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【連載小説】アナザー・ガール アナザー・プラネット #4.0

一人残された僕は茫然とそこに立ちつくしていた。状況が飲み込めない。突然嵐に出くわしたような感覚だった。

突然仲良くもない転校生に屋上に呼ばれ、共に(改めて)自己紹介をした。家はどことか、どこかで会ったことあるとか、わけのわからない質問もされた。反対にこちらは面食らってしまい、どうして午前中いなかったのかとか、急に現れたのかとか、聞きたいことが聞けなかった。たとえ聞いたところで答えてくれたかはわからないれど。

距離感のおかしな、不思議な女の子。
そして僕の名前を聞き返さなかった女の子。
本当にどこかで会ったことがあるのだろうか。

その時はそんなふうに思っていた。

それから1週間のあいだ、彼女との接触はなかった。彼女との会話が夢の中の出来事だったんじゃないかと疑うほどだった。教室で挨拶もなければ、目が合うことすらなかった。

呼び出して「よろしくね」って言ったのはそっちじゃないか。僕はなんだか腹が立ってきた。
(自分から話しかければいいだろ、って?僕にそんなことできたら、とっくにやってる。威張ることではないけれど)

そこからさらに1週間経った。もうきっと話しかけてこないのだろう。あれは彼女の気まぐれだったのだ。もしくは、あの時僕がなにか彼女の気に障ることを言ったのかもしれない、いや、僕の存在自体が彼女のお眼鏡にかなわなかったのかもしれない、いやいや、あれは僕の白昼夢だったのかもしれない。そんな訳のわからない考えに着地しそうになったそんな時に、二度目のアクションがあった。昼休み、彼女が僕を再び屋上に呼び出したのだ。それも前回と全く同じシチュエーションで、階段の上から。違っていたのは、呼び方が「星野君」から「キネン君」になっていたことくらいだった。
そしてどうやら、前回の出来事は夢ではなかったらしいことはわかった。

「ねぇ、イギー・ポップって知ってる?」

あまりに唐突すぎて、わけがわからなかった。2週間挨拶すら交わさなかったのに、第一声がイギー・ポップだって?僕は二度目の遭遇、二度目の屋上で狼狽えた。

「え、何?」

「だから、イギー・ポップ。知ってる?」

今を生きる高校生がイギー・ポップを知ってるわけないだろう、と言いたいところだが、実は知っていた。
中学生の時に見た少し古い映画『トレイン・スポッティング』で興味を持って、聴いたことがあるのだ。あの冒頭の、ユアン・マクレガーが彼の曲「ラスト・フォー・ライフ」をバックに走り続けるシーンが印象的だった。だからちょっと彼について調べたりしたし、You Tubeで動画を見たりしたことがあった。

「知って・・るけど?」

彼女の表情が一変した。満面の笑みというのはこれを指すのだろうという笑顔だった。

「やっぱり、さすがキネン君、私が見定めただけある」

「見定めた?」

「いや、こっちの話。とにかく私、イギー・ポップのファンなの。初めて聴いた音楽が彼の音楽なの。彼はとても上手に歌う、きっと頑張っているんだって思えたの。彼の歌と音楽以外は私にとってすべてノイズなの。ろくに何も知らない人達が発するノイズ。彼の音楽は綺麗。そして神秘的。彼はセクシーで情熱的、一瞬で心惹かれたわ」

今までとは話す勢いもテンションも違い、彼女はまくしたてる。

「えっと、ごめん、それ僕の知ってるイギーポップと同じ人かな?僕の印象とかなり違うんだけど」

「わからないけど、他のイギー・ポップは知らないわ。ストゥージズにいて、デヴィッド・ボウイの友達だった人」

微妙といえば微妙な情報だが、どうやら僕の知っているイギーと同じ人物のようだ。彼女は独特な感性の持ち主なのかもしれない。

「私、彼に会ったら仲良くなれるかなあ」


「え、なんて言ったの?」
うまく聞き取れなかった、というより理解できなかった。

「だから、彼と会ったら仲良くなれるかな?って言ったの」

「え?会う気でいるの?」

彼女の発想に僕の思考が追いつかない。イギーと会う?そして仲良くなろうとしてる?彼女は何を言ってるのだろう。

「なんで?会っちゃ駄目なの?」

「いや、駄目とかそういう話ではないけど」

「ねぇ、どうやったら会えるかな?」

僕をからかっている様子は微塵もなく、彼女は真剣そのものだ。

「さぁ、想像もつかないな。日本にライヴしに来た時に会いに行くとか?」

「いつ来る?」

「わからないよ」
僕にわかるわけわない。そもそもイギーの動向を追ってるわけでもない。

「そう・・」

彼女は心底がっかりしているようだった。僕は少し不憫に思いながらも、まだ彼女は何を言っているのだろうという気持ちでいっぱいだった。

「それにしても初めて聴いた洋楽がイギー・ポップだなんてすごいね」

彼女は少しだけ考え込むような仕草を見せたが、素敵な微笑みを浮かべ、

「そう。素敵でしょ」とだけ言った。
(続く)

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