【連載小説】アナザー・ガール アナザー・プラネット #51.0
「キネン君にしては鈍いわね」
「いや、全然わかんないんだけど」
「だって、キネン君も知ってる人だよ」
「え、僕も知ってる?音楽に詳しい人?」
「そう」
皆目検討もつかないとはこのことだ。僕の知っている人で音楽に詳しくて、しかもドレラと共通の知り合い。そんな人がいるとは思えない。
「あ、わかった。ミキオ君だ。音楽やってるし、僕も知ってるし」
「ブブー。違うよ」
なぜかとても嬉しそうなドレラ。わからなすぎて混乱する僕。ちぐはぐなまま駅に到着した。僕の家の方か、ドレラとミキモト君の家の方か、ドレラに従うと進んだホームは、僕の家に向かう側だった。
「もうわかった?」
「いや、全然」
「絶不調ですね、名探偵キネン君」
「蝶ネクタイの少年探偵みたいに呼ばないで」
凄く嬉しそうな彼女。これまでも少し感じていたけど、困る僕を見て喜ぶなんて、彼女は少し小悪魔的素養を持っているのかもしれない。そんな彼女に少しぞくぞくする僕は、従属的素養(簡単にいうとMっ気)があるのかもしれなかった。
そんなことを考えてるうちに電車は到着し、僕らはそれに乗り込んだ。
外を眺めながら嬉しそうにするドレラ。そうこうするうちに僕の家の駅の手前まで来た。そこでようやく答えが見えてきた。
「あ、ナインレコーズ?」
「ふふ。やっとわかった?お金もちゃんと持ってきたんだ」
確かにあの時、一週間の取り置きを頼んでいた。僕としたことがいろんなことを忘れてしまっていた。ドレラが嬉しそうなのはあのレコードを手に入れられるってこともあるみたいだった。
駅から前回と同じ道を歩き、僕達はナインレコードにたどり着いた。扉を開き中へ入る。店は前回来た時から何も変化しておらず、この場所だけ時が止まっているみたいだった。相変わらず客はいない。この店の経営状況が少し心配になったけれど、そんなことは僕ごときが考える領域ではない。
そして僕たちが会うべき人も変わらずそこにいた。そういば、他の店員がいることは想定していなかった。もちろんドレラもだろう。取り敢えず結果オーライといえる。
唯一前回と違う点は、まさにその店員だった。来ているTシャツが、前回のトム・ペティから、黒いドアーズのTシャツに変わっていた。(数年後、僕はこの二組のアーティストをよく聴くようになるのだけど、それはまた別の話だ)
「よう、また来たのか」
一応客なんだから、普通いらっしゃいませからなのでは、と思ったけれど、もちろん口には出さない。このお店(というかこの店員)には必要のないことなのかもしれない。でも、店員の方から話しかけてくれたのは有り難かった。
「覚えていてくれたんですね」
「そりゃあ、前にも言ったが、カップルでのご来店なんて珍しいからな。そもそもこの店の客自体少ないし」
「この前のレコード、取りに来ました」
カップルの件には触れずに、無邪気にドレラが伝える。
「おお、そうだったな、イギー好きのお嬢ちゃん」
そういうと棚から取り置きのレコードを出し、ドレラの前に差し出した。ドレラは頷くと、財布からお金を出し、会計をした。ショップバッグに入れられたイギーのレコードを受け取ると、宝物でも手にしたかのように大事そうに抱え、喜んだ。実際にこれから宝物となるのだろう。
「あの、それともうひとついいですか、えっと…店員さん、でいいのかな」
「たべい、だ。食べるに井戸の井で食井だ」
「食井さん、実は私たち、知りたいことがあって」
そういうと話を引き継いで欲しそうな様子で僕の方を向いた。すぐに察した僕は話を引き継ぎ、できるだけ丁寧に食井さんに説明しようと心掛けた。
「えっと、この前話をさせてもらって、音楽に詳しい方なんだろうなと思いまして。ぼ、僕たち、ちょっと、誰が歌ってるのか知りたい曲があって、自分たちでも調べたんですけど、全然わからなくて。ちょっと途方に暮れてたんですけど、そんな時ドレラが、あ、彼女が音楽に詳しい人知ってるって、それが食井さんだったんですけど」
食井さんは黙って話を聞いていた。そして続きを待ってるようだった。
「なので、できれば曲を聞いてもらって、誰が歌ってるのかとか、曲名とか教えてもらえればって…」
なんだか今までの人生で僕が店の人と話した量より、今の方が多く話した気がする。
「なんか曲名ひとつでだいぶ深刻な感じなんだが」
「そう、私たち真剣なんです、そして時間がないんです、一刻も早く誰が歌ってるのか突き止めたいんです」
ドレラが必死に訴える。事情を知らない食井さんにとっては何がなんだかわからない話だろう。ふいに現れた高校生二人が必死にお願いをしてくるこの状況を含めて。
「いや、待って、落ち着いてくれよ。全然話が見えてこないけど」
「とにかく聞いてもらいたいんです、食井さんしかいないんです」
ほぼ見ず知らずの高校生にいきなり頼られ懇願されたら誰だって困惑する。けれども僕らにはこれしか方法がなかった。
「まぁ、待て、落ち着けってふたりとも。やらないなんて言ってないだろう。曲名とかアーティスト名教えてくれってのは、レコードショップの店員としても正しい仕事だしな。ただ、ものすごい期待してるみたいだけど、そんなに音楽に詳しいかって言われると、どうかな。でも、まぁ、やるだけやってみよう」
僕らは文字通り胸をなでおろした。
「ありがとうございます」
僕らは声を合わせてお礼を言った。そして同じタイミングで頭を下げた。
(続く)
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