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北海道の廃線跡探訪 第79回 札沼線(2/2) 雨竜~石狩沼田間


1.ごあいさつ

ご訪問ありがとうございます

北海道の廃線跡探訪第79回 札沼さっしょう新十津川しんとつかわ石狩沼田いしかりぬまたその2 雨竜うりゅう~石狩沼田間です。

この区間は、路盤はほとんど農地化され消えていますが、孤立したように残るコンクリート橋が散見されます。
元のやわら駅舎はなくなったものの、碧水へきすい駅舎は健在です。

これからの投稿予定路線などは、初回記事にありますので、そちらをご覧ください。

2.雨竜~和

1/5万地形図「滝川」「妹背牛」昭和43年編集に加筆

雨竜の先の路盤も消失し、中雨竜仮乗降場の手前に残っていた小さなコンクリート橋は、近年撤去された。

①道路化されていた路盤は雨竜市街の北端で消失 2010年5月撮影
②中雨竜仮乗降場の手前にあったコンクリート橋 2010年5月撮影

中雨竜仮乗降場は、道路から取付道路だったと思われる小道がそれらしいと思わせるだけで、路盤もろとも痕跡はまったくない

石狩追分いしかりおいわけの手前にも、用水路にコンクリート橋があるが、ここでも前後の路盤はまったくない。

③石狩追分手前の用水路に残るコンクリート橋 2010年5月撮影

石狩追分にも雨竜と同じく石碑があり、あたりは大きな農業倉庫が何棟も建っている。

④石狩追分駅跡 渭ノ津方を望む 2010年5月撮影
④石狩追分駅跡の石碑 2010年5月撮影
1/5万地形図「妹背牛」昭和43年編集に加筆

石狩追分の北側で、路盤は国道275号とクロスして東側に移る。
面白内おもしろない川のコンクリート橋は残っているが、その手前にあった築堤と橋台は、最近の耕地整理でなくなっている。

⑤面白内川に残るコンクリート橋 2010年5月撮影

面白内川の先は再び農地に没し、渭ノ津いのつにも痕跡はない
渭ノ津を出ると再び国道に近づき、ここにもコンクリート橋と路盤が少し残っている

⑥国道のすぐ近くにあるコンクリート橋 2023年11月撮影

国道から離れると、恵岱別えたいべつ川を渡り、北竜町に入るが、橋の跡はない
橋から真北に直進すると、北竜町の中心市街地にあるとなる。ここも農業倉庫に囲まれた一角で、駅舎が工場施設に取り込まれて使われていたが、駅舎部分は近年取り壊された

⑦和駅舎跡 2023年11月撮影
⑦残っていた和駅舎 2010年5月撮影

3.和~石狩沼田

1/5万地形図「妹背牛」昭和43年編集に加筆

和から中ノ岱なかのたいまでも痕跡はなく、中ノ岱は道の駅「サンフラワー北竜」の向かい側のはずだが、踏切のため曲がっていた国道も直線化され、まったくわからない。

⑧中ノ岱駅跡(国道上か?) 碧水方を望む 2010年5月撮影

西側に戻った路盤は、碧水まで国道と並行した舗装道路となるが、途中の用水路の橋も架け替えられている。

営業当時の空中写真を見ると、碧水の少し手前まで路盤と並行する道路がある。しかし、碧水の手前には道路のないところもあり、碧水駅舎の位置などから、やはり路盤を転用して碧水まで延長、既存道路は農地化したと思われる。

⑨路盤転用?道路の入口 碧水方を望む 2010年5月撮影

碧水にも農業倉庫が建ち並び、その片隅に和と同じような小さなモルタル造りの駅舎が残っている

⑩今も残る碧水駅舎 2023年11月撮影(タイトル写真は2010年5月撮影)
⑩同ホーム側 2023年11月撮影

以前(40年ほど前)は駅名標も掲げられたままだったが、今は正面入口に「へきすい」と書かれた、小さな縦型の模造駅名標がつけられている。

1/5万地形図「妹背牛」昭和43年編集に加筆

碧水から国道233号立体交叉跡まで、路盤が道路となっているが、その先は耕地整理で消失、町境となる美葉牛びばうし川には何もない

沼田町に入ると、用水路にコンクリート橋があり、国道からも見えたが、これも近年撤去されてしまった。

⑪残っていたコンクリート橋 2010年5月撮影

しかし、国道のそばには小さなコンクリート橋があり、架かる角度やまわりのようすから札沼線のものと思われる。

⑫用水路に残るコンクリート橋 2024年5月撮影

北竜ほくりゅうは北竜町ではなく沼田町にあり、北竜町と区別するため沼田北竜といわれる市街にあったが、ここにも何もなく、駅前通りだった小道があるだけ。

⑬北竜から国道への元駅前通り 2010年5月撮影
1/5万地形図「妹背牛」昭和43年編集に加筆

北竜から五ヶ山ごかやままでは、一部路盤が農道となっているが、ほとんど農地化され、五ヶ山駅跡も判然としない

幌似太刀別ほろにたちべつ川には、石狩沼田側に築堤の一部が残るだけで、橋の痕跡はない

⑭幌似太刀別川橋梁跡 左が築堤の名残? 2010年5月撮影

留萌本線と出会う手前には、コンクリート製の小さな橋が残っている

⑮留萌本線と並行する手前に残るコンクリート橋 2010年5月撮影

路盤は留萌本線と並び、石狩沼田に入っていく。

⑯石狩沼田西側の踏切から見た留萌本線との並行区間 まだレールは光っている 2010年5月撮影
⑯同 留萌本線部分廃止後 錆びたレールと真新しい車止めが哀しい 2024年5月撮影

4.石狩沼田

石狩沼田は簡易委託駅となり、側線類はすべて撤去され、線路は本線1本だけとなっている。

⑰札沼線ホームだった駅舎側ホーム 2024年5月撮影

本来の留萌本線用の島式ホームは使われておらず、今は駅名標もなくなっている。

⑰使われてはいなかったが、手入れがされていた本来の留萌本線用ホーム 2010年5月撮影

かつて札沼線が使っていた駅舎側のホームに、2023(令和5)年4月から深川~石狩沼田間だけとなり、留萌へ行かない留萌本線の列車が発着している。

⑰石狩沼田の1番ホーム 列車が来ない手前のレールは錆びている 2024年5月撮影

長いホームと大きな駅舎に分岐駅かつ交換駅だった面影が感じられるが、2026年3月限りで残存区間が廃止予定のため、石狩沼田駅も姿を消す運命となっている。

⑰石狩沼田駅舎 2024年5月撮影
⑰終着駅となってしまった駅名標 これまた哀しい 2024年5月撮影

今回はここまでです。

おしまいまで読んでくださり、ありがとうございました。

次回は池北ちほく線(北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線)を予定しています。


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