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MAツールの使い方

使いこなすのが難しいマーケティングオートメーション(MA)ツール

ゲーム業界にいた8年間CRMマーケティングから少し離れていたのですが、その間に浸透したのがMAツール(Marketing Automation)でした。代表的な製品にはMarketoやSalesforceのMarketing Cloudがありますが、最近では国内勢のB-DashやL Stepなども登場しています。特にLine対応となると、国内勢でないと対応していないような印象を受けます。

MAという名前から想像するよりも、実際には全てを自動化してくれる便利なツールではないというのが私の感覚です。私の経験からすると、MAツールを使いこなすのはかなり難しいと感じており、導入している企業で、ある程度使いこなして投資対効果が十分に出ているケースというのはそれほど多くない思います。統計を取る手段がないため実態は分かりませんが。

具体的には、MarketoなどのMAツールでは、事前にルールを決めておき、そのルールに従って自動的にメールなどのコンテンツを配信することが主な機能です。そのため、MAツールを効果的に活用するためには、最初にルール作り(シナリオと呼ばれることが多い)に取り組む必要があります。セグメント配信程度の実施であれば安価なツールでも可能ですが、MAツールの真価はシナリオを使ったコンテンツの自動配信機能にあるため、ここからは具体例を使ってシナリオを使ったMAツールの使い方を議論したいと思います。

MAツールのシナリオを作る!


上記の表は、あるECサイトのメルマガ送信に対する簡単なシナリオを示しています。このシナリオでは、顧客がメルマガを受け取り、それに対してクリックしたか、個別商品ページにアクセスしたか、リマインドメールを見たか、または商品を購入したかという4つの段階で条件分岐を設けています。これにより、顧客に対して継続的に次のステップへ進むよう促すことができます。

一般的なセグメントメールでは、顧客の属性や行動に基づいてコンテンツをパーソナライズすることが主な目的ですが、MAツールにおけるシナリオはさらに進んでいます。顧客の具体的な行動履歴をトリガーとして、特定のタイミングでどのようなコンテンツを送るかを細かく設定することが可能です。一度シナリオを設定すれば、MAツールが自動的に顧客の行動に応じて事前に設定されたアクションを実行するため、その名前がMarketing Automation(マーケティング自動化)という由来になっています。

ECサイトでは、以前としてメルマガは重要なタッチポイントとして位置付けられていますが、顧客の多様なニーズに対応するための課題があり、スパム扱いされないように顧客のニーズに合ったコンテンツを適切に配信することが求められています。このシナリオでは、メルマガをECサイトに顧客がアクセスし、具体的な商品を見るきっかけとして活用しています。ただし、即座に購入につながることを期待するのではなく、商品の閲覧行動を通じて顧客の興味関心を把握し、その後のマーケティング施策に活かします。

顧客がECサイトにアクセスした際には、Web上での行動履歴がトラッキングされ、閲覧した商品に基づいて顧客の購買意向を推測します。例えば、特定の商品を長時間閲覧したり、最後に閲覧した商品を重視するなどの基準を設けることが考えられます。顧客が購入を検討していると判断された商品に対しては、その後にリマインドメールを最大3回まで送信する設定がされています。

このようなシナリオを通じて、顧客の関心を捉えてから商品購入に導くための一連の自動化されたアクションが行われます。

MAツールの活用で期待できる2つの効果

MAツールを活用したシナリオの第一の利点は、セグメントメールとは異なり、顧客の行動履歴をトリガーとしてコミュニケーションのタイミングを細かくコントロールできる点です。これにより、「誰に」「何を」という基本要素に加えて、「何時」の要素を取り入れ、さらに精度を向上させることが可能です。このようにすれば、マーケティングの基本原則である「何時、誰に、何をいうか」を確実に向上させることができます。高精度なシナリオを構築することで、通常のセグメントメールよりも顧客の反応率が著しく向上することが期待できます。

第二のメリットは、反応率の向上がもたらす効果です。反応率が高まることで、同じ結果を得るために必要なメールの配信量を削減することが可能になります。現在の状況では、大量のメール送信は迷惑メールとして扱われるリスクがありますから、適切なタイミングと量でのメールコミュニケーションが求められています。効率的な行動量を維持しつつ、成果を維持するためには効率性の向上が必要です。この点で、MAツールによるシナリオ活用は非常に有効です。

このように、MAツールを活用したCRM施策は、効率的なマーケティングの実現につながります。次に考えるべき課題は、これらのシナリオをどのようにして上手く設定し、効果を最大化するかです。

まずはPDCAを回しやすいシンプルなシナリオから

デジタルマーケティングにおいて、どれだけスキルが高くても、一発で完璧な結果を出すことは期待できないという大前提を理解することが先決です。MAツールのシナリオは、「誰に」「何時」「何を」という3つの要素を組み合わせてコントロールするものですが、その組み合わせは非常に多岐にわたります。最適な組み合わせを一度で見極めるのは容易ではありません。ですから、シナリオの精度向上には、PDCAサイクルを迅速に回すことが必要です。これは絶対的なことです。時折、MAツールの導入で外部のコンサルティング会社にシナリオ設定を任せてすぐに成功すると期待するマーケティング責任者もいますが、それは誤解です。業界標準的なシナリオを導入するだけでは競争優位性を得ることは難しいでしょう。

さらに、注意すべき点として、導入初期はあまり複雑に考え過ぎず、できるだけシンプルに進めることが挙げられます。先ほどのシナリオの例は4段階のトリガーを含んでいますが、これは説明のための例であり、初めての試みとしては少し複雑かもしれません。新しいツールを導入すると、担当者は一生懸命考えてしまい、複雑なことに取り組みがちです。ただし、初期段階でわかりやすい成果を出すことが重要です。私の経験から言えば、マーケティングのアイディアは基本的にシンプルに考えることで初期の成果を得やすいことが多いです。

