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【連載小説】アナザー・ガール アナザー・プラネット #46.0

「ねぇ、キネン君はイギーのこと好き?」

ちゃんと考えたことがなかった。僕はイギーのことが好きなんだろうか。少し時間を掛けて答えを探した。その間ドレラは微動だにせず僕が言葉を発するのをじっと待っていた。

「正直に言うと、まだよくわからない。ただドレラの情熱というか熱気に染まってるのは確かだよ」

「キネン君てほんとに正直な人だね、そういうところ好きだよ」

「え、あ、いや、ほら、もともと音楽も嫌いじゃないし・・」

ドレラの言葉に過剰に反応してしまい、しどろもどろになりながらなんとか返す。

「行こ」

彼女は優しく微笑むと踵を返し、僕の家に向かって歩き出した。家に到着すると僕が一歩前に出て、ドアの鍵を開けた。案の定誰もいない。彼女を中に招き入れ、部屋に案内した。彼女は「2001年宇宙の旅」のポスターが以前と変わらぬ位置にあることを確認し、前と同じ場所に座った。僕は部屋とリビングを行ったり来たりし、飲み物を出したり、窓を開けたり、細々したことを静かにこなした。制服を着替えようかとも思ったけれど、そのままでいることにした。その間彼女は静かにスマートフォンを弄り、テーブルの上で指だけを細かく動かしていた。

よく考えたら、女の子と登下校していることが信じられないことなのに、自分の部屋に家族以外の女性がいるなんて、大袈裟かもしれないけど現実とは思えなかった。そしてなにより僕はその目の前にいる可憐な女の子に好意を抱いているのだ。今、隣に座ったりしたら激しく動いている心臓の音が聞かれてしまうんじゃないかと思って、テーブルを挟み対角線上に座った。

自分の前にパソコンを置き、起動させる。準備が整ったのを見計らって彼女が話し出した。

「今、スマホで軽く調べてみたんだけど」

そう言いながら立ち上がって、僕の隣に来てスマホの画面を差し出した。僕の僕自身に対する配慮はあっさりと砕け散る結果となった。座る時に彼女の髪の柔らかな優しい香りが鼻をくすぐり、僕の体温と心拍数を上昇させた。

「ねぇ、ちゃんと見てよ、ほら、これとか」

なんとか正気を保ちながら、画面に目を向ける。英語で書かれていたものの、イギーのお気に入りの楽曲やカバーしたことのある曲(という風に書かれていると予想する)がいくつか紹介されていた。

「おぉ、なんだか幸先いいね、いけそうな気がしてくる。じゃあ一個一個調べていこう」

「うん。その前にビギーの動画もう一回見せて」

「そっか、そうだったね」

僕はポケットからスマホを取り出し、ビギーの動画をセットして、ドレラの前に置いてあげた。彼女はとても真剣に、そして嬉しそうに動画に見入った。これからビギーを救うためにではあるけれども、自分の好きなアーティストについて調べるわけだから正しい反応と言える。反対に僕は触れられたら爆発してしまうんじゃないかというくらいどうにかなってしまいそうだった。

「どう?」

「うん、やっぱり知らないや。でもなんか聴いたことありそうではある」

「きっと見つかるよ。とにかく探してみよう。まずはどれにする?」

そこからかなりの数の曲を僕達はチェックした。僕はずっと高揚したままだったけれど、何とか自分を制御し、曲に集中しようと努力した。彼女は一曲一曲を、高名な絵画の鑑定家が新たに発見された有名画家の作品の真贋を調べるかのように、真剣に検討していた。

その中には、クエスチョン・マーク&ザ・ミステリアンズ「96Tears」、ゼムの「Mystic Eyes」、スライ&ザ・ファミリー・ストーンの「Family Affair」や、ローリング・ストーンズやチャック・ベリーの曲、そしていくつかのボブ・ディランとフランク・シナトラの曲が含まれていた。

僕にとっては、全く知らないアーティストと、名前は知っているけど曲は知らないアーティストのどちらかだった。少し不安になった僕は恐る恐る彼女に訊いてみた。

「全部知ってる曲?」

「いくつかはイギーが歌ってるのを聴いたことがある。けど、知らない曲ばっかりだよ」

パソコンから流れてくる貧弱な音と真剣に対峙している彼女は、そこから流れてくるものすべてを聞き漏らすまいという揺るぎない姿勢を崩さずにいた。僕は心の平穏を取り戻すとともに、彼女に言われるままに、アーティスト名や楽曲名を検索窓に打ち込み、動画の再生ボタンをクリックし続けた。

ゆうに一時間以上は経過し、かなりの数の楽曲をチェックしたけれど、そのどれもがピギーの歌う歌に該当しなかった。彼女も相当神経をすり減らしたようで、疲れた様子だった。

「集中しすぎたら、お腹すいたぁ」

テーブルに顔を突っ伏したまま彼女が言う。

「そうだね、さすがに疲れたから、気分転換も兼ねて何か食べに行こうか」

それを聞いた彼女はむくりと起き上がり、握った手の親指を上にして応えた。どうやら賛成ということらしい。

「ラーメン食べたい」

「へ?ラーメン?好きなの?」

「うん、大好き、特にあそこの・・・」

彼女が口にしたのはどこにでもあるチェーン店の中華そば屋だった。もちろんこの街にもある。庶民の味方みたいな売り出し方のリーズナブルな価格の店だ。そういう点では学生にも人気がある。

「なに?女の子がラーメン好きなのがおかしい?偏見ですか?」

腕の隙間から僕の顔を見て言う。

「いや、そんなことないよ。ただ、ドレラのイメージに合ってない…いや、ごめん」

「私ってどんなイメージなんですか、キネンさん?」

「いや、有名店のおしゃれなスイーツをいつも食べてる・・・ってのも違うか」

「もちろん甘い物も好きだけどね、あぁ、余計お腹すいてくるから、早く行こ」

彼女はそう言って、身体を起こし、僕を急かす仕草をした。

(続く)







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