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your pradise Hotel 第三話 スマホが置けない

みおの場合
公園のベンチに座り、今日も菓子パンと紅茶だけの昼食だ。

週末に行くおしゃれなカフェ。人気店の映えるスイーツを
インスタにあげるため、昼食代を切り詰めている。

こんなことをして身体にいいわけはない。だけど
フォロワーが増え、どんどんエスカレートしていく。

だんだんかぶった仮面がはずれなくなり、自分の実際の
顔がわからなくなってきた。それは心理面だけではない。

もともとみおは、目鼻立ちがはっきりしているが、
作り込んだ化粧で人形のように見える。また笑顔も
人工的な印象が強くなってきた。その上、写真を加工する
からなおさらだ。

決まりきった毎日に何か変化をつけたくて、軽い気持ちで
Instagramを始めた。
〜虚構の世界〜

もうやめたいという気持ちもあるのに、自分でやめられない。

そんな時、風変わりなホテルのことを耳にした。宿泊の3日間
スマホを使わなければ、元の自分に戻れるかもしれない。

パラダイスホテルは山の中にあるので、最寄り駅から送迎バスがある。
驚いたのは、ホテルの玄関前でなく、途中で降りることだ。

前方に見えるホテルを目指して、みんなで森の中を歩いて行く。
そこは、見たことのない可憐な白い花が咲き、小鳥のさえずりが
聞こえる場所だ。都会の喧噪とはあまりに違う穏やかな世界が広がっていた。

清々しい空気を感じながら15分ほど歩いて到着した。

みおは小さいころから音楽好きで、気に入った曲で踊るとご機嫌だった。
そのためホテルの『音の部屋』に興味をひかれた。

その部屋には大きなステレオがあり、棚のレコードから曲をリクエストすると
デジタルにはない豊かな響きで聴くことができる。

みおはバイオリンの音色が好きなので、クライスラー作曲
『前奏曲とアレグロ』を頼んだ。
バイオリンの楽曲には明るく軽やかなものが多いが、
みおは、自分の気持ちに合わせたドラマティックなものを選んだ。

豊かな音で響くバイオリンの音色は、少しもの悲しく、みおの
胸にせまってきた。オーディオルームには残響があるため
目の前で演奏を聴いている気分になった。

あれだけスマホと離れたかったのに、使えないとなると何も
することがない。
生活の大半を仕事とスマホが占めていて、あとは何もない
空っぽの暮らし。

夜はランタンだけの灯り。薄暗いけれど、ほっとする。
テレビもないので他にすることがない。
そこで、仕方なく星空ツアーに参加することにした。

担当のしょうたは、人数さえ数えない。みおがすかさず
「参加者の名前と人数を確認しなくていいのですか?」
と聞くと
「参加の仕方は自由です。僕の話の途中で、もどってもいいですよ。
明かりのある方がホテルです。」
とのんびりしたものである。コオロギの声が聞こえる草むらを
進んでいくと、ぱあっと開けたところに出た。観測ポイントはここだろう。

空気が澄みきっているので、たくさんの星が見えた。そして暗闇に
目が慣れていくと、無数の星々の瞬きが見えるようになった。

そういえばわたしは、いつも下ばかり見ていたなあ。
その時、ふいに金子みすずの詩が浮かんだ。

青いお空のそこふかく
海の小石のそのように
夜がくるまでしずんでる。
昼のお星は目に見えぬ。
見えぬけれどもあるんだよ。
見えぬものでもあるんだよ。

金子みすず 星とたんぽぽ

みおの住む東京にもこの星たちは存在している。

朝食はちょうど母の作るような食事だった。
健康に配慮した地産地消の食材を使っていることがわかる。
母も手間ひまかけて家族のために身体によいものを選んで
作っているのだなあ。

高校のとき、私のだけ茶色っぽく地味なおかずだと
文句を言って悪かった。ごめんなさい。

2日目もまた音楽ルームに来た。スタッフのえりはみおを
覚えていて
「今日はおとなりのワールドミュージックの部屋はいかがですか?」
と声をかけた。そこにはジャンべなどの太鼓や様々な笛など
珍しいものがいっぱいあった。そして自由に演奏の体験ができる。

みおが心ひかれたのは『インドの伝統舞踊だ。シタールとタブラの
伴奏にのり、動きや目の動かし方が特徴的だ。映像を見ていると、
自分もステップを踏んで、くるくると回りたくなった。
ドレミの7音階では表すことのできない微細な音程と独特のリズム。
みおは、インド古典舞踊は唯一無二だと感じた。

聖も俗も全てのみ込むガンジス川のように、その踊りは
混沌としてふところ深い。それらにふれ、みおはまるで息を吹き返した
ように感じた。

インスタにはまったのは、『もうひとりの憧れの自分』に
なりたかったからだ。
きれいにお化粧するのも悪いことではない。インド舞踊を練習して
踊るときは、日常の暮らしから軽やかに変身しよう。

そうだ! そうすれば 『OLの平凡な自分』と『なりたい輝く自分』の
バランスがとれ、毎日がきっと楽しくなるだろう。

参考音源


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