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【連載小説】アナザー・ガール アナザー・プラネット #13.0

家路に着こうとする会社員や学生で駅は混雑し始めていた。次の乗車を待つ人達が3列に規則正しく並んでいる。僕もそれに倣い、列に参加した。前のサラリーマンの縒れた紺のスーツの肩には、フケが夜空の星のように散らばっていた。いやそんな良いものじゃないだろ。

電車を待つ間、僕は鞄からミュージックプレイヤーを取り出し、電源を入れ、イヤホンを装着した。僕はスマホで音楽は聴かず、ミュージックプレイヤーで聴くようにしている。もちろん音楽が好きなんだけど、別に過度な音楽マニアとか音質に拘りがあるとかではない。けれど、スマホだとなんだか音楽をちゃんと聴けてない気がしてしまうのだ。

ミュージックプレイヤーは母と妹に高校入学祝いで貰ったもので、それからずっと使い続けている。母と妹と言ったもののおそらく妹は口を出しただけだと思う。多くの機能はないけれど、シンプルで使いやすいところと頑丈さを気に入っている。そしてそれ以上でもそれ以下でもないところが僕に似ているかもしれない。

画面を操作しアルバムを選ぶ。イギーといきたいところだけど生憎持っていない。スマホで動画を探せばいいのかもしれないけれど、通信量が気になりすぎるのでそれはできない。イギーは家に帰ってからだ。

帰り道に選んだアルバムはアジアン・カンフー・ジェネレーションの『ソルファ』。彼らのことはアニメ主題歌で知って、聴くようになった。

1曲目の「振動覚」が終わりかけた所で、電車が到着した。今度は扉が開いてすぐにそれに乗り込んだ。「特別な才能を、何一つ持たずとも」彼女と一緒にいることくらいは許されるかもしれない。彼女を助けることくらいはできるかもしれない。

家に到着した僕は夕食を済ませ(母親に遅くなるなら連絡くらい寄越せと小言は言われた)、風呂に入り、自分の部屋で寛ぎの時間となった。早速パソコンの電源を入れ、インターネットを接続し、動画サイトを開く。シンプルに「イギーポップ」と打ち込むだけでも数多くの動画が表示される。「Lust For Life」の動画が多く、やはり明らかに彼の代表作なのだろう(僕が彼を知るきっかけにもなった映画の動画もあった)。試しにライヴ映像を観てみたが、1970年代のイギーも最近のイギーも変わらずエネルギッシュで、肌の露出も多めだった。

次に、バックグラウンドで動画を流しながらウィキペディアなどで経歴を調べてみた。結構な時間を掛けて沢山のサイトを見た。こういった調べ物をするのは割りと好きだったりする。おかげでストゥージズからの長いキャリアを一通り確認できた。もちろん彼の長い歴史や音楽のごくごく一部で、情報も玉石混淆だろうけれど、これでドレラと少しはイギーに対しての意思疎通ができるかもしれない、それが嬉しかった。真実なのかそうでないかはドレラに教えてもらえばいい。ヘッドフォンからはイギーの音楽が流れ続けていた。こういう聴き方は主義に反するけれど、時間がない。人生には妥協だって必要なのだ。

僕は目を閉じ、流れてくる音に神経を集中した。曲名はわからないイギーの曲が聞こえてきた。何を歌っているのかはわからない、けれどその音は誰にも媚びていなかった。そして僕はドレラのことを思い浮かべる。彼女の柔らかそうな髪を想像する。並んで歩いている時の揺れる髪を。できれば彼女の髪の匂いも思い出したかったのだけれど、それはできなかった。そもそも僕は彼女の髪の匂いを知っているのだろうか、自分でも思い出せなかった。

そういえば、彼女の肩ぐらいまでの長さの髪型はイギーを真似てるのかもしれない。ふと、そんな気がした。

再びパソコンに目を落とし、いろいろ見ているうちに、別のアーティストの名前が度々登場することに気がついた。デヴィッド・ボウイだ。彼のことはイギーよりかは知っていた。熱心に聴いているわけではないけれど、シンプルに格好良いと思う。イギー同様長いキャリアだけれど、いつの時代も驚くほど格好良い。そしてそれはたぶん凄いことだ。そしてカメレオンのように容姿と音楽性を変えるボウイだったが、その中心にあるのは澄んだ空気に包まれたソウルだと感じる。けれどイギーとの友情までは知らなかった。イギーも彼の魂に惹かれたんじゃないだろうか。どん底の彼を何度も助けたり、音楽的にもコラボレーションを重ねたボウイは、イギーにとってはまさにソウルメイトだったのだろう。

ヘッドフォンから「チャイナ・ガール」が聴こえてくる。ボウイバージョンは知っていたけれど、イギーのほうが先だったようだ。僕はイギーの方も気に入った。明日ドレラに会ったらそのことを伝えよう。きっと彼女も喜んでくれるに違いない。それだけで学校に行くのが楽しみになってしまった。自分が随分と単純なことに驚き呆れるけど、こんな心地よい気持ちになるならそれも悪くない。パソコンの右下にある小さなデジタル表示の時間が「0:13」になっている。知らぬ間に日を跨いでしまっていた。もう、寝なければ。僕はパソコンを閉じ、眠りにつく準備を始めた。

(続く)



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