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小高い丘の自販機 #2ばあちゃんの煮しめ

建築資材を扱う会社の部長である亮介は、今日も仕事を終え、緑の多い公園の脇を急いで通り抜けた。いつも見慣れた風景に、考え事をしながら歩いていると、突然自販機を見つけた。
『でもおかしいなあ。朝、会社に行くときには確かなかったはずだ』
『昼間に設置されたのかなあ。それじゃあ、缶ジュースでも買おう』
と近づいたら書いてあるのは「思い出の品、買えます」という表示。
「えっ!これってもしかすると、一人一人のオーダーに応えるということなのか。もし、そんなことができるのだったら、ばあちゃんの煮しめ(煮物)をもう一度食べたいなあ。スーパーのお惣菜売り場で似たようなものを手に取るんだけど、全然違うんだなぁ。材料じゃなくて、味付けが…」

すると、突然聞こえた。
「いらっしゃいませ。ご注文どうぞ。」
亮介はためらわずに言った。
「それじゃあ、ばあちゃんの煮しめをお願いします」
「あっ、はい。今までお客様の注文にいろいろ応えてきましたが、料理は初めてです。そうですね。食感や香り、味など、実際に食べたときのことをリアルに思い出してください」

『本当にばあちゃんの煮物が出てくるのかなあ』
『先程の説明も、わかったようなわからないようなものだったし…肝心の事はぼやっとしているが、敢えて突っ込まないことにしよう』
亮介は半信半疑だったが、注文したものが出てくるのを待つことにした。

「お待たせしました。こちらになります」
顔を上げた亮介はびっくりした。何も言っていないのに、ぜんまいが入っている。ひと口食べてまた驚いた。これはほんとにばあちゃんの味だ。あれだけ探しても見つからなかったのに。

亮介の父親は、彼が小学校3年生の時に事業に失敗し多くの借金をかかえて、2年ほど故郷の熊本に戻ったことがあった。その時は、借金を返すため働いたことのない母親もパートに出て仕事をしたため、亮介は鍵っ子だった。言葉も習慣も東京とは大きく違うので、その頃亮介は環境に慣れるのに精一杯で、初めは友達もできずにさみしかった。

そんな時、ばあちゃんが煮物を作って時々持ってきてくれた。初めは素朴な料理にあんまりぱっとしないと亮介は思っていた。しかし何度も食べるうちに、その優しい味が大好きになった。

「りょうちゃん、おいしいかい?」
ふと声が聞こえたので顔を上げたら、そこに笑うと目がなくなるばあちゃんが
ニコニコ笑って立っていた。
「これ、ばあちゃんが作ってくれたの?」
「当たり前たい。(当たり前だ) ばあちゃんしか、作りきらん(作れない)」
「ばあちゃん、スーパーで売っているのは見かけはいいけど、美味しくない」
「それはね、ばあちゃんは、こんにゃくだけ、ぜんまいだけ炊くとよ。こんにゃくは、なかなか味が染みん(染み込まない) 材料によって別々に炊いて、最後に盛り付けるから手間がいるとよ。(手間がかかる)」

「そんなに丁寧に時間をかけて作っていたんだ。だから、おいしかったんだね」
ばあちゃんの煮しめを味わっているうちに、亮介はずっと心に引っかかっていたことを言おうと決めた。

「ばあちゃんが具合が悪いと聞いたとき、俺は、本当は熊本に行こうと思った。
でも、その時高校生で親にも反抗していたから、2人について僕も行くと言えなかった。サッカーの試合もあったけど、ばあちゃんのことに比べたらそんなものどうにでもなったのに…ごめんね。ばあちゃんにあんなに可愛がってもらったのに顔も見せんで(見せないで)

「あんなに元気だったばあちゃんが、急に亡くなるなんて考えてもみなかったので…本当にごめんね」
「よかとよ。(いいよ)亮介が私の煮しめを思い出して注文してくれたから。立派になった亮介に会えたし。そうそう、作り方を知りたいならばここに書いてあるごつ(書いてあるように)作ってごらん」

さっき、ばあちゃんが目の前に現れても、『これは、夢でないか』と思った。
だけど今は違う。ばあちゃんは俺のところに来てくれた。なぜなら、レシピがチラシの裏に書かれていたからだ。

あの当時、チラシは両面印刷ではなかった。カラー刷りでもなく、たいてい裏は白かった。ばあちゃんはそれを4つに切って、端を紐で閉じてメモ帳がわりにしていたのだ。

亮介は、ばあちゃんの煮物を食べているうちに、だんだん目頭が熱くなっってきた。ばあちゃんの煮しめは、お腹を満たしただけでなく、あのころの僕の寂しい心にも栄養を与えてくれていたと。

今年の秋、長女のひなたに子どもが生まれる。そうなったら、俺もいよいよじいちゃんだ。孫が大きくなったら、ばあちゃんのレシピ通り「じいちゃんの煮しめ」を作ってみよう。その時おいしいと言ってくれたら、どんなにうれしいことだろうか。

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