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【連載小説】アナザー・ガール アナザー・プラネット #43.1

チャイムが鳴り、午後の授業が始まった。教師は教師の役割を果たし、生徒は生徒の役割を果たす。いつもと変わらない空間だ。その中で僕はピギーの歌について考える。ドレラはイギーの曲じゃなさそうだと言っていた。だとしたらビギーは何を歌っているのだろう。普通に考えてイギーの家で歌われたり、もしくはレコードなどから流れてくる音楽だろう。いくら賢いといったって一度や二度聴いた音楽を歌えるとは思えない(キバタンの賢さについて知っているわけではないけど)から、繰り返し聴いた音楽のはずだ。そしてイギーの曲ではないとすれば、イギーや家の人間が好んで歌ったり、オーディオでかけたりした、馴染みの曲なのではないだろうか。この推測は結構いい線いってるのではないかと我ながら思うし、調べてみる価値はあるだろう。

そんなことを考えているうちにいつの間にか授業は終わっていて、周りは休み時間の落ち着きのない空気に包まれていた。僕は再度ドレラの方を見たが、そこに彼女の姿はなかった。トイレにでも行ったのだろうか。彼女の一挙手一投足を気にしている自分もどうかと思うけれど、仕方がない。でもこれじゃ画面の中のアイドルグループに夢中になっている妹を馬鹿にできないかもしれない。授業開始ぎりぎりに彼女は戻ってきた。一瞬僕の方を見たような気がしたけれど、気のせいかもしれない。

次の授業は古文で、百人一首を詠むだかなんだかという授業だった。百人一首のいくつかを取り上げて教師が講釈をたれていく、そんな授業だ。その中で国語教師がお気に入りだといって取り上げたのが紫式部の歌だった。紫式部の歌が百人一首にあることすら知らなかったけれど、なんとなく心に残った。

めぐり逢ひて 見しやそれとも わかぬ間に
雲がくれにし 夜半の月かな

ほんのわずかな再会を嘆く気持ちを、「夜半の月」に重ね合わせる発想が美しいのだそうだ。国語教師が言ってるのだからきっとそうなのだろう。夜半とは夜中とか夜更けという意味だそうだ。

僕は再びドレラのことを考える。今度は例の光輝いているドレラだ。もしかしたら、ミキモト君や僕が夢の中で見た彼女は月明かりに照らされていたのかもしれない。普段は太陽の光が似合いそうなドレラだけど、月灯りに照らされる彼女も美しいはずだ。誰も近づいてはいけないような気さえするほど清らかで、艶めかしい姿をしている、そんな彼女を思い浮かべていた。

彼女は、どこから来て、どこに行くのと僕に問いかけた。私はどこにいるの、私はどこにいくの、とも。

すべての授業が終わり、ホームルームを担任が行い、慌ただしく放課後が始まる。それぞれがそれぞれの進むべき方向に進む、部活やら何やらに。僕はというと、ドレラと前と同じように校舎を出てから合流するのかと思ったが、今回は違っていた。いつもは消えるようにいなくなるドレラだったが、そうはせずに、教室の前の廊下でスマートフォンを弄っていた。僕がどうすべきか思案していると、そこに見覚えのある人影が現れた。キミオ君だ。いや、正確にはこの時点ではキミオ君かミキオ君かわからず、後からわかったのだけれど。実に珍しい、というより初めて目にする光景かもしれない。キミオ君がドレラに近づき、二言三言会話をすると、二人は僕の方を見て、再び何か囁き合っていた。談笑というのが的確かもしれない。僕は(おそらく引きつった)笑顔を二人に向け、会釈をしてみた。するとドレラが手招きをして僕を呼んだ。

初めてのことと、キミオ君との再遭遇により、僕はかなり動揺していて、よろけるように二人に近づいていった。
「初めまして、浅野キミオと言います。 ドレラの弟です。姉がいつもお世話になています」

こんな丁寧な言葉で挨拶する高校1年生はそうはいないだろう。そしてすべてを察してあまりにもうまく二度目の初対面を演じる彼に驚くとともに、僕の動揺は最高潮に達しようとしていた。

「は、はじめまして、キ、キミオ君。星野キネンと言います、僕」

ドレラが吹き出す。

「どっちが年上かわからないね」

二人の間で楽しそうに笑うドレラ。そんな、今まで学校では見せたことのない姿に驚いたのか、下校しようとしている数名がこちらに物珍しそうな眼差しを向けた。

「あの、ドレラ、いや姉に話は聞きました。そんなに自信があるわけではないですけど、お力になれればと思います」

「ぜ、ぜひ、よ、よろしくお願いします」

「文章ができ次第、姉に渡してください、すぐに作業に取り掛かりますので」

「ありがとう」

「それでは、僕は部活がありますので、このへんで」

そういうとキミオ君は僕らの前から颯爽と去っていった。

「部活って、何の部活やってるの?」

「剣道部、けっこういい線いってるらしいよ」

いやいや、英語ができて、剣士で、顔もいいって、神様の配分はどうなってるんだ。そして同じ顔がもう一人いる、わけがわからない。ドレラが側にいなかったら文句の一つも口に出してしまっていたかもしれない。

「じゃあ、私達も行こっか?」

相変わらず彼女に好奇心の目がいくつか注がれていたが、彼女は気にする様子もなく、歩き出した。

(続く)



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