【連載小説】アナザー・ガール アナザー・プラネット #66
朝、アラームが鳴る前に目が覚めた。夢の中での不思議な感覚が、なかなか振り払えない。枕元のスマートフォンを手に取り時間を確認する。と同時にドレラから通知が来ていることに気がつく。昨日の僕のメッセージに反応したものだった。期待していた通りの、早く知りたいという内容で、僕は満足した。それに対して、「学校でね」というシンプルなメッセージを添えて、彼女の返事を待った。
その間に、僕は顔を洗い、朝食を食べ、制服に着替え、学校に向かう準備をした。すると、靴下を履いているときに、スマートフォンにドレラから新しい通知が届いた。
「はやく会いたい」
これはビギーなのか僕なのか。おそらく前者なんだろうけど、それでもドレラの言葉が嬉しかった。
そんな時、頭の中に夢のイメージが浮んだ。イギーがキバタンの姿になって、ビギーを迎えに来る夢。あの夢に何か意味はあるのだろうか。夢の中ではイギーは何も言わず、ただビギーを解放して去っていった。それでも、イギーが何かを伝えているように感じた。
学校に着き、席に座るとほぼ同時にドレラが教室に入ってきた。彼女は僕の方を見て、何か言いたそうだったけれど、何もいわず自分の席に座って、いつものように文庫本を取り出して読み始めた。いつも通りだったけれど、僕は少しの違いに気づく。本当はすぐに僕に話しかけたいはずだ。案の定すぐにスマートフォンにメッセージが届く。
「昼休み、いつものとこ」
とだけ書かれている。了解のメッセージをすぐに返した。
昼休みがやってくると、屋上へ向かった。晴れと曇りの間の宙ぶらりんな空の下、僕とドレラはベンチに座った。ドレラは急かすような視線を向けてくる。
「ねぇ、イギーはなんて?」
ドレラの問いに対して、僕はもったいぶらずに答えた。
「うん、イギーから返事が来たんだ。お金を振り込んでくれたみたい。」
僕は英文で書かれたイギーからのメッセージを見せながら伝えた。
「本当に?やった!」
ドレラは喜びを隠さず、目を輝かせた。それを見て、僕も心が軽くなる。
「でも、さらに追加で条件というか、お願いがあった」
「え、どんな?」
「ビギーの世話を頼まれた」
「それって…」
「当たり前の話なんだけど、すぐに引き取りにはこれないから、それまで面倒みて欲しいって」
ドレラは驚きと興奮が入り混じった表情で僕を見つめた。
「ビギーの世話を?それってすごいことじゃない!どれくらいの間なの?」
「正確な期間はわからないけど、ツアーが終わるまでとか、少なくともイギーが活動に一段落つかないと、って感じ」
「すごい、でもちょっと不思議というか、ビギーのことならすべてを投げ出してでも来そうな気がしてた」
「僕の低い英語力での話だから間違ってるところもあるかもしれないけど、そこは僕もちょっと思った。さすがのイギーもそこまではできないのかもしれないし、僕たちなんかでは計り知れない事情があるのかもしれない。なんせ当たり前にやりとりしてるけど、世界的アーティストだよ」
ドレラはしばらく考え込んでから、静かにうなずいた。
「そうね。何か大きな理由があるのかも。でも、それならやっぱり私たちがなんとかしてあげたい」
「うん、もちろん」
その時、突然手にしていたスマートフォンが震えた。画面を確認すると新しい通知が表示されていた。イギーからのメッセージだった。文の最後にアドレスが添付されている。ドレラと僕は顔を見合わせ、無言で頷く。緊張と興奮が入り混じった気持ちでアドレスを押した。
そこに映し出されたのは紛れもない、イギー・ポップ本人だった。
画面に映ったイギーは笑顔だったが、その目には深い真剣さが宿っていた。
「ちょっと待って、キミオ呼んでくる」
居ても立っても居られないのか、前回と違い、自分で探して連れてくるつもりらしい。僕が反応を返す前に彼女は駆け出していた。
僕は彼女が駆け出すのを見送りながら、スマートフォンの画面に映る動きを止めたイギー・ポップの姿に再び目を戻した。当たり前に受け止めているけれどもどう考えてもおかしな状況だった。この状況をどう受け止めればいいのかすらわからない。
そんなことを考えながら、僕はドレラが戻ってくるのを待った。しばらくして、ドレラがキミオを連れて戻ってきた。キミオは横で息を切らしている、見たことのないドレラの勢い余る行動に驚きながらも、冷静にこの突然の状況を理解しようとしている様子だった。
「どうしたんです?何かあったんですか?」
おそらくなんの説明もなくドレラに連れてこられたキミオ君に、僕は簡潔に今の状況を伝えた。
「イギー・ポップから連絡があって、ビギーを引き取ってしばらく預かってほしいって」
キミオは目を見開いた。
「本当にイギー・ポップから連絡が?それはすごいことですね。」
「ほとんどキミオ君のおかげと言ってもいい、ありがとう」
「でも、その報告じゃないですよね?」
興奮状態の姉と、冷静極まりない弟。あまりに対象的な二人が少し可笑しかった。
(続く)
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