見出し画像

エウレカ 私は見つけた 第8話

8 見知らぬ土地

 ブルっと身震いして、ロドリゴは目を覚ました。『一体ここはどこだろう』
ズキズキと痛む頭をなんとか持ち上げ、彼は辺りを見回した。
 
 まず、目についたのが、見たこともない文字で書かれた年代物の看板だった。広い道に面してるようだが、人っ子ひとり歩いていない。
 あたりはほんの少し明るいが、今が昼間なのか、それとも夜なのかさえ、わからない。

 ロドリゴは、一体どこに行けばいいのか、途方に暮れてぼんやりしていた。
すると、目の前をジュースの缶のようなものが、コロコロと乾いた音を立てながら転がっていった。その向かった先を見ると、広がる海が見えた。でも、それは彼が見慣れているコバルトブルーの鮮やかなものとは全く違い、鉛色の荒涼としたものだった。

 ロドリゴは家にいたままの半袖のTシャツ姿。彼は寒さと海から吹いてくる風の冷たさにいてもたってもいられず、すでにシャッターを閉めている店の前に移動した。少しでも寒さを避けるために……。
でも、どこに行っても『人を寄せつけない冷たさのようなもの』が襲ってくる。

 こんなときは、なるべく動き回らず、体力を温存した方が良いと聞いたことがある。そこで彼は偶然、誰かをここを通りかかるのを待つことにした。
 
 しばらくすると、深い霧があたりに立ち込めてきて、
『このまま動けなくなってしまうのでは』という恐怖が首をもたげてきた。

「こんなところで、倒れるわけにはいかない。でも、体がこわばって一歩も動けない………。もうだめかもしれない」
 次第に薄れゆく意識の中で、ロドリゴは、『自分は不運な生涯だった』
と思った。

* * * * * *

 シューと何か音がする。『いったいなんだろう』と思い、ようやくまぶたを開けると、湯気の立ちのぼる鍋が見えた。
 とても頭が重くて、ガンガンする。それでも、おそるおそる目を開け、周りを見ると、7、8歳位の子どもが、俺の顔をのぞき込んでいた。

 丸顔で見たこともない顔立ち。俺が突然目を開けたものだから「ぎゃー」と言うような叫び声を上げて、奥の部屋にバタバタと走っていった。

 それからほどなくして、30〜40代位の夫婦があわてて出てきた。2人は俺の顔をのぞきこみ、かわりばんこに俺のおでこに手を当てた。そしてお互いの顔を見合って、微笑んだ。

 言葉が全く通じないので、これは想像なのだが、俺は寒いところにうずくまっていたところを彼らに助けられたようだった。見ず知らずのものを家にあげて、介抱してくれるとは…………。なんと親切な人たちなのだろう。彼らの安堵の表情を見ていると、よほど俺のことを心配してくれていたのだろう。2人のほっとした様子が言葉を超えて、彼に伝わってきた。

 しばらくして奥さんは、俺の体が回復するように、何かスープのようなものを作ってくれた。それを一口スプーンで飲ませてくれたが、その様子を3人がかたずを飲んで、見守っている。

 俺はみんなの好意に応えるために、『どんなに口が合わないものでも、覚悟を決めて食べるぞ』と思った。でもひと口スープの肉を口にしたとき、その初めての味に正直、面食らった。
—よくわからない酸味と薄い塩味 。それに肉の臭み—

 もしかしたら、このスープは彼らにとってのご馳走で、ふだんはなかなか口にできないものかもしれない。そう考えて、私は意を決してやっとのことで、それを飲み下した。
 

 滋養のあるスープのおかげなのか、翌日には平熱に戻り、よろよろと家の中歩き回れるようになった。はじめのうちは、彼らの会話に集中し、それがどういう意味なのかを想像していたが、そのうちに疲れ果て『言葉を捨てること』に決めた。

 話し手の表情や身ぶりに注目し、彼らの心情を想像する方法だ。そうすると、不思議なことに、彼らがどんなことを話しているのか、直感的にわかるような気がしてきた。

 彼らの子どもはタクレットと呼ばれているようだ。その子は耳がよく聞こえないのか、両親の話す言葉はしゃべらず、「あ〜」とか「う〜」とか、うめき声に近い言葉を発する。
 
 でも、彼の顔をよく見ていると、その目や表情が雄弁に何かを語りかけてくる。受け手がそれらを受け取ろうと自ら心を開くと、気持ちが通じ合うような気がした。
 
 そういう体験を通して、ロドリゴは
『どうせ言葉がわからないから、気持ちなんて通じるわけはない』
という自分の思い込みを捨てさえしたら、かつてのお客さんたちとも、心の交流は可能だったかもしれないと感じた。



この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?