部活終わりだし。珍しいのはそっちでしょ、ラーメン屋なんて」

「お腹すいちゃったんだもん」

「夕飯どうすんのさ」

「食べるわよ、ラーメンは別腹」

家族に夕飯不要のメモを残した僕は、ドレラの言葉に驚いた。

「星野さん、改めてこんにちは。きっと姉が言い出したんでしょう、お付き合いありがとうございます」

「いやいや、二人で作業してたら、僕もお腹すいちゃってね。だから全然」

一応のいきさつを簡単にキミオ君に話す。

「そうですか、大変ですね。あの、もしよかったら、僕もご一緒していいですか?自分もお腹空いていて。それと関わる身としてお話聞きたいですし」

どちらかというと後者のほうがキミオ君のしたいことなのかもしれない。僕が返事をする前にドレラが口を挟む。

「ちょっと、人のこと言っておいて、夕飯どうするのよ?」

「部活で消費したカロリーは夕飯だけじゃ賄えないのですよ、姉さん」

半分冗談で半分本気なのだろう。ジャージ姿の彼の身体つきを見ただけで、相当鍛え上げられているのがわかるし、肉体の維持には相当な量の食事が必要なのかもしれない。そもそも部活をやっている高校生は夕飯だけでは足りないので、帰り道にファストフード店や牛丼チェーン店で食べている姿をよく目撃するし、おそらく家に帰ってからも夕飯をもりもりと食べるのだろう。僕には全く縁のない話だけれども。

一応納得した様子のドレラが僕の方を見て確認する。

「全然構わないよ、あ、ご馳走はできないけどね」

「いえいえ、そんな、もちろん大丈夫ですよ。じゃあ行きましょう」

ドレラはすべて納得したわけではなさそうだったが、食欲のほうが勝利を収めたようで、もう待ち切れないといった様子で店に入る。僕らもそれに続いた。それほど大きくはない店内には部活帰りと思しき学生が数組、テーブル席で賑やかに食事を摂っている。カウンター席には作業服を着た男が二人。別々の作業着だ。それぞれ自分の前に置かれた食事を無表情にかき込んでいた。中華鍋で何かを炒める音や、何かを煮込む音、流しに無造作に放り込まれる食器や箸やレンゲが鳴らす音、学生の声、そんなものが混ざり合って、ある種独特の雰囲気を醸し出していた。決して嫌な感じではない。

僕たちは学生たちのテーブルを通り過ぎ、奥の空いてるテーブルに着席した。僕とドレラが横に並び、正面にキミオ君という配置になった。キミオ君は荷物を空いた席に置き、僕らの荷物もどうぞといって受け取り、置いてくれた。そしておもむろに立ち上がり、セルフサービスの水をテーブルに持ってこようとトレイとコップを取りに行った。

僕は妹との違いに愕然とした。あいつにこんな気遣いが果たしてできるのだろうか、いや無理だろう。いや、僕自身ができるかどうかだって怪しいものだ。尊敬に近い眼差しでキミオ君の動きを追いかけてると、ドレラが不思議そうに僕を見た。
「そんなにキミオが珍しい?」
「いや、出来た弟君だなと思って」

「うん、それは同意する。私には出来すぎた二人だよ」
「いや、そういうつもりで言ったんじゃ…」

(続く)




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