私がよく話す例の一つに、楽天市場でのマーケティング経験を通じて開発したレコメンデーションエンジンに関する話があります。このエンジンは、顧客一人ひとりに適切な商品を膨大な楽天市場の商品から推奨するものでした。ECのレコメンデーションエンジンという機能は、おそらくAmazonが先駆者で、Webサイトに導入された当初から非常に効果的な機能として認識されていました。当時のAmazonは主に書籍やCD、DVDなどのメディア商品を中心に扱っており、商品カタログも比較的シンプルで、レコメンデーションの精度も高かったように思います。

楽天でも同様の機能を導入すべきだという話になりました(自社開発したか、外部のエンジンを利用したかの記憶は定かではないです)。効果検証のために比較対象としたのは、それまで男女や年齢層などの基本的なセグメンテーションによるPick Up商品の出し分け配信でした。確かに、One to Oneでカスタマイズされたレコメンデーションエンジンによるコンテンツの方が、クリック率や購入転換率が高かったと思います。

しかし、興味深いことに、ある時誰かのアイディアで、買い物かごに一度入れたが購入を途中でやめた商品(買い物カゴ落ち商品)をレコメンドするテストも行いました。その結果、カゴ落ち商品のリストのパフォーマンスが圧倒的に優れていたのです。この事例は、高度な技術や複雑な分析を使った施策が常に良い結果を生むわけではなく、むしろシンプルなデータを活用した施策の方がしばしば優れたパフォーマンスを示すことを示しています。人間の意思が強く反映されたデータは、複雑な分析を必要とせず、そのまま効果を発揮することが多いのです。

MAツールを導入する際に重要なのは、まずシンプルなスタートから始めることです。例えば、カゴ落ち商品のような1つか2つのトリガーに絞ったシナリオから始めることで、結果を早く見極めることができ、チームのモチベーションも高まり、PDCAのサイクルも加速しやすくなります。

シンプルなアプローチの利点は、効果検証の段階でも明確に現れます。複雑なシナリオを作る場合、最大のリスクは効果検証のフェーズで顕著になることが多いです。複雑なシナリオは通常、多くの分岐を含みます。分岐が多いということは、それぞれの分岐が適用される対象者が限定されることを意味するため、各分岐の効果を適切に評価するためのサンプルサイズの確保が困難になることが多いです。この結果、MAツールを活用したCRM施策がうまくいっているのかどうかそもそも判断できなくなり、PDCAサイクルが停滞することになります。

したがって、最初から複雑なシナリオを作り込むことは避け、シンプルなスタートを選ぶことが重要です。最初の段階で確かな成果を上げることができれば、その後の施策の拡大や改善がよりスムーズに進められるでしょう。MAツールの導入では、PDCAサイクルを回し続けることが成功の鍵となるため、このアプローチは特に重要です。

PDCAサイクルを回す分析母数を確保する

効果検証をしやすくするためのシナリオ設計において、シンプルさを重視するだけでなく、もう一つ重要な点があります。それは、分岐のパターンが多くなるシナリオにできるだけ多くの顧客が残るように設計することです。なぜなら、最初の分岐で顧客を大幅に減らしてしまうと、それ以降の分岐で適切な効果検証の母数を確保することが難しくなるからです。

例えば、私が示したメルマガのシナリオは、クリックがある場合の分岐が深堀されていますが、正直これは良い例とは言えません。最初の分岐で対象者を絞り込んでしまっているからです。。

なぜ良い例がすぐに思いつかないかというと、多くのCRM施策が接触費用が安価なのをいいことに、初期段階で顧客を大量に離脱させる傾向があるからです。この点を意識して、シナリオ設計を行う際には、常に顧客の残留率を高める工夫が求められます。

例えば、顧客の動機やニーズを尊重しつつ、最初から詳細な情報を求めるアンケートを行うのは避けるべきです。大規模な顧客データベースに対してアンケートを配信する場合、回答率が低いため、アンケートへの回答を前提として複雑なシナリオを作ってしまうと、多くの顧客が初期段階でシナリオから離脱してしまうことになるからです。

経験上、初期段階で顧客を大量に失う施策は通常うまくいかないことが多いです。そのため、シナリオ設計においては、顧客の参加を促進する工夫や、段階的に詳細な情報を収集するようなアプローチを取ることが重要です。これにより、より効果的なマーケティング施策を展開する基盤を築くことができます。

MAツールの導入やシナリオ設計においては、シンプルに始めることが非常に重要です。多くの企業が導入当初は大きな期待を寄せますが、複雑なシナリオを作成し運用することで、成果がなかなか現れないことがあります。これにより投資回収までの時間が長引き、チームのモチベーションも低下することがあります。

経験から導き出される教訓として、導入フェーズで過剰に時間を費やすことが失敗の一因となることがあります。しかし、この失敗から学び、シンプルなシナリオから始めることで、早期に成果を実感しやすくなります。シンプルな開始はPDCAサイクルの加速にもつながり、チームのモチベーションを高める要因となります。また、実際のデータを基に改善を重ねることで、徐々に最適な戦略やシナリオを構築し、成果を上げていくことが可能です。

このように、完璧な答えを一気に見つけ出すことは難しいですが、シンプルに始めて学びながら進むことが重要です。成果を積み重ねることがPDCAを効果的に加速させる最大のエネルギー源であり、持続可能な成功に向けた道筋を整えることにつながります。


【この文章は以下の文章のライトバージョンです。より詳細な議論はこちらでご確認ください】


